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エピローグ

 

 翌週。


 達也は審問委員と共に長机の背後に腰を降ろしていた。


 カンタイ庁舎の応接室。


 今日は多くの再分別を求めるゴミ人間たちが審問委員の面接を受けるために応接室に集まった。


 達也が審問委員会に再分別の要求をしたとき、委員会からは日時が指定された。


 午前10時からがリーシャの面接時間だった。


 リーシャより前には既に3人以上が面接に臨んでいた。


 そのうちの一人は再分別の要求が通り、粗大ゴミ可燃に分別されていた。


 後の二人は記念受験のようなもので、人物素行調査票には空白が目立った。


 粗大ゴミ不燃をホールに送り返す法案が二ヶ月後に施行されるから試しに受けに来る者も多いだろう。


 当初のリーシャのようにただでこの世界でぐうたらな生活を送りたいと願っている人間も多いはずだった。


 隣の担当官が退出すると、残りの担当官は達也一人だけとなった。


 達也は早朝から審問委員と共に面接を眺めていた。自分がリーシャのためにできることは全てやった。


 後はリーシャが失敗しそうになったときのために、審問委員の感触を掴んでおきフォローできるようにすることだった。


 しかし、今回の審問委員は俗に言う『当たり』だった。


 厳しい質問や論理の矛盾を突くような切り返しの鋭い人はいない。


 達也もそのような人とは戦えないために心配していたが、杞憂に終わった。


 審問委員の一人は毎回最後の質問で、ホールに送り返される法案についてどう思うかを訊ねていた。


 そのことからもその一人は法案に対してネガティブな意見の持ち主であることが窺えた。


 そういった配慮を持っていることからも、出来るだけゴミ人間がしっかりとしていれば、再分別をしてやろうという意思を感じる。


 この最高の条件で失敗するなら、リーシャはもうどうしようもないほどだった。


 達也は審問委員の前にコピーしたゴクチョウを並べた。


 この日のために達也はゴクチョウを全て埋め、総合項目も何度も書き直した。


 『高見マテリアル研究所に勤務するも、一週間ほどで退社。それを機に本人は自分の怠惰さや楽観主義的な一面を認め、深く反省する。


 真面目な人間を目指すという志を持ち、本人は社会的な問題であったゴミ人間襲撃事件(別紙A参照)に取り組み見事に解決する。


 この問題は彼女が持っている力がなければ解決が不可能なものだった。


 これは彼女の社会的な有用性を証明するに足るものである。


 また本人は『社会的な問題はアジリスタが関係するのだから、アジリスタの人間に担当させるような制度も必要なのではないか』という提案も行っている』。


 達也が全て書いたのではない。


 頼れる先輩である田中の助けがあったからこそ、完成度の高い総合項目を書くことができたのだ。


 達也だけなら、どんな稚拙なものになっていただろう。


 達也の総合項目はほとんどリライトされたと言っても良い。


 仰々しい言葉使いにはなっているが、最後の文章も実際にリーシャが言った言葉だった。


『アジリスタ関係ならゴミ人間が解決するような組織があればいいのに』。


 その言葉も前向きな言葉なので面接では好印象を与えられるはずだった。


 これだけあれば、リーシャは確実に粗大ゴミ不燃から資源ゴミに再分別されるはずだった。


 達也も担当官として資源ゴミになるだけの結果であると思っている。


 午前十時だった。


 応接室の外にいるであろうリーシャに向かって審問委員が声を掛ける。


「それでは、リーシャさん……どうぞお入りください」


 応接室の扉がゆっくりと開いた。


――――――――――――――――――――――――


 リーシャは布団に包まれる暖かみを身体に感じて目を覚ました。


 まるで二月の湖の水のように澄んでいる鮮明な意識。


 魔女は自然と万年床(第二号)から身体を起こした。


 時刻は午前八時。


 城内の王室のベッドのような居心地の良さをこちらの世界の人間は常に享受している。


 今までの自分なら布団の引力から逃げ切れずに二度寝、三度寝を繰り返していただろう。


 リーシャはそのせいで自堕落な生活を送っていた。


「わたしは生まれ変わったのだ」


 自然と朝に起きると身体に力が漲る。


 これが健康的な生活なのかとリーシャは驚いた。


 達也との修行は過酷なものだったが、三日ほど前に終了した。


 それ以来、自分でも何とかなると思い、達也を部屋に呼ぶことはしなかった。


「面接日の今日、わたしは一人で起きられた。やはり、やれば出来る子なのだ」


 達也に洗濯してもらっていた黒衣のローブに腕を通し、正装の杖を持ち上げる。


 達也から渡された質疑応答対策の紙と面接概要の紙をファイルに入れてからリーシャは部屋を出た。


 世界が異様に清々しく感じられた。


 まるで世界の全てが自分を祝福してくれているようだった。


 リーシャはそのままカンタイの庁舎に赴いた。


 時刻は午前八時半だった。


 面接の十時にはまだ時間があったが、面接の雰囲気に慣れるために応接室を覗いておこうと思った。


 これほどまでに面接に準備をしている人間が他にいるだろうか。


 これで落ちるわけがない。


 落ちる気さえしない。


「面接の場所を知りたいのだ。再分別されに来た」


 名前を告げると、戸惑ったように受付の人間が答えた。


「四階の402号室ですけど……リーシャさんですよね?」


 そうだと答えた。


 何かを言いにくそうにしている受付を後にし、リーシャは会場に向かった。


 会場に一足先に入り、イスの感触などを確かめた。


 達也が全て指示してくれたことだった。


 予め会場の空気を知っていれば緊張もしないらしい。


「タツヤ……何からなにまでありがとうなのだ。絶対に資源ゴミになってやるぞ」


 達也は色々なことを知っていると思っていたがリーシャはそれは間違いだと知った。


 達也も何も知らないが、知らないなりに面接の対策などを調べてリーシャに教えてくれていたのだ。


 達也には頼りっぱなしだが今回自分が再分別されることで達也も喜んでくれるだろう。


 不思議な全能感に満たされながら、ファイルから質疑応答対策や面接概要の紙を取り出し、時間つぶしに眺める。


 それにしても、受付の人間は失礼な奴なのだ。


 わたしのことを怠惰な人間と思ってるのだ。


 きっと面接にも寝坊して来ないとか思っていたに違いない。


 わたしだってやればできる。


 リーシャは面接概要の紙に目を通していると、ある一点で目がとまった。


 面接の日時に関する部分だった。


「面接昨日だったのだ」


 リーシャはその場で卒倒した。


――――――――――――――――――――――


 達也は面接をすっぽかした翌日の午後にリーシャのマンションに訪れた。


 部屋に鍵が掛けられていたが合い鍵で扉を解錠した。


 部屋はカーテンも閉め切ってあり、電気も付いていなかった。


 ただ、部屋の中央で布団の中に丸まっている魔女がいた。


「わたしのせいじゃない……わたしのせいじゃない……わたしのせいじゃない……世界のせいなのだ。そう、世界の意思が私を勝手に動かした……」


 魔女は世界に対する呪詛を投げ掛けていた。


「そう、目が覚めたら……わたしは資源ゴミなのだ……」

「おい、大丈夫か……?」


 虚ろな瞳が達也に向けられる。


 達也を意識した瞬間、瞳に光が戻った。


「どうして起こしてくれなかったのだ!?」

「……だから俺は言ったよな? 当日に起こさなくていいのかって。でもリーシャはこう言った。『大丈夫大丈夫。一人で起きられる。面接の日時も間違えない。もし間違えたら、全裸で走り回っても良い』ってな」


 記憶が呼び覚まされたのか、リーシャが苦そうな表情になった。


「……記憶にございません」

「政治家みたいに逃げるな」


 達也はそこまで言うリーシャを信じたからこそ面接日に起こしに行かなかった。


「面接日もっと確認すれば良かったのだ……」


 結局面接日にリーシャは来なかった。


 面接時間が五分しかないから、リーシャを呼びに行くことも不可能だったのだ。


 達也自身もその事実に開いた口がふさがらなかった。


「しょうがない。また提出すればいいだけの話なのだ」


 失敗した理由をしっかり反省する様子が見られない。


「ちゃんと改善するように努力しろよ? それと……もう提出はできない」

「え? どうして?」

「リーシャは一度面接を放棄……落ちたことになってる。審問委員会の再分別要求は最低一ヶ月の期間を空けないといけない。それに、同じ内容で提出できない」

「嘘だ……嘘なのだ。これは夢なのだ。誰かの第二系統樹の魔法がわたしを惑わせて……」


 一ヶ月空けるのも何度も試しに受ける連中を阻止するためだろう。


 また同じ内容が認められないのも、一度落としたから再度同じ内容での提出は審問委員の労力を無駄に消費すると考えてのことだろう。


 リーシャの場合は内容で落ちたというよりそもそも面接に参加できなかったわけだが。


 法案が施行されるのが二ヶ月後。


 一ヶ月はリーシャは再分別要求ができないから、一ヶ月の間に新しい結果を出して再度分別要求をする必要がある。


「あぁ……わたしが全裸になるなんて言わなかったら……」


 そのことをひどく後悔しているらしい。


 しかし現実は厳しい。


 あの結果が使えないとなると有用性があると評価されることを行う必要がある。


 しかしそんなに簡単に行えるものではない。


「あぁ……わたしは粗大ゴミ不燃なのだ……もういいのだ。諦めるのだ」


 達観したように目が澄んでいる。


「急に仙人になるなよ……それに、最悪の結果だが良い結果もあるぞ」


 達也は田中に連絡を入れた。


「遠藤くんか、どうしたんだい?」


 田中はまだ自分の罪をカンタイ本部に報告していなかった。


「リーシャが再分別の面接を寝過ごしました」

「え? ほんとかい、それ」

「本当の本当です」

「でも、大事な日だよね? さすがにリーシャさんも……」


 そこまで言ってから田中は言葉を飲み込んだ。


 リーシャの性格に思い至ったらしい。


「そっか……残念だったね」

「なので、総合項目を破棄することになります」

「まさか、遠藤くん……?」


 田中は自分の罪である襲った事実以外に、ゴーレムを起動し街を破壊しようとしていた罪まで被ろうとしていた。


 今回のリーシャの要求が通れば、詳細にまとめられた襲撃事件が本部に通され詳細にチェックされるはずだった。


「リーシャの項目が使えなくなったので、ゴーレムに関しての罪を田中さんが被る必要はないです」


 達也はゴーレムに関する資料を全て消去することにした。


 田中が罪を被ることに常々達也は疑問を感じていた。


 だから田中が犠牲になることはない。田中は襲撃に関してのみ自分がケジメをつけるだけで良い。


 幸いにもゴーレムに関しては夜中だったこともあり、特別な噂は出回っていない。


 関わっていた本人達しか知らないことだった。


「そっか……まさかリーシャさん、わざとじゃないよね?」


 電話口をリーシャの呪詛に近づける。


「あぁ、どうして寝過ごしたのだ~わたしのばかばかばか」

「俺のためじゃないっぽいね」


 ふっと二人で笑い合った。


「なので、田中さん……はやく帰ってきてください。同人誌の忘れ物もあるので」

「いいよ、君が使っても」


 急にげすな話になったので達也はこほんと言った。


「遠藤くん、リーシャさん、ありがとうな」


 怪我の功名に近い結果だったが、田中はしっかりとお礼を言った。


 達也も田中の選択に違和感を覚えていただけに、妙にすっきりとした気分だった。


 リーシャには悪い結果だったが。


 しかしどうしようもない現実が二人の前には横たわっていた。


 全てが振り出しに戻った。


 何も打開策が見つからない。


「どうしたらいいんだ……」

「もう脱ぐしかない」


 急にローブを脱ぎ始めるリーシャ。


「アホか。絶対書かないからな」

「じゃあどうしたらいいのだ……?」


 達也は頭を抱える。そのときだった。


 達也の携帯電話に連絡が入った。


「あ、こちら高見マテリアル研究所の桐ヶ谷と申します。えっと魔女のリーシャさんの担当官さんですよね?」

「はい、その通りですけど……」

「実はですね、人事の方から後ほど連絡が入ると思うんですけど、リーシャさんを再雇用したいとこちらは考えておりまして」

「はいっ!? それ、本当ですか!?」

「え、は、はい。リーシャさんが魔女でゴミ人間であるということは本人からも聞きました。ある意味騙していたというのも……リーシャさんには知識も経験もありません。ですが、我々にはない技術をたった一つ持っておりました」

「リーシャしか持っていない技術……? やたらと嘘をつく技術ですか?」

「い、いえ違います……それは薬品を混ぜるのが上手いことです」


 以前にリーシャから同じ話を聞かされた。


 しかし薬品を混ぜるのは誰でもできることで、リーシャにお世辞を言ったのだと思っていた。


「少し専門的にお話になるのですが、エッチング溶液の最適化のテーマのときに、リーシャさんが行った複数回の溶媒のエッチングレートのばらつきが非常に少ない結果でした。これはリーシャさんの実験結果だけです。言うなれば、リーシャさんは職人のような感があるということです。薬品の目分量も非常に正確で研究所のメンバーは驚いていました」


 達也は電話口から顔を話してリーシャに色々伝えてやる。


「リーシャの薬品を混ぜるタイミングや技術が群を抜いてるらしい」

「ふ、やはりな。アジリスタでは調合は良くやっていたのだ」


 急にリーシャは威張り始める。


 魔法が使えない分、その方面に関してリーシャは熟練しているのだろうか。


 達也が電話口に口を寄せた。


「ありがとうございます。リーシャも喜んでます」

「そうですか……いや、こちらも急にやめると言われたときはどうしようかと思ったのですが。

勿論前のように主幹研究員として招き入れることはできませんが、研究補助員として働いてもらい、それから知識や技術を習得して行くことも可能です」


 本人が魔女であることを明かして退社するまでの数日間に、リーシャは確か研究員に色々なことを教わっていたと聞く。


 それと同じことをしていくのだろう。

「リーシャさんの技術をシミュレートすることができれば、研究も大きく進みますし、論文なども書けると思います。どうでしょうか」


 リーシャが話したそうにしていたので電話を変わってやった。


 桐ヶ谷とリーシャはどうやら知り合いのようで、随分と盛り上がっていた。


 電話が切れるとリーシャが喜びのあまり飛び上がった。


「やったのだ! 認められたのだ!」

「そうだよ、すごいことじゃないか! 魔女の技術がいきたんだ!」


 魔女は再び研究所の科学者となった。


 アジリスタの魔女として培った能力を現代に活かすことができた結果だった。


 桐ヶ谷の口ぶりからも大きな結果を残せそうな雰囲気だ。


「これなら……資源ゴミになれるぞ!」


 資源ゴミになり、この世界に留まることができる。


 そしてリーシャのかねてからの野望であるまともな人間を目指すことができる。


 もう既に忘れていそうだが、達也がしっかりと担当官として自立支援する必要がある。


 絶望という闇の中に一筋の光が舞い降りてきた。達也は今の状況に心底安心していた。


 まだチャンスはある。リーシャとならきっと上手くいく。


 そんなことが自然と思えるほどだった。


 何故か魔女が捨てられて来た日を思い出した。


 異世界のゴミに混じって降ってきたゴミ人間。魔法が使えない魔女。


 体臭がくさかった自分はそこからアジリスタのゴミに関わるようになった。


 魔女には散々手を焼かされたりはしたが、最終的には何とか落ち着くことができたのだった。


 リーシャも心意気を新たにまともな人間を目指し始めるだろう。


 何故か今までの日々が唐突に懐かしく思える。


「さて掃除から始めるか」

「確かに、綺麗になるのは良いことなのだ!」


 やる気に満ちあふれた視線が帰ってくる。


 達也もリーシャのやる気に呼応するように自分のやる気が沸いてくる。


「いいな! 後ゴミ捨てもこれからはしっかりやるぞ!」

「そうだな! 料理をするのもいいかもしれないのだ! 今まで弁当ばかりだった!」

「布団も干そう!」

「確かに! 綺麗な方が色々と気持ちいいのだ!」


 色々と前向きな提案が交わされる。


 リーシャが今まで逃げてきたことを今日やろうとしている。


 その会話の応酬に達也は気持ちよさを感じた。


「よし、じゃあやるか!!!!」

「明日からやるのだ」


 達也はリーシャの頭を思いっきり引っぱたいた。


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