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第4話 冒険者ギルド

 

 田中曜、十六歳、高校生、職業、孤高の存在。

 

 ひょんなことから引きこもりになり、死に、神様に会い、異世界へ。

 異世界初日から獣に襲われ、少女の罵詈雑言を浴び、少女を蘇生。再び獣に襲われ、蘇生。

 昨日はあまりにも夢の異世界ライフとも言い難い、ある意味怒涛で、濃密で、そして酷い一日だった。

 もうあんなことはごめんである。

 できることならば、手に職付けて、ある程度稼いだら隠遁生活に入りたいぐらい、心が荒む初日であった。

 

 しかし、だ。

 彼はまだ隠者としての余生を過ごすことなどできない。

 彼にはまだ、己の人生の中で為すべきことがただ一つ。

 そう。ただ一つだけあったのだ。

 

 それは――

 

 「だーかーらーっ! なんで一人で行っちゃけないんだよっ⁉ 俺はモテたいの! モテなきゃならないの! モテるためには行かなきゃならないのっ‼ 分かるでしょ⁉ お姉さんもモテたいもんね⁉ 俺の気持ち分かるよね⁉ だからほんと頼むよ!」

 

 曜は今、ある所にいた。

 昨晩、そう、昨晩(・・)なんとか町に着いた。

 歩き、歩き、歩き続け、ついに彼は町へとたどり着くことができたのだ。

 このまま自分は街道上の屍になってしまうのではないだろうか、そう思うほど長い道のりだった。

 陽が沈みかけた頃になってくると、夜の気配を感じ始め、怖くもなってきた。

 またいつあの獣が襲ってくるんじゃないかとも心配した。

 そして、あの口の悪い少女が指さした方向が、実はもっとも町に近い方だったのではないかとも思った。

 

 だが、今彼はこうしてここにいるし屍にもなっていない。

 おそらく、獣の方に関しては、少女をむしゃむしゃむしゃぶりつくし、あの日の晩御飯には満足したんだろう。

 

 「何度も言っているではありませんか。一人で行くのは認められません。私たちの管轄である以上、無駄な犠牲者は出したくないのです。それに規則でもあります」

 

 昨晩、町に着いてからは、宿に泊まった。

 ボロボロの安アパートのようなボロ宿だった。

 しかし、彼は文句など言わない。実は手持ちのお金――神が渡してくれた――が思っていたよりも少なかったためだ。

 

 日本円にしておよそ二万円。金貨二枚分。

 この世界には某RPGよろしく、金銀銅の三種類の銭貨があった。

 金貨一枚――大体だが――一万円。銀貨一枚千円。銅貨一枚百円と言った具合で、値段も故郷の日本に近いが、面倒くさい端数などはない。きりが良い数字とも言えた。

 

 宿代三千円。銀貨三枚。朝飯付き。

 たぶん安い方だ。安い方なのだが――

 

 「こちとら銀貨五枚もかけて冒険者トレジャーハンター登録したんだぞっ⁉ それが今になって一人じゃ行けませんだとかふざんけんなよっ⁉ 詐欺なのか? ええ、詐欺なんですか⁉」

 

 プラス冒険者ギルドでの登録に銀貨五枚。合計銀貨八枚。残金金貨一枚と銀貨二枚。

 

 「あーっ! うるさいですねっ⁉ 詐欺なわけないでしょう! 最初に私説明しましたよね⁉ ダンジョンに行くには、最低二人以上必要だと⁉ それをあなたが、際どい恰好したウエイトレスに夢中で聞き流していたんじゃないですか! それでも『ああ、分かった。いいよいいよ。登録しちゃって』っていうから登録したんですよ!」

 

 今まで能面のように笑顔を貼りつけて対応していた、ギルド受付のお姉さんは、曜のあまりにも一方的な罵声に堪えきれなくなったのか、青筋を浮かべて立ち上がり叫んでいた。

 

 そんなお姉さんに、

 

 「えっ? そうだっけ? あちゃー」

 

 と、やっちまったなおい、という感じで右手で頭をぱしんと叩くのだった。

 さて、そもそもなぜ曜がここにいるのかというと、それは少し時間を巻き戻す必要があった。



 ♢

 


 「これからどうしよう」

 

 朝。壁はボロボロ、床は穴だらけ、ベッドはボロボロの上かび臭いという、この町一番の――おそらく――安宿に泊まっていた曜は、目を覚ますと開口一番そう言った。

 

 気分は上々、でもなく。

 最低、でもなく。

 

 しかし、今の状況、はあまりかんばしいとは言えなかった。

 

 昨夜、町に着き(町に入るための税はなかった)、そこらへんに歩いていたこの町の住民らしき人に、安い宿はないか、激安の宿はないか、と聞いてこの激安大特価並みのボロ宿を見つけられたのは幸いであった。

 曜は確かに現代の最低限の生活を送っていた一般的な日本人であったために、野宿などできそうもなかった。

 家賃もとい宿賃削減のために、一瞬そうしようかとも思ったが、それは一瞬のうちに却下した。

 

 だって――

 

 「こんな宿でも眠ろうと思えば眠れるもんだな」

 

 ――安眠のため。

 

 甘やかされた環境で育った曜にとって野宿などは到底不可能だったのだ。

 無防備な環境。

 周辺監視の中の睡眠。

 いつ誰が襲ってくるとも分からない中の安眠――などできようはずもなかった。

 だから、彼は銀貨三枚をはたいてまでも、ただ安眠のためだけに、宿に泊まるという選択肢を取ったのだった。

 どれだけボロかろうが、そこに部屋があり、ベッドがあり、そして鍵さえあれば安心して眠れたのだった。

 

 ただ――

 

 「そうだった……。お金、だよな……」

 

 いつまでも宿に泊まれるお金など持っていないのも現実であったのだ。

 昨日、宿に泊まるときに宿の主人に教えてもらったのだが、自分は今日本円にして二万円ほどもっていることが分かった。

 神がくれたお金は金貨一枚に銀貨十枚。

 まあ、高校生の曜からしたら別に少なくない金額だ。

 しかしこれからここで、職もない中生きていこうとするならば話は別であった。

 

 ――金が欲しいっ!

 

 切実に。そう切実に彼は金が必要だったのだ。

 この金額ならば、最悪野宿……をしたとしても一か月もつかどうかといったところだろう。

 もちろん、宿に泊まり続けるなどという愚策はまずありない。

 確実に三日坊主、意味は違うが、三日もてばいい方だろう。

 

 

 ♢

 


 とりあえず――

 

 「あっ? 金が欲しい? てことは仕事探してるってことか?」

 

 角刈りでちょっと強面の、激安宿泊施設を経営している、ここの店長さんに何か手っ取り早くお金を稼ぐいい方法はないかと聞いてみた。

 別に怒っているわけではないだろうが、脅しているようにみえる店長さんは、

 

 「そうだなー。すぐ稼げるっつうなら冒険者トレジャーハンターだろ」

 

 はて、冒険者トレジャーハンターとはなんだろうか。

 曜は初めて聞いた言葉に、

 

 「モテるのか?」

 

 一番重要なことをまずは問うた。

 

 「あっ? 一番最初に聞くことがそれか? あっ? そりゃあ、モテるんじゃねえか? 金さいっぱい稼いで、姉ちゃん侍らせるぐらい、なんてのことはねえだろうよ」

 

 ニヤッと強面を凶悪な笑みでさらに怖くさせながら、

 

 「ただな――」

 

 と二の句を続けようとしたが、

 

 「モテるのか。……そうか。モテるんだな」

 

 ――確かに金さえあれば、モテるんじゃね? いわゆる高給取り⁉

 

 もはや、強面店長の話など耳に入っていなかった曜は、

 

 「サンキューな! おっちゃん! 俺は冒険者になることにするぜっ! こうしちゃあ、いられねえっ! 善は急げだ! モテ道に回り道など不要! 俺は突っ走るぜーっ!」

 

 二の句を続けようとしていた凶悪面の店長をすぐさま蚊帳の外に追いやり、本当に突っ走って行ったのだった。

 が、すぐにどこで冒険者になればいいのか分からないと気が付いた曜は、勢いそのままで戻ってきて、冒険者ギルドの場所をおっちゃんに聞くのであった。

 


 ♢



 日が昇ってから四時間くらい。

 町の人々の活動も活発になってきた頃。

 やや薄汚れた感じがするが、どこか風情のあるレンガ造りの建物の前に曜は立っていた。

 正しくは、建物を見上げながら立ってた。

 特段高い造りの建物ではなかったのだが、まあ、それでも見上げるくらいの高さはあったわけで、見上げる先には日本語で、

 

 『冒険者ギルド』

 

 と、書いてあった。

 

 ――えー……。確かにあの神様言語が近いとかなんとか言ってたけど……。

 

 看板には、文言として他に、『集え冒険者(トレジャーハンター)! 目指せっ! 大富豪っ!』と記されており、その文言の横に冒険者らしき者たちが、何かと戦っている絵が描かれている。

 うさんくせー、とは思う曜であったが、だけどモテるために金は必要だしな、と割り切り、建物前方にある大きな木の扉へ向け、中へ入る。

 

 ギギギッと扉を押し開けると数多の喧騒の渦が襲ってきた。

 

 ガハハハハハハハッ。ガハハハハハッ。ワーワー。ガミガミ。

 

 朝っぱらから飲んでいる者。朝っぱらからどんちゃん騒いでいる者。真剣な顔で何かを相談している者。

 男たちの荒々しい笑い声や怒鳴り声、中には聞こえないけどおそらく真剣な声。

 受付と思われる所では、冒険者らしき者たちとお姉さんたちが押し問答。

 賑やかだな、とは思えないけれど、まあまあ活気があるんだな、ぐらいの感想は抱けた。

 周りをよーく見渡すと二つのスペースに分かれていた。

 右側は、受付。左側は、飲み屋兼休息所。その奥に、厨房へと続くであろう扉。

 厨房へと続く扉を眺めていると――可愛いウエイトレスが出てきた。それが何人も何人も。

 このギルド唯一の癒し、であろう生娘たち。

 

 ――モテタイッ‼ あの少女たちを侍らせたいっ! と思う曜であったが、ここに来た目的を思い出し、なんとか衝動を抑えつけて、受付と思わしきところに向かう。

 

 まずは、金だ。金がないと何も始まらない。健康と言う資本あってのモテ道だ。

 今の曜にとって、健康とお金はリンクしているのだ。なにしろ、無一文に近いのだから。

 そして、何より、お金さえあればきっとモテるに違いないのだから。

 曜は、おもむろに、空いていた受付の一つへと向かう。先ほどまで人が多かったのだが、曜が考え事をしている間に押し問答は少し落ち着いたようだった。

 

 受付の一つに歩み寄り、すいません、と声をかけると、

 

 「はいっ! どうなさいましたか?」

 

 営業スマイルを浮かべて用件を尋ねてくる、ちょっと綺麗めの受付のお姉さん。

 

 「えーと、冒険者(トレジャーハンター)? とやらになりたいんだが――」


 「はいっ! 冒険者登録ですねっ! それでは、私の質問にいくつか答えていただけますか?」


 受付のお姉さんの言葉に頷きを返し、曜は質問に答え始めた。

 以下が、質問された内容だ。冒険者登録にあたり、ギルドにおいて個人情報を管理するために、受付のお姉さんが代筆してくれるようだ。


 ・名前は? タナカヨウ

 ・生まれは? 二ホン

 ・年齢は? 十六歳

 ・性別は? 男


 以上。

 それだけ? と曜は思い、受付のお姉さんに聞いてみると、

 

 「はいっ! それはですね、ギルドでは冒険者カードで身分を証明するので、これだけで十分なんですよ。冒険者カードには、識別者番号も記載されますので、特に問題はないですね。はい、これできた冒険者カードです!」

 

 とのことだった。

 この後、お姉さんから詳しく冒険者の仕事についても教えてもらった。

 説明を受けた当の本人である曜は、可愛い系の際どい恰好をしたウエイトレスに鼻を伸ばしていたので、九割がたは聞き流していたが。

 お姉さんの話した内容はこうだった。

 

 曰く、この世界には無数にダンジョンが存在する。またそのダンジョンは最奥の秘宝がなくなれば、消滅することもあるが、再度秘宝がポップすることが大半だ。

 また、ダンジョンは入れ替わり、生成されるため、無くなることはない。しかしたまに完全消滅してしまうこともある。

 

 ダンジョンの秘宝目当てに一攫千金を狙うのが、冒険者(トレジャーハンター)という者たち。

 ある時には一攫千金を夢見て自らダンジョンに潜ったり、ある時には依頼を受けて、ダンジョンに潜む生物の素材や鉱石を求め潜る。基本的にはこのどちらかが冒険者としての生業となる。

 

 ダンジョンへ潜る際は最低二人以上必要である。理由としては、一人が死んだとしても片方がもし生き残っていれば、生存の確認ができるから。つまりは、情報を管轄しているギルドが円滑に物事を進めたりできるようにそのような規則がある。

 ちなみに両方とも潜ってから一年以上音沙汰が無い場合は自動的に死亡扱いとなってしまう。

 

 他の規則としては、ダンジョン内での秘宝の横取りは極刑となり得ることがある。極刑とはならなくても、重い罰は着せられることは変わらない。

 

 また、ダンジョンの数に対して、冒険者の数は多からず少なからずと言ったところで、その理由としては、ダンジョン内での死亡率は低くないからであった。

 

 さて、他にも諸々とお姉さんは説明していてくれていたのであったが、曜が聞いていたのは、冒険者は一攫千金も夢ではない、という部分だけであった。

 

 この男、実に自分の欲望に忠実であった。綺麗なお姉さんが目の前で、説明してくれているのに、際どい方の娘にうつつを抜かしていたのだ。

 その際に、冒険者登録をするための最後の確認と銀貨五枚も請求されて自ら渡していたのだが、曜は半分意識が蚊帳の外だったため、軽い感じで渡していた。

 

 そして、ようやくお姉さんにいちゃもんをつけていたところまで戻るのである。


お読みくださりありがとうございます。

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