プロローグ2 田中曜
田中曜、十六歳、高校生。職業、栄光ある孤立。
趣味は世間で言うところのいわゆるオタク趣味全般。
ネットゲームから据え置きゲーム、ライトノベル、漫画、ネットサーフィンにアニメ鑑賞。
広く浅くをモットーになんでもこなすオールラウンダー。
まあ、ここまでは世の中によくいるオタクと大差ないだろう。
さて、彼がなぜ孤高の存在へと至ったのか。
それは彼には昔からある目標があったからだ。
誓いを立てたその日から、死んでしまった今この瞬間でさえも、その目標は彼にとって実現したいものであった。
それすなわち――
『モテルこと』
モテタイ――この神聖なる言葉は、男であるならば、いや、男に限らず女であったとしても、身体の何処からか漏れいでる果かなき衝動的なこの欲求を感じたことがあるのではなかろうか。
モテルこと、すなわちそれは、人の三大欲求に食い込まんとするほど、多くの人々が求めてやまぬ欲であるのではないか。
さればこそ、彼、田中曜が、モテタイと欲することは当然のことであり、必然の運命であったとしても誰も疑う余地もないだろう。
だが。
しかし。
彼にとっては残念なことに。
彼はいささかこの欲求が、他人とは一線を画するほど、常軌を逸していた。
つまり、モテタイ、というその欲求が他人よりも強く現れてしまったのだ。
♢
あれは曜が小学生の時。
彼は何を勘違いしたのだろうか。
四方の席に座る女子が自分のことを――好きなんじゃねっ?――と愚かにも勘違いしてしまった。
前の席の子はプリントを渡すときふと手が触れる。それってもしかして自分のことが好きだから故意に触れ合うように渡してるんじゃ?
左隣の席の子は、よく教科書を見せてとせがんでくる。それってもしかして自分のことが好きだからわざと教科書を忘れたふりをしてるんじゃ?
右隣の席の子は、消しゴムとか落とすといつも笑顔で拾ってくれる。それってもしかして自分のことが好きだからすかさず拾ってくれてるんじゃ?
後ろの席の子は鉛筆でよく背中を突っついてくる。それってもしかして自分のことが好きだからちょっかいかけてきてるんじゃ?
勘違いした彼はとりあえず、自信満々に前の席の子に告ってみた。
玉砕だった。
それはもう、見事なまでの振られぶりだった。
いや、まだ次があるじゃないか。
彼は前向きだったのでそこで諦めなかった。だから、次に後ろの席の子に告ってみた。
が。
これもまた玉砕だった。
いや、次だ次。
右隣の席の子に――玉砕だった。
いや次――玉砕だった。
彼は、涙した。
――なぜだっ! なぜ俺は振られたんだ……ッ⁉
ここでようやく彼は悟ったのだ。
――もしかして、俺って別に好かれてなかったっ?
その通りである。
実際にはこうであった。
前の席の子は、渡し方が粗暴なだけ。
左隣の子は、ただたんに本当に教科書を忘れていただけ。
右隣の子は、優しい性格の持ち主だっただけ。
後ろの席の子は、授業の暇つぶしでちょっかいかけていただけ。
この時彼の中で初めて荒れ狂う悔しさを感じた。彼は悔しかったのだ。
全ては自分の勘違いだったのだ。モテていたと、ただただ己の愚かな脳内補正によりそう勘違いしていただけだったのだ。
――モテタイ。
彼が人生で初めてそう思った瞬間だった。
であれば、次こそは自分の勘違いではなく、己の力でもってして好かれてみせようじゃないか。モテてみせようじゃないかっ!
彼は、決心した。
――俺はモテ王になる! 必ずなって見せる!
と。
♢
時が過ぎ、彼が中学二年生の夏。
彼は、世間で言うところの中二病を発症していた。思春期特有の、濁流のように荒れ狂う妄想。黒いノートは一体いくら書いたことやら。
制服から白シャツを出し、上着の袖はまくり、ボタンは全開。右眼に眼帯を付け、意味のない黒革の手袋に、ケガもしていないのに右手に巻いている包帯。
誰がどう見ても、中二病であった。もはや誰も疑いようがないくらい完璧な発症例だった。
さて、当の本人はというと。
――俺カッケ――――ッ!
悲しいかな。
彼は、そういうお年頃であったのだから生温かなまなざしで見てやってほしい。
しかしながら、中学生になった彼、田中曜の目標はその時も変わってはいなかった。
『モテルこと』
それだけは、ダークエンペラーが支配する世界――妄想の中にいても変わることはなかった。
いいや、むしろその目標が彼の中にあったからこそ、中二病へと至る深淵の道へと誘われてしまったのかもしれない。
彼はまたもや勘違いしてしまったのだ。
――こんなカッコいい恰好してんだからモテるだろ
と。
しかし、現実がその結果を物語っていた。
中学時代もまた、彼がモテルことは無かった。
もちろん、自分から動いて、告白なども幾何かしたが、全て玉砕だったのは言うまでもないだろう。重度のの中二病になんて誰も近寄りたがらなかったからだ。
♢
彼は高校生になる。
春から高校生だ。
流石にこの頃には中二病もなりを潜めていた。受験勉強に忙しくて、妄想などというものに脳の一部を割く余裕など無かったからだ。
自分も高校生だ。きっとモテるに違いない。
バラ色の高校生活。青春。そして、儚くも淡い恋愛。きっと自分も高校生になればモテるのだろう。彼は根拠のない自信をその身に宿していたのだ。
しかし、彼にも一抹の不安はあった。
小中と見事なまでにモテなかった。勿論モテるための努力もした。だがそれは本当に本気の努力だったのか? まだまだ足りなかったのではないか? まだやれることがあったのではないか?
思い立った彼は、モテるためにすぐにモテそうな今どきの高校生についてリサーチを開始した。入学式までの日を来る日も来る日もモテるという目標のためだけに調べつくした。
結果、彼は、思わず目を瞑りたくなるほどに失敗することになる。
次に流れるのは彼が入学式当日に教室で行った自己紹介の内容だ。
『えー、田中曜でーっすッ。〇〇中から来ましたぁ~。趣味は、ギターにBBQにサーフィン的な?(もちろん嘘である)気軽に話しかけてちょー。 んじゃ、シクヨロ~。ウェーイ!』
ああ、なんてことだろう。
俗にいう、リア充の流行り言葉、趣味っぽいものなどなどをリサーチした付焼刃的な偏った知識を持って、自分流にアレンジした、というよりは統合してしまったのだ。
彼は、バカではなかった。
しかし、モテるという事に関して言えば、アホではあったのだ。
その後、彼は浮いた。
朝一時間以上かけてセットした、初めてのワックスで固めたとんがり頭がダメだったのか。
それとも、スピーチの内容がダメだったのか。
はたまた、両方か。
否、それだけではなかった。
彼は知らなかった。
致命的に自分にはもうひとつ悲しい欠点があったことに。
『笑顔』
である。
笑顔が気持ち悪いのだ。
それはもう、吐き気を催すぐらい。ニィと表情を動かすその笑顔。
だが、それを教える者は誰もいなかった。
それも、仕方のない話だ。
普段の彼の笑顔は普通だ。特に吐き気も催さないし、悪くない笑顔だ。一般的な笑顔と言えよう。しかし、彼が自発的に笑みを作るとき。それはもう気持ち悪い笑顔となるのだ。
彼の悲しきこの欠点が、前述の二つと組み合わさった時、全てのピースが重なったように、その笑顔の真価は発揮された。とてつもなく危ない奴に見えたのだ。
クラス中の生徒がこう思った。
――こいつと関わるのは絶対によそう。
このような事があり、得てして彼はボッチになってしまった。
そのうち、学校に行くのも嫌になり、家に引きこもり、孤高の存在へと相成ったわけである。
♢
さて、彼は孤高の存在としては一年過ごした――いわゆる引きこもりだ。
ある時彼は――このままじゃダメだ、家を出なければ――と思った。家の中にいたままで、モテルことなどできない。
彼はこの状態になってまでもまだ、その目標だけは頑なに諦めるつもりはなかったのだ。
まずは、少したるんでしまった身体を鍛えるところから始めよう。
彼は、長い引きこもり生活で少なくなりつつあったお年玉を使い、ネット通販でダンベルを購入。身体を鍛えるにはダンベル。これがないと始まらない。彼の価値観の中ではそうだったのだ。
少しずつ、少しずつ、日々を追うごとに彼の身体は引き締まっていく。
そして、ついに完璧だと思われる体型まで戻ったその次の日に、事件は起こった。
さあ、部屋から出よう。外に出よう。学校に行こう。
朝起きた彼は、勢いよくベッドから起き上がり、部屋を出るための一歩を踏み出そうとしたその瞬間――
『ズルッ』
――身体を鍛えるために使っていた床に放り出したままのダンベルに足を滑らしたのだ。不幸にも彼は昨夜、明日学校に行くんだと興奮するあまり、鍛えた後にいつもなら押し入れに入れるはずのダンベルをしまわずに床に放り出していたのだ。
そしてダンベルに足をかけた彼は、華麗に、それはもう惚れ惚れするほどに流麗な動きを持ってしてひっくり返った。
そして、これは本当に不幸にも、ひっくり返った頭の部分にはベッドの角があり、もれなく後頭部を強打。大量に流れる血液。そして、すぐに閉ざされる意識。
即死だった。蘇生の可能性も残さないくらい悲惨に彼――田中曜は死んだ。
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