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Record of the dead  作者: 水無月ケイ
第1章
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情報交換

案内の男達に連れられてロビーを突っ切って行くと、数台のエレベーターが並ぶエレベーターホールに着いた。男の一人がボタンを押すと、すぐにドアが開く。康一は、ふとあることに気付いて尋ねた。

「ここは電気が来てるんだな。」

「自家発電装置があるからな。外はもう全く電気は来てないのか?」

「ああ、夜は真っ暗闇だよ。こんな状況での暗闇は、正直言って怖いね。」

「そりゃ確かに怖そうだ。それに、冷蔵庫もエアコンも無いんじゃキツいよな。特に、これから冬場だし。」

男は心底から同情したような表情で頷きながらそう言った。その男の横顔を、夏生が厳しい表情で見つめている。声を掛けようとしたところでエレベーターの扉が開いた。

「こっちだ。」

そう言って歩き出した男について、ドアの一つの前まで歩く。立ち止まった男は、インターホンのボタンを押して言った。

「会長、連れて来ました。」

入ってくれ、という声がインターホン越しに聞こえて、康一は夏生や男達と共に部屋の中に足を踏み入れた。広々としたその部屋は、外側の壁の半分近くが大きな窓ガラスで占められていて、階下のキャンパスの様子が見下ろせるようになっていた。部屋の中には、立派なデスクが一つと、二組のソファ、ちょっとした会議が出来そうな小規模な円卓が設えてある。

立派なオフィスの主人は、デスクに座っている青年のようだった。その傍らには、青年と同じくらいの年齢の男子と、それより少しだけ若そうな女子が立っている。来客を前に、デスクの青年が立ち上がって言った。

「ようこそ、北新へ。そちらへお掛け下さい。すぐに水島先生もいらっしゃいます。」

青年は如才ない笑みを浮かべて康一と夏生を円卓の周りに座らせる。二人を案内した男達は、少し離れた、けれど手を伸ばせばすぐに届きそうな位置で所在無げに腕組みして突っ立っていた。これはつまり、警戒されてるんだな、それもかなり露骨に。そう思って、少し肩を竦めてから、それも当然か、と内心でごちる。その時、ドアが勢い良く開いて、康一より少し年上の女性が部屋に入ってきた。

「すまない、遅くなった。外からキメラが来たというのは本当…」

そう言いかけてから、夏生の方に視線を向けて、微かな驚きの混じった声で続ける。

「夏生、まさか君なのか?確かに君が来るとは聞いていたが。」

「話がちゃんと伝わってなかったみたいですね。僕とコウちゃん、二人とも体力や腕力、反射神経はジキ並みになってますよ。ここで言うところのキメラですね。」

頷いて、どこか噛み合っていない会話をまとめるように夏生が言うと、女性は一気に身を乗り出してきた。

「どうやって移した?二人とも噛まれたわけでは無いんだろう?噛まれたのは君か。君は誰だ?いつどんな状況で噛まれた?あとで血液サンプルを取らせてくれ。それから…」

康一の両腕を掴むようにしながら矢継ぎ早に言葉を浴びせてくる女性に圧倒されていると、いつの間にか女性の後ろに回ったさっきの青年が穏やかな声で言った。

「先生、そういうことは後にしましょう。今は彼らの話を聞くのが先です。」

「…そうだな。少し興奮してしまったようだ。」

そう言うと、大人しく円卓の周りの椅子の一つに座った。この青年は、少なくとも議事進行役程度の力はあるようだ。そう思っていると、青年は康一の正面に座り、その両脇を固めるように二人の男女が椅子に着く。それから、青年がゆっくりと口を開いた。

「改めて、北新国立大学にようこそ。私は結城宗一郎と申します。色々あって、会長とも呼ばれています。あいにく、名刺の一つもありませんが、ご容赦下さい。」

最後の一言は冗談なのか本気なのか、と思っていると、結城宗一郎の両隣の二人が口を開いた。

「藤堂正樹です、よろしく。」

「来栖佳那と言います、お会い出来て嬉しいです。」

この二人は、そして会長と名乗ったこの青年は何者なのだろうと思いながらも、話の流れに沿って自己紹介することにする。

「木崎康一です、よろしく。」

「土屋夏生です、初めまして。水島先生とは、お久しぶりですね。」

夏生が無邪気そうな笑顔を浮かべてそう言うと、先生の方もさっきとは打って変わった落ち着いた声で答える。

「また会えて嬉しいよ、夏生。隣の彼はお友達かな?」

「幼馴染みなんです。久々に一緒に会ってた時に、アレが起こって。」

夏生の説明を聞いて頷いている先生から、会長と自称していた結城という青年に視線を移す。一瞬躊躇ってから、結局言った。

「結城さん、でしたか。さっき会長と仰ってましたが、どういう意味ですか。」

「失礼いたしました、会長などと突然言われても分からないでしょうね。私は今回の異変が起こってから、この大学の警備が必要と考えて、人手を募って取り組んでいるんです。結果的に、警備以外のことも色々とやるようになってしまって。会長というのは、私が昔、高校の生徒会長をしていたことから付いたあだ名のようなものです。」

青年はその質問を予期していたようにすらすらと答えを述べたが、聞いた方はそれほどすんなりとは受け入れなかった。

「では、いまこの大学はあなたがトップとして管理されていると?」

「トップというほどのものではありません。あくまで、あちこちから出てくる意見の調整役のようなものです。」

「いずれにしても、教授とか理事会とかが管理しているわけでは無いんですね。」

念押しするように尋ねると、青年は渋々といった様子で頷いた。

「まあ、そういうことになります。少し驚かれたかもしれませんが…」

「率直に言って、かなり驚きました。」

少し突き放したような口調でそれだけ言う。何といっても、それは事実だったのだ。これだけ大きな組織を、まだ二十歳かそこらの、社会経験が皆無の学生が運営していけるとは、康一には到底思えなかった。その思いが伝わったのだろう、青年はしばし逡巡するような表情を見せてから、やがて意を決して言った。

「この際だから、はっきり言いましょう。教授にしろ職員にしろ、大人はこの事態に的確に対処出来なかったのです。ジキを拘束して治療しようとして却って損害を拡大させたり、まあそういうことです。彼らはともかく、ジキを倒さねばならないという現実を受け入れることを嫌がりました。」

その説明を聞いて康一は、なるほど、と言って頷いた。実際、分からない話ではなかった。誰かを傷つけたり殺したりすることは、これまでの社会規範では最も厳しく戒められてきたことだし、ほとんどの者はその教えを心から信じていたのだ。それに、ジキは凶暴な襲撃者であると同時に哀れな病人でもあり、特に危機の発生当初はその認識が事態への対処を難しくしたのだった。

「それで、あなたがその…会長、になったと?」

普段あまり言い慣れない単語を強調して尋ねると、『会長』は気恥ずかしそうな顔で俯きがちに頷いた。尚もそのことについて問い詰めようとする康一を制止して、夏生が口を開く。

「なるほど、お話は分かりました。ここに来るまでに学園の様子を見ましたが、完璧な警備体制と言い、学生が秩序を保って生活していることと言い、外とは別世界のようです。これほどの体制を学生だけで作り上げるなんて、本当に驚きです。会長の手際と人望が伺われますね。ねえ、コウちゃん。」

「あ、ああ…。いや、本当に、警備といい中の状態といい、しっかりしていて驚きました。ようやく安心して眠れそうですよ。」

無邪気な笑顔を浮かべて歯の浮くような褒め言葉を口にする夏生に水を向けられて、慌てて言葉を継ぐ。さっきとはまるで違う言い分に、見る者を安心させるこの明るく穏やかな笑顔。長い付き合いだからこそ、夏生のその言葉と表情の奥にあるものがよく分かった。

果たして会長は、夏生の言葉を額面通りに受け取ったようだった。微かにほっとしたような表情を浮かべてから言う。

「ご理解頂けたようで、何よりです。幾つかお話を伺ってもよろしいですか。」

まだ聞きたいことはあったけれど、ひとまず頷いて話を進めることにした。

「俺達に答えられることなら、何でもお話ししますよ。」

「ありがとうございます。我々は、この異変が起こって以来、ほとんどこの学園の敷地から出ておりません。幌札や、出来れば道外の状況についても、ご存知の限りの情報を頂きたいのです。」

やはりその質問が来たか、と思いながら、ため息混じりに言う。全く、その問いは、こちらが投げかけたいくらいなのに!

「それほど目新しい情報は無いと思いますよ。我々も逃げ延びるのに必死でしたし、最近はネットもテレビもラジオも完全にダウンしているんですから。」

「それは分かっています。」

少し苛立たしげな口調でそう言ってから、会長はじれったそうに続ける。

「我々はまだ、ジキの大群をほとんど見たことが無いのです。このあたりでは、小さな集団はともかく、何百、何千というジキは見かけませんから。本当に、都市部ではあんなジキの大群が人々を襲っているのですか?」

浮世離れして聞こえるその問いに内心で驚きつつ、頷きながら答える。

「テレビやネットの情報は、残念ながら事実です。いや、実態はもっと酷い。何百、何千というより、何万、何十万という方が正確でしょう。大地を埋め尽くすほどのジキが、市街地にはいます。」

康一の言葉を聞いて、会長とその側近達は顔を見合わせている。予想はしていたのだろう、それほどショックを受けているようには見えなかったが、それでも微かな落胆の色が見えた。僅かな間の後、会長が念を押すように言った。

「政府や自衛隊、あるいは外国からの救援も、少なくとも当面は望めないと考えていいのでしょうか。」

平板な声音の中に、圧倒的な諦観と微かな希望の混じった問いかけを受けて、慎重な物言いで答える。

「自衛隊の駐屯地は市街地から少し離れた場所にあることが多いですから、はっきりしたことは分かりません。本州や東京の状況については、我々も分かりません。たまに船で本州から逃げてきた避難民を見かけましたが、人口が密集している分、海北道より更に酷い状況のようです。」

「海外の状況も、そう変わらないと思いますよ。僕はアメリカに留学してたことがあるから、向こうの友達ともずっとメールしてたけど、東海岸も西海岸もどうしようもない状況ってことには変わりないみたいでしたから。先生も知ってるんじゃないですか。」

夏生にそう言われて、あまり興味無さそうに黙って会話を聞いていた先生は、苦笑まじりに無言で肩をすくめてみせた。重苦しい沈黙を破るように、会長が言う。

「分かりました、ありがとうございます。少し考えさせて下さい。悪いけど、二人をB棟に案内してくれないか。」

会長の両脇の二人が頷く前に、先生が口を挟んだ。

「いや、夏生とは少し話したいことがあるんだ。少し借りてもいいかな。」

誰に聞いているのだろうと思って会長を見たら、向こうも困ったような顔をしていて、仕方なしに言う。

「俺は一人でも構いませんよ。」

「僕はそのつもりで来ましたから。」

夏生のその言葉も聞いて、会長が頷いて言う。

「そうですか、ではそういうことで。部屋や食事、その他諸々のことは二人に任せてあります。学園内は自由に見て回って頂いて構いませんが、生徒との接触は出来るだけ控えて下さい。」

会長は敢えてその理由を話さなかったけれど、大人しく頷いて席を立つ。立ち上がったところで、手を差し出された。

「なんにせよ、お二人の来訪を歓迎します。ごゆっくりお過ごし下さい。」

手を握り返しながら、その言葉の裏にある、部外者に対するどこかよそよそしい雰囲気を感じ取る。自分達はあくまで一時滞在者であり、新たな住民ではないのだ。ゆっくりとは過ごせても、いつまでもいられるわけではない。

そんなことを考えながらも、康一は会長と呼ばれる青年の端正な横顔を眺めた。儀礼的な笑顔の向こうに、警戒心、不安、そして何より、大きな疲労が見えるような気がした。

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