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4 綴じ蓋はわりと取りこぼしません 後

 愛ってなんだろう?

 大事にするってなんだろう?

 よくわからない。

 だけど、綺理は、孝明の心だけは分かっている。

 綺理をいちばん大事にしようとする、その心は。


 それでじゅうぶん。




  ・ ・ ・







 なんとなく、足が向いたのだ。

 早番のバイトを終え、やっぱり労働は好かないなあと憂鬱になりつつ、定期範囲内の駅に降りた。孝明の勤務地、その最寄り駅である。別に彼に会おうと思ったわけでも、一目姿を見たいと思ったわけでもない。本当になんとなく、だった。

 リンドウカフェの入っているビルにほど近い、街路樹が整然と並ぶあか抜けた通りを、あくびをしながら歩いていた。

 目が合った、のはそのとき。

 甘めの化粧、意志の強そうな吊り気味の目、肩口でまとめられたふわふわパーマの栗色の髪。薄いストライプの入った紺色のスーツ。


「あんたっ……北山綺理!?」


 うーわ。

 ぼやけた脳みそが一気に冷却され、綺理は心の底からげんなりした。自分は、けっこう記憶力が良い方だと思う。普段はしまいこんで蓋して忘れているだけで、その気になれば、意外と多くのことを、そう、思い出せる。それにしたって、向こうはよくこの雑踏の中でそう何度も顔を合わせたこともないような人間を見つけ出せたものである。

 小柄の綺理よりちょっとばかり高い背で、細くて形の良い腕を振り回し、肩をいからせてそのひとが近づいてくる。やわらかな彼女の髪が、ふわっと揺れた。素知らぬふりで逃げる間もなく、手首を掴まれた。


「ねえ、ちょっと」


 きつく眉根を吊り上げて、ひそめた声をかけられる。綺理は嘆息した。しかたなく、彼女に向き合う。


「どうも」

「――っ、やっぱり! こんな時間にふらふらしてるってことは……まだ無職なのねっ」

「……」


 きりりっとさらに彼女の眉が吊り上がる。


「ちょうどいいわ、どうせ用なんてないんでしょう。来なさい」

「……あの、そちらこそ」

「私、今日はこれで直帰なの」

「……………はあ……」


 わたしには、これから、たかあきが帰ってくるまで優雅に夕寝をする、大事な用がありましてー。

 と言っても聞いてはくれないんだろうな、と早々に諦めた綺理は、仕方なく彼女の後についていった。

 何しろ、がっちりと手首を掴まれてしまったもので。

 



 連れてこられた店は、記憶に新しいリンドウカフェだった。窓際の二人席に座らせられ、憂鬱な気持ちになりつつチョコレートミルクティーを頼む。相手はアイスティーとキャラメルタルトを頼んでいた。タルトか、それも美味しそうだなあとデザート類に意識が向きかけたが、あんまり長居したくなかったのでドリンクだけで我慢する。我慢。嫌な言葉だ。綺理は、しんどいことを耐えるのは嫌いだ。

 オーダーを終え、メニューがラックに戻されたタイミングを見計らって、声をかける。


「あの、失礼ですが」

「信川よ。信川明美。昔も名乗ったはずだけど、覚えてないのね」

「すみません。そうお会いすることもないと思っておりましたから」


 頭を下げながら、記憶にある彼女と、現在目の前にいる彼女との擦り合わせをして、情報の更新をする。信川、さん。彼女は察しの良い女性のようだった。あまり話したことはないけれど、以前から彼女はしっかりしていたように見受けられたし、聡明そうな眼差しで臆することなく相手の目を見る傾向があった、ということは覚えていた。つまり自分に自信のある人だ。視線からはいろんなものが分かると綺理は思う。本人が気づいていないような、些細なことですら、溢れ出すこともある。だから綺理は、長く人の目を見つめるのは好きじゃない。疲れるし、白ける。孝明の視線は、平気だけれど。


「本日はどういったご用件でしょう」


 早くミルクティーこないかな、と思いながら切り出す。

 信川は真剣な表情でぴしっと背筋を伸ばす。一度ゆっくりと呼吸をする。彼女の豊かな胸が、それにあわせて上下する。きれいな栗色の髪が可憐に揺れる。


「単刀直入に言うわ。坂上くんに寄生するのはやめてちょうだい」


 芯の通った、歪みなく気高い、美しい声だった。この声を聞いたことがあった。同じ人物から、同じようなことを、もう少し感情的に言われたことを、今ようやく思い出した。

 信川明美は、坂上孝明と同じ大学のゼミに在籍していた、いわゆる同級生である。さらには彼と同じ会社の、他の部署に勤めているそうだ。そして何より、この言動からも明らかなように、大学時代から孝明に恋をしている。

 綺理にとっては恋敵、というやつになる。なんとも現実感の薄い言葉だ。

 自分は大学が違うのに、なぜこうも彼女のことを知っているかというと、もちろん全ての原因は孝明に起因する。まず彼はことあるごとに綺理に会いにきたし、綺理の世話を焼きたがっては家に呼んでいたし、四年前には同棲まではじめた。つまり綺理が飼われはじめたわけだが、信川含めゼミ仲間たちがひとり暮らしの孝明の家に突然押し掛けることはままあり、彼が甲斐甲斐しく綺理に構っているところも実によく目撃されていた。あまり他人に恋人の話をしない孝明も、四年の長きに渡って苦楽をともにした友人たちには、突っつかれるとぽろぽろ惚気話をしたりもしたらしい。全力でやめてほしかった。

 綺理は、彼らの中では、とても我侭なヒモ体質の恋人、ということになっているはずだ。これは仕方ない。事実である。だから友人としても、彼に恋するものとしても捨て置けないのだろう、彼女はよくよく綺理に生活を改めるように、また身を引くように忠告してきた。

 彼女の言うことはとてもよく理解できるし、納得もできる。当然の言葉だ、とも思う。

 綺理が孝明にふさわしくないことも、彼の負担になっていることも、人間的によろしくないことも、信川の方が立派な女性であることも、全て事実だ。綺理はひそかに嘆息する。まったく。

 なんて退屈なんだろう。


「そういったことは、孝明本人に仰っていただきたいですね」


 昔返した言葉と、これまたほとんど同じ意味合いの返事をする。信川の眦が吊り上がったのから目を逸らすと、ちょうどそのとき頼んだものが運ばれてきた。湯気を立てるミルクティーに息を吹きかけて冷ましてから、カップにそうっと口をつける。喉の奥にあつい液体が染み込むように流れていく。

 無為な時間を過ごすのは好きだけれど、無駄な時間を過ごすことには不満を覚える。でも、リンドウカフェの飲み物は美味しい。だからミルクティー分くらいは、話を聴くことにはしていた。窓の外の大通りを何とはなしに眺める。


「言っているわよ、昔から! でも、あいつは優しいからあなたを捨てられないのよ。それに……あなたみたいなひとに引っかかっている間は、自分の状況を冷静に見られないものでしょう。ダメ男に尽くしてしまう女と同じね。だから、あなた本人に言っているの」


 正論だな、と綺理は思った。確かに男に騙されて貢ぐ女は、泥沼に陥っても抜け出せないし、悪ければ自分の状態に気づけないものだ。

 でも——果たして、孝明がそれと同じだと言えるだろうか?

 そこのところだけは、疑問だ。あの男は、わりと冷静だし、自分の望むように行動していると思う。他人には分かりにくいかもしれないけれど。


「あなたは、少なくとも坂上くんを好きなんでしょう? なら、彼の為にやり直すか、それができないなら離れなさい」


 信川は綺理の内心の疑問には気づかず、最後通牒のように告げてきた。彼女のアイスティーもキャラメルタルトもまったく減っていない。食べないなら、わたしにくれないかな。あっという間に生温くなったミルクティーをほとんど飲み干す。もうあと一口ぶんしか残っていない。

 すぐに返事をしなかったせいか、無視されたと感じたらしい、信川が眉間に皺を寄せて身を乗り出す。


「ちょっと、聞いているの」


 人が考えている間くらい、待ったらどうなのだろう。溜息をするのも億劫だった。


「聞いています。……離れる、ですか。孝明が望むなら構いませんが」


 さて、彼は喜ぶだろうか。

 綺理は、綺理なりに孝明を愛している。おそらく、信川が思っている以上に。だから孝明が望むのなら、面倒ではない範囲のことは、なるべく叶えたいものだが。

 信川は苦々しい顔をして、テーブルの上で拳を握りしめる。叩かないだけの理性はあるようだ。もどかしさに歪んだ表情は、奇妙な愛嬌を伴って女を感じさせ、不思議と魅力的だった。


「最初は嘆くかもしれないけれど……いずれ、あなたが離れてくれたことに感謝するわ。そしてもっと自分にふさわしい恋人と幸せになるでしょう」


 綺理は眉を開き、微かに失笑した。


「それはご自分のことを仰っているので?」


 かっ、と信川の耳が赤く染まり、真っすぐだった瞳が動揺に揺れた。羞恥と怒りの混在する視線が綺理を睨む。

 なあんだ、つまんない。

 綺理はがっかりした。再三突っかかってきて、ことあるごとに孝明と別れるよう告げてきて、随分と執着心のある——もとい、根性のある人だと、少しは期待していたのに。本当に、心の底からくだらない、無為な時間になってしまった。せめて余裕をもって笑うくらいすればいいのに。図星をさされただけで、この反応。あくびが出そう。うっすらと感じていた彼女に対する魅力や興味がみるみる色褪せていく。なけなしのやる気が根こそぎ失せて、綺理は気怠く体勢を崩し、頬杖をついた。そして再び窓の外に目をやり、緩慢に瞬く。よく見覚えのある、そしてそのひとだけは見間違えようのない人影。あれは、と思ったところで信川が息を吹き返した。


「ば、ばかにしないで! 私は、純粋に彼の為を思って言っているの。大切な友人で、同僚だもの。当然でしょう」

「ああ、そうですか……」


 ぼーっとしたまま、おざなりな相槌を打ってしまった。それが癇に障ったのか、彼女はついに両手をテーブルにつき、声を荒げた。


「あ、あなたねっ」

「あなたは、孝明について思い違いをしているようです」


 これ以上彼女の話を聞く価値はない。ミルクティーも飲み終わった。財布を取り出し、自分の分ちょうどのお金を出す。


「あのひとは確かに、愛ゆえにわたしを養っていますよ。わたしを好きだから、わたしに尽くします。でも、それはたぶん、あなたが思っているような可愛らしいものではないでしょうね」

 

 もう一度、念入りに金額を数え直して伝票の上に置く。いちばん新しい百円玉が玩具のようにぴかぴか光った。


「どういう、意味よ」

 

 信川が訝しげに問うてくる。綺理は席を立ちながら続ける。

 

「あのひとは非常に利己的な男ですよ。孝明がああなのは、彼なりの愛情表現です。女に料理を作ってほしい男や女を飾り立てたい男、隣に立ってともに戦うことに価値を見いだす男がいるように、あれはね、女を養いたい男なんです。分かりますか、信川さん」

「それはあなたがそうさせたんでしょう! 養うといったって、限度があるわ」

「まあ、そうでしょうね。わたしがこういう人間だから、あのひともああいうひとになったのかもしれません。でも、過程は問題じゃないでしょう? わたしたちのこのあり方は、恋愛感情を大前提とした利害の一致によるものです」


 綺理は薄く笑った。

 それは高慢で気紛れで我侭な、生活と愛情を確約された飼い猫の笑みだった。


「孝明はわたしの世話をし、わたしの欲を叶えることに至上の喜びを感じているのですよ。わたしを何不自由ない暮らしに溺れさせることで、あのひとをいちばんに必要とさせるために」


 そのとき、からん、と店の扉が開いた。店員の一人がいらっしゃいませと軽やかに出迎える。新たな客は一直線に綺理たちのもとまで向かってきた。


「綺理さん!」


 その声だけで、彼がやけに嬉しげであることがよく分かる。綺理は笑みを消し、いつもの眠たげな表情で彼を見やった。


「どうしたの、綺理さん! びっくりしたよー。あっ、もしかしておれに会いにきてくれたのっ?」

「ちげーし。んなわけないし。ポジティブシンキングうざい」

「ひどいっ。じゃあなんでここにいるんだよ! しかもおれ以外の人と、おれのいる場所のすぐ近くで、おれに会いにもこないでお茶とか……!」


 きりさんのうわきもの! と意味の分からない不名誉な暴言を投げかけられて、綺理は舌打ちした。めんどくさいなー、もー。大体孝明のせいでこのひとに捕まったんですけど。


「それ」

「ん?」

「たかあきの知り合いでしょ。帰りに声かけられた。それだけ」

「え、ああ、信川か。悪いけど、綺理さん見かけてもわざわざ声かけなくていいから。おれとの時間減るし」


 とんでもないこと言うなこいつ。綺理はちょっと引いた。

 信川はというと、青ざめた顔にゆっくりと決意の色を浮かべて、真摯な表情で孝明を見つめたところだった。


「ねえ、坂上くん。部外者の私たちが言うことじゃないかもしれないけど、でも、どうしても心配なの」

「え?」


 唐突な言葉に孝明がぽかんと口を開ける。


「あなた、良いように使われているのよ、その女に。ううん、わざとじゃないにしても、ずるずると寄りかかられるだけの関係なんて、不健康だわ。ねえ、これはあなたのために言っているのよ。どうかお願い、冷静になって。その子とは手を切りなさい」


 孝明はぱちくりと瞬きをしたあと、綺理を見下ろして問うような眼差しを向けてきた。綺理は肩をすくめてみせる。


「あー、えーと。心配はありがたいけど、おれは冷静だから」

「冷静じゃないひとの言葉よ、それは!」

「いやそう言われてもね。おれは好きでこのひとの、あー、その良いようにされているんだ。はたからどう見えているのか知らないけど、おれはこれで幸せなんだよ」

「な……」


 信川は唖然として言葉をなくしたようだった。わなわなと唇が震えている。


「そ、そんな……そんなの、」

「でも、まだ心配してくれてたんだね。おれにはよく分からないけど……気持ちは嬉しいよ。ありがとう。あ、沢本がまた呑みにいきたいって言ってたよ。じゃ、また」


 さ、いこうか綺理さん。だらしなく相好を崩して、孝明がさりげなく綺理の手を取った。彼のてのひらには、自分の手は少し余る。その隙間を埋めるように、一本一本の指を絡めてきた。そして何やらそれだけで興奮してきたのか、微かに呼吸をはやくして、繋いだまますくいあげた綺理の手の甲にくちづけを落とす。かたちの良い孝明の唇がちゅう、と甘く吸いついて、公共の場でいらんことしやがってド変態が、と思いながらも綺理の心臓が高鳴ってしまったのは事実だった。腹立たしい。

 孝明に手を引かれるまま、綺理は店を出た。その頃には、寸前まで同じ席についていた女性の名前もおぼろになってしまっていた。





 家に帰ってふわふわカーペットの上でゲーム機をいじっていると、後ろから持ち上げられて抱え込まれた。そのままぎゅううっと抱きすくめられる。暑苦しい。とはいえ日常茶飯事なので、気にせずゲームをやっていれば、調子に乗ってあちこちにキスをしはじめた。


「うざ……」

「はあっ! 傷つく……でも綺理さんのその鬱陶しそうな声もかわいい……どきどきする……」


 何がどきどきするだ。乙女か。

 はふ、と犬みたいな息をついて、孝明は彼女の首筋に顎をうずめた。あつい吐息が肌にかかる。


「ねえ、綺理さん」

「んー」

「どうして信川といたの?」

「道で捕まったから」

「断ればよかったのに」

「んー」

「面倒だったの?」

「ん」

「あの駅で降りたのはなんでさ」

「なんとなく」


 だらだらと孝明の質問に答えていく。その間、彼の手は不埒に綺理の身体をまさぐった。孝明はこうやって触ってくるのが好きである。

 かぷ、と耳の頭を甘噛みされる。長い舌が侵入してきて、執拗に撫でていく。


「っ、」


 手許が狂った。ボタンを押し間違えて、簡単に抜けられるはずだったゲームが危うくなる。


「たかあき」

「うん? なーに」

「嫉妬?」


 煩わしさを隠しもせずに見上げれば、彼は困ったように微笑んでいる。きれいな男だ。綺理には、本当はたぶん、もったいない。でも、このひとは、困ったひとだから。

 わたしだけのひとだから。


「信川もねー、悪気ないって分かってるんだけどね」


 でも、とおそらく見当違いにも程がある、けれど彼にとっては紛れもない苛立ちの原因を言う。


「綺理さんに美味しいものを食べさせていいのは、おれだけなのに」


 ものすごく悔しそうに彼は言う。そのあとも、ぶちぶちと不満をぼやいた。

 

 綺理さんの世話はおれがするのに。

 綺理さんに出すお金はぜんぶおれのじゃなきゃだめなのに。

 あの店はおれが綺理さんと行くために見つけたのに。


 などなどなど。こいつほんと頭おかしいよな、と綺理は思った。

 このひとは、綺理をどろどろに甘やかして、せっせと世話をして、湯水のようにお金を注いで、綺理の望む生活を惜しげもなく与えてくる。それは確かに綺理の望んだことだけれど、そして甘受しまくっているのだけれど、同じくらい、このひとの望みでもあるのだ。わけわからんことに。


「自分の分のお金はおいてきたし、べつに好きであの店にいたんじゃないけど?」

「分かってるけど! 綺理さんのこと、信じてるけど!」


 信じるってなんだよ……。

 綺理はどちらかというとあの女性の気持ちの方が理解できるのだが、ここにいるのは謎の性癖を持った恋人だ。なんで浮気をしたみたいに扱われなければならないのかと理不尽な気持ちになるものの、とにかく機嫌を取らねばなるまい。面倒くさ……。


「たかあきこそ、なんでちょうどよくあのへんにいたの」

「綺理さんにあそこのケーキ買っていこうと思ってて……」

「買ってないじゃん」

「だってー」

 

 しょんぼりする恋人に溜息をついてから、その顎にくちづける。

 ふつうの、大切にする方法なんて知らない。

 愛してるからどうとかこうとか、よくわからない。

 でも、今、顔を真っ赤にして、ちょっと拗ねたように綺理を見下ろす人が、綺理をいちばんに想っていることはちゃんとわかっている。

 このひとが何を望むのかも。

 自分が、このひと以外の執着はいらないことも。


「じゃ、次買ってきて。あとシュガードーナツも」


 何でもないふうにそうねだると、孝明はあっという間に機嫌を直して喜色満面の笑顔になった。


「うん、約束するよ!」

「ん」

「へへ……綺理さん、すきです」


 蕩けるような甘い眼差しを垂れ流し、壊れ物に触るみたいに優しい手つきで横たえられる。真上から覆い被さってくる恋人の首に両腕を伸ばし、仕方ないなあと出血大サービスで綺理は返す。


「わたしもすき」


 歓喜に理性が飛んだらしい孝明から、目眩がするほど濃厚に熱く唇を奪われながら、明日は一日中昼寝しよう、と彼女は固く決めたのだった。

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[一言] 二人の関係性が最高です!! デロ甘の彼と猫な綺理さん!好き!
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