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鴇さん!  作者: NNED
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 紅緒にやっと追いついた暦は紅緒の腕をグイと引いた。


「待てよ!」

「離せよ裏切り者!」


 もちろんのことながら暦が自分の反抗期の終わりに気付いているわけも無いし、暦には学校の仲間を裏切った覚えも無いので、その『裏切り者』と言われる筋合いは無いし、人の話を聞かない紅緒に腹が立つ。



「何言ってんだよ、意味分かんねえよ!

 なんなんだよその裏切り者ってのは!」

「だってそうでしょ!?

 あのイケメンに付くんでしょアンタ!」


「はあ!?

 鴇さんは俺たちと違って不良でもなんでもねえっての!」



 きっとこの場に鴇が居れば『はははは!娘さんにイケメンって言われちまった!』と爆笑しているだろうし、暦が紅緒の「イケメン」という言葉に、瞬時に鴇のことだと反応したことについてもゲラゲラと笑いながら、二人の頭を乱暴に撫でてくるだろう。



「じゃあなんなのよ、ケーサツ!?」

「んなわけねえだろ!お前の頭はタンラク的なんだよ!」

「たん…?

 暦って育ち良いからってアタシのこと見下してんの!?難しい言葉使わないでよ!」



 なお例に漏れず、紅緒も馬鹿である。



「うっせえよヒス女!被害妄想も大概にしろよ!なんでもかんでも、敵だって決めつけるなっつってんだよこのバカ!」



「じゃああの男はなんなのよ!あんな薄暗いとこでさあ!何、ホモ?まじキモイし!」



「てめえまじ黙れよ、鴇さんのことバカにしたら潰すぞ。鴇さんは俺の師匠。


 剣道教えてもらってんだよ!」



 暦の言葉に紅緒は数舜固まった後に、鼻で笑った。



「あんたみたいなのが剣道とか、できるわけないじゃん!」



 その言葉は紅緒にそのつもりが無いにしても、暦の心を傷つけるには十分のものだった。カッと頭が真っ赤になるような感覚になった。

 ここしばらくココまでキレる事なんてなかったので、随分久しぶりのように感じる。



「てめえまじ潰す」





「そこまで!」


 暦が紅緒に対して構えた所で、後ろからピシャリと声がした。その声で暦はスーッと冷静になっていく。


「ったく、威勢のいい嬢ちゃんだな」


「…鴇さん。」



 鴇はゆったり歩きながら二人のことを追っていた。そして影から、どんなもんかと観察していたが、暦がキレかけているのを察知して即座に止めに入った。



「売り言葉に買い言葉って奴だな。

 嬢ちゃんは言い過ぎだけどよ、暦、お前はカッカしすぎだよ。女に手ぇ上げんのはどんな理由であれダメだ。」



「…チッ、説教臭ぇジジイみてえなこと言いやがって。」



 紅緒は、むすりと鴇を睨んだ。

 自分より頭二つほど背が低く、孫ほど実年齢の離れた少女に鴇がビビるタマでもない。鴇はクイと片眉をあげた。


「なんでィ?ジジイに似たようなことで説教でもされたことあんのかィ?」



 その鴇の言葉に今度は紅緒がカッとキレた。


「っんだよ!てめえ!!」

「あーあーそんな別嬪さんが汚く怒るんじゃねェよ。」



「ベ…?ああもう!まじでオマエらムカつくな!なんでそう難しい言葉使うんだよ!バカにしてんのか!」


 鴇はなんとか笑うのを堪え、紅緒を落ち着かせることに徹する。実際は堪えられず半笑いであったが。


「別嬪っつうのは嬢ちゃんみてえに美人に使う言葉だよ。」


「は!?び、美人!?何言ってんだよ意味分かんない!」


 美人と褒められたことに動揺しているのが手に取るようにわかり、クスクスと鴇は笑った。そして笑いながら綺麗にセットされた暦と紅緒の頭に手を置くと、



 ガツン!


 と重い拳骨を食らわせた。



「っつうう!!」

「ってええ!!」


 二人は頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「はっはっはっはっ!はー…

 二人ともとにかく頭冷やして落ち着いて話してみろ。どうせ何年かしたら笑い話サ。

 けどさっさと事は片付けといた方がいいだろうよ。

 暦、俺ぁ先行ってるから、気が落ち着いたら来な」


 ニコニコ笑いながらフラリと二人のもとから離れると、そのまま商店街の方へと鴇は去っていった。



「なんなんだよあの男!!いってえな!」

「うるさい。一回黙ろうぜ。」


 忠犬というか、なんというか、鴇の言われたことに忠実に、暦はもう落ち着いてきている。それがまた紅緒には気に食わないが、ココで怒鳴るとバカにされそうだと少し冷静になる。


 そして暦は話はじめた。


「俺この間遼太郎のせいでヤクザにボッコボコにされたんだ。まあ遼太郎と一緒にだったけどさ。」


 そういえば少し前に暦と遼太郎がボロボロになっていたなと紅緒は思い出した。遼太郎の頭に巻かれた包帯はしばらく取れなかった。


「俺はギリギリで意識はあって、助けてくれた人を薄らとだけど覚えてたんだ。その助けてくれた人ってのがさっきの鴇さん。

 なんつーの?心が強いっつうのかな。すげえ強くて、俺あんな人になりてえって感じて…

 で、弟子入り。たしかにお前らとの付き合いは悪くなったと思うけど、だからって裏切った覚えはねーよ。」



「でも…だったら、あたしたちになんで何にも言わないのよ…」



「それは…

 なんかお前ら面白半分で付いてきそうだったしよ…」


「来るなって言われてば行かないわよ!」


「いーや!絶対来たな!

 修行とか言ってもぜってー信じなかっただろうしな!…とにかく、俺は別に裏切ったわけでもなんでもねーよ。」



 紅緒は何やら納得のいかないような顔をしている。暦は紅緒の様子に気付いたが、それを黙殺し、ムスッとしながら紅緒の手首を掴み歩き出した。



「な、なんだよ」

「…」

「なんか言えよ!」

「…」

「…ばーか!ばーか!ボンボン!おたんこなす!」

「だー!うっせー!

 いいから付いてくりゃ いーんだよ!」




 暦が紅緒を連れてきたのは何の変哲も無いドラッグストアだった。紅緒は怪訝そうに顔を顰める。

 白衣を着た小さい中年男が暦をチラリと見てニヤリと笑う。紅緒はそれに気付いて、眉間の皺を深くした。

 そんな中年男にむかって暦はぺこりと会釈する。紅緒は驚愕として訝しげに暦を見た。


「鴇なら奥で茶ぁしばいてるぞ。」


「うっす、おじゃまします」


 暦は慣れた様子でカウンターの奥に入っていく。


「ちょっ、」


 グイと紅緒の手を引く。そして関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを開いた。

 そこには靴を脱ぐために小さな玄関があり、一段上がって奥には4畳ほどの和室とちゃぶ台、それに鴇がいた。


「おーお前ら、意外に早かったな。まあ座れや。」


 すっかり部屋の主のように押し入れを物色し座布団を引っ張り出し適当な所に置いた。

 そして電気ポットからお湯を湯のみにそそぎ、そのお湯をまた急須のなかに入れ、緑茶をいれる。


 ありがとうございますと暦は礼をしながら鴇の側に座った。おずおずとそれに続いて紅緒も座り、居心地悪そうにしている。



「まあそう固くなるねエ、歌舞伎揚げうめえぞ?」


 食べるか?と鴇は聞いたが、紅緒はそっぽむいた。


「いらねーよ」

「じゃあ嬢ちゃんのぶんは俺が貰っとこう」


 ウキウキと袋から煎餅を取り出し嬉しそうに食べ始める。それはもう美味しそうに食べるものだから、少し紅緒も気になったが、断った手前欲しいなんて言う気にはなれず俯いた。

 お茶を一口飲むと紅緒を見る。



「嬢ちゃんよぅ、」


 ポツリと話し始めた。



「世の中気に入らねえことばっかで、理屈にあわねえことも起きらあ。


 大人ッてぇのは勝手でよ、理不尽に怒り出したり、はたまた理不尽なことに見舞われても無理矢理納得してダンマリしたり、構って欲しい時は無視するくせして、突然思い出したようにウザッたく絡んできたりよ、


 本当に勝手さ。」


 鴇は湯のみを指で撫でながら、自分の若い頃を思い出していた。


「それなのに、気付いたら自分もそんな大人の仲間入りしてんのさ。」


 ピクリと紅緒の方が揺れた。



 紅緒の父親はなんの変哲もないサラリーマンだ。ただ、酷く家庭に無関心で、中学生の頃父親が母親とは別の知らない女と歩いているのを見て、そこから一気に人生が変わっていった。


 母親もとても平凡な主婦だ。しかしヒステリー持ちのような一面があり、薄々父親が浮気していることに気付いていながら、父親が居ると馬鹿な女のふりをして父親に縋る。そのくせ父親がいないと気が狂ったように人や物に当たるのだ。


 男と街を歩いてフと店のショーウィンドウに男と並んだ自分を見て、父親の浮気を思い出し気分が悪くなったり、風呂から上がって洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、ゾッとするほどあの母親に似てきていることに気付いて吐いたりする。

 あの二人のようにはなりたくないと、ただただそう願って、仲間たちに依存する。


 しかしその依存するということが、まるであの母親のようで、それを否定する為に男との喧嘩にも参戦して自分の力を誇示し、依存なんてしていない、あの女とは違うと安心しようとしているのだ。



「仲間が大事で、でもたまにその仲間を否定してくる奴がいるんだ。それがまた正論だったりするともういけねえ、」



「…!」



 母方の祖父は今も健在で、母親の性格をよく知っていて、早くに紅緒の家が崩壊していっていることに気付いた。

 祖父は気難しい性格で、とてもじゃないが一緒に過ごすなんてできないだろうと紅緒は思う。そんな祖父は紅緒が地元の悪ガキといつも遊んでいることに気付いて、紅緒を呼び出し頭ごなしに怒ってきた。


『あんな奴らと遊ぶのはやめろ』


『お前ならもっと優しい子が友達になってくれるだろう?』



 しかし紅緒には彼らは優しいし、良い奴だ。

 ムカつく。アイツらを否定するなんて許せない。



「でもよ、フと頭に上りっ放しだった血がスーッと下がっていく瞬間があるんだよな。自分はこのままでいいのか?あの否定してきた奴の言う通りなんじゃないか?このままじゃあ、自分が見下していた大人たちに見下されて終わるんじゃねえか、ってさ。」



 紅緒の心理をまるで見透かしたように鴇は話す。



「それが怖くなって、もがくんだよなあ。

 これが自分の選んだ道だって、まっすぐ進もうとする。道に迷ってても、間違った道に入ってしまったと気付いても、脇道にそれたり、人に聞いたりすんのが恥ずかしくてよ。



 なあ、嬢ちゃん。人それぞれに道はある。


 俺は嬢ちゃんにどの道進めとか、言う気はねえ。俺もくだらねえ大人になんざなるのは真っ平だと思ってるしな。

 ただ、周りはよく見て進めよ。」


 鴇が自分の手元から目を離し、紅緒を見るとボロボロと彼女の目から雫がこぼれ落ちていた。


「おまえさんらは、まだまだ子供だよ。若いしよ、いくらでもやり直しはきくさ。


 暦は剣道やり直すんだってよ。嬢ちゃんも応援してやってくれや。」


 コクリと紅緒は小さく頷いた。それを認めニコリと笑い、頭に手をおいて、わしゃわしゃと少し乱暴に撫でた。


「そうそう、名前、聞いてなかったな?なんつうんだ?」


「えざ、き、ッべにお、」


「そうかそうか、俺ぁ山岡鴇っつうんだ。好きに呼んでくれな。」





説教くさくていけねえや!

評価ブクマありがとうございます!

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