24-08 砦
場面は変わって、アスール湖。
セルロア王国の北部、フランツ王国との国境に位置する巨大湖である。
首都エサイアからの距離は90キロほど、馬なら楽々1日で踏破できる。
そのアスール湖の北東側へは川が流れ込んでおり、そのままセルロア王国とフランツ王国の、更に上流ではクライン王国との国境線となっていた。
アスール湖から、その川を20キロほど上流へ遡ったところに古い砦がある。
魔導大戦時からあるその砦は、名を『クロゥ砦』といった。
砦のそば……城下町の一種と言っていいかもしれない……の町の名も、砦に因んでクロゥと名付けられている。
クロゥ砦の南側は川に面しており、船が直接着けられるようになっている。そこには、数日前から、少し変わった型式の船が繋がれていた。
両側舷に推進用の水車が付けられた外輪船である。
それに乗ってクロゥ砦に乗り込んだ男の名は、『ルフォール・ド・オランジュ公爵』と言った。
「どうだ、まだ解析できないのか?」
「はい、もう少しでなんとかなりそうですが」
「……わかった。頼むぞ」
砦には地下室もあり、その最奥部ではオランジュ公と魔法技師がなにやら話を交わしていたのである。
「この『魔導砦』が蘇れば、解放隊など恐れるに足らぬ。それどころか、私は世界の支配者になれるかもしれないのだ!」
クロゥ砦は魔導大戦時に作られた『魔導砦』とよばれる戦略兵器だったのである。
「それですが閣下、『魔導砦』とはどういうものなのです?」
魔法技師も、魔導砦については何も知らなかった。ただ言われた仕事をこなしているだけなのである。
「私にもよくはわからん。だが、セルロア王国でたまたま古い資料を見つけてな。魔導大戦時に、3箇所にそうした魔導砦が作られたというのだ。その1つがここだ」
「他の2つというのはどこなんです?」
「1つはレナード王国にあったらしい。残念だがもう1つはわからん」
「それは残念ですね」
と言いながら、2人とも、さして残念そうでもない。
「おそらくまともに使えそうなのはここだけだ。頼むぞ、ボッカー」
ボッカーと呼ばれた魔導技師は頷いた。
「ええ、お任せください。あのダジュール・ハーヴェイもいますし」
「ダジュール・ハーヴェイ……ああ、統一党の党員だったやつだな?」
「そうです。性格は破綻してますが、腕だけは一流です」
「今必要なのは人手だからな。質は問わぬ」
* * *
『魔導砦』は、言うなれば砦そのものが1つのゴーレムと言っていいだろう。
もちろん、巨大な砦を1つの制御核だけで制御するということは並大抵のことではない。
仁が作り上げた『老君』も、内部に複数の『処理装置』を持っている。
この『魔導砦』の『頭脳』の構成は、老君ほど出来が良くなかった。
「命令系統が樹枝状になっていることはわかっているんだがな」
樹枝、つまり『ツリー』状ということ。
一番上に全体を統括する『頭脳』があり、そこから木の幹、木の枝といった感じに指令系統が伸びていくわけである。
重要度の低い作業や情報は各枝先にある『副頭脳』または『小頭脳』で処理することで、束ねの『頭脳』への負荷を軽減する構造になっている。
システムとしてみた場合、トータルの反応速度が遅くなる欠点はあるものの、当時としてはバランスの取れた構成と考えられていたのである。
「うーん、ここの制御核を起動してしまうとその下の制御核が難しいなあ」
唸りながら作業をしているのはダジュール・ハーヴェイ。30代前半でやや大柄だが、手先は器用である。
「ああ、そうか。ここの接続を先に繋げてしまうと下流がこちらの制御を受け付けなくなるわけだ」
ツリー状の制御構造を持つこのシステムの場合、下位から順に再起動していかないと、『こちら』の言うことを聞かなくなってしまうのである。
「大元を束ねる『頭脳』を起動するのは一番最後と言うことだよな、そうしないと、こっちを敵と見なす可能性もあるわけだ」
言うなれば、手下を順に攻略し、最後がラスボスである『頭脳』ということである。
「再起動していきなり攻撃されたくないしなー」
独り言が多いが、それなりに有能なので、ここ5日間で70パーセント以上が修復されていた。
「でもなあ……とりあえず動けばいいかなあ……その方が面白そうだし」
ただ、仁と違い、職人的な拘りはなく、飽きっぽいのが難点だ。おまけにひどくマイペースである。
「ああ、少し疲れたな、休憩するか。……ロル、お茶」
『ハイ、ダジュールサマ』
彼が使っているのは、この砦で発見された青毛の自動人形、ロル。アンやティアと同型機である。
本来なら、こうした自動人形は、エレナの意向で全て破壊されていたはずなのだが、この砦には破壊を免れた機体が残っていたのだ。
そして今、堂々と身の回りの世話をさせているのであった。
「……ぬるい!」
お茶をカップごとロルにぶつけるダジュール。ロルの肩にぶつかり、陶製のカップは砕けた。ロルもお茶をかぶってしまう。
『モウシワケモゴザイマセン』
謝るロル。そんな彼女の動きは悪い。そもそも、辛うじて動ける程度の整備しかなされておらず、連日こき使われているのだから。
それでも、『命令主』に逆らうことはできない自動人形の宿命で、不平一つ言わずに彼の世話をしているのだった。
3度、お茶を淹れ直した後、ようやくダジュールは満足し、お茶を飲み干した。そしてまた作業に取りかかる。
「ふんふん、ここの接続は後回しでいいか。それよりこっちの方が面白そうだ……」
一方、ボッカー・オーヴは、別の場所で作業をしていた。
「これはすごい。当時の戦闘用ゴーレムが10体も残っているとは!」
かつて仁たちが調査したケウワン遺跡では、砦を放棄する際に、雑用ゴーレムでさえ制御核を抜き取る措置を行われていたが、ここクロゥ砦は、大戦終了まで現役だったためか、無事な古代遺物が多々残っていた。
それらは巧妙な方法で地下室に隠されていた。それがどうしてオランジュ公の知るところとなったかというと。
昨年、そう、『統一党』が解体されて『懐古党』となった際、数名の脱退者がフランツ王国に逃げてきた。彼等を匿ったのがオランジュ公であり、隠れ家として辺境のクロゥ砦を使わせたのだが、昨年の秋、ダジュール・ハーヴェイ他2人の魔法工作士が地下室を見つけたのである。
そこに隠されていた古代遺物は統一党が知るもの知らないもの、合わせて多数。
その中には、仁が開発した『消身』に近い効果を持つ結界を発生する魔導具があり、これをオランジュ公は自分の利益のためだけに使った。
老君の派遣した第5列等の追跡を躱せたのも、このためである。
他にも何点かの古代遺物を持っており、それによってオランジュ公がフランツ王国内で更なる権力を得ていたのであった。
* * *
暮れていく夕空を窓から眺めながら、ルフォール・ド・オランジュ公爵は、ここ数日のことを振り返っていた。
「うぬぬ……ジン・ニドーめ、あやつが全ての元凶だ!」
砦と古代遺物という新たな力、絶対的な力を手にしてから、慎重に行動してきたはずであった。
まず、セルロア王国の南部を統治するアラン・デモヌに渡りを付けた。
なぜアランだったかというと、フランツ王国から最も遠い位置にいる権力者だったことが一番の理由である。
「遠交近攻、だったか」
砦に残されていた覚え書き。司令官が部下に教えたときのものと思われるが、いろいろ役に立つことが書かれていた。
遠交近攻。遠い国と戦って勝ち、領地を得てもその維持は大変である。だからして、遠くの国とは仲良くし、近くの国を攻めるもの、というような内容だった。
「最上の勝ち方は戦わずして勝つ、だったか……それは叶いそうにないな」
それも書かれていたことの一つ。10回戦って10回勝つことよりも、戦わずして勝つことの方が上だ、というのである。
「だから、リシャールがワインを好むことに付け込んで、飲みたいだけ飲ませたのだがな」
単に四六時中酔わせておき、判断力を鈍らせるのが目的であったが、幸か不幸か、リシャールの健康を蝕み始めたことを知ったのは今年になってからである。
「それも全て、おじゃんだ」
姿を消す結界を使い、リシャールが持つ『鍵璽』をどさくさに紛れて盗み出したまでは良かった。
「もう1つの誤算はアランがあそこまで愚かだったことを読めなかったことか」
セザール王太子の護衛の1人であるスケーブ・サザビーの家族を人質に取り、情報を得るという狙いは良かったのだが、あからさまにやり過ぎてしまい、あまつさえ衆人環視の中でセザール王……当時王太子の命を狙わせてしまったのは悪手中の悪手だった。
その他にもいろいろと綻びが思い起こされる。それらに対し、胸中で毒づいているが、己の力不足・洞察不足だとは微塵も思っていないあたり、そこまでの器でしかないことがわかるというもの。
とはいえ、『隠密機動部隊』の追跡を逃れ、『第5列』の捜索から身を隠し、『ウォッチャー』からの監視を逃れることのできる古代遺物の存在は看過できるものではない。
仁も老君も、そしてセザール王も各国代表も知らないところで、新たな陰謀が動き出そうとしていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150529 修正
(誤)それらに太子、胸中で毒づいて
(正)それらに対し、胸中で毒づいて
(旧)隠れ家として辺境のクロゥ砦を使わせたのだが、その際にダジュール・ハーヴェイ他
(新)隠れ家として辺境のクロゥ砦を使わせたのだが、今年になって、ダジュール・ハーヴェイ他
昨年(イスタリスたちが見つかった時点)ではまだだったはずなので。
20150603 修正
(旧)今年になって、ダジュール・ハーヴェイ他2人の魔法工作士が地下室を見つけたのである
(新)昨年の秋、ダジュール・ハーヴェイ他2人の魔法工作士が地下室を見つけたのである
20210812 修正
(旧)
本来なら、こうした自動人形は、エレナの意向で全て破壊されるはずなのだが、彼はそれに従わず、こっそりとくすねていたのだ。
(新)
本来なら、こうした自動人形は、エレナの意向で全て破壊されていたはずなのだが、この砦には破壊を免れた機体が残っていたのだ。