21-21 可能性
700672号、いや、その主人たちでも『ワープ機関』は作り出せなかったと聞き、少々気落ちする仁であったが、それでも自分の考えを口にすることにした。
「……俺の理論を聞いてくださいませんか?」
仁の言葉に頷く700672号。
「もちろんだ。吾には主人たちのような創造性は大して備わっておらぬ。記憶と、補助が役目だからな」
人造人間である700672号は、仁の作り出した自動人形やゴーレムと同じく、人間と比べ、記憶力には優れていても創造性には劣るようだ。
「転移門、俺が使っている転送機、そして転送装置。これらは基本的に、2点間を空間的に繋ぐわけですよね」
「その通りだな」
「俺の推測だと、2点間を空間トンネルで繋ぐ、という方式だと思っています」
この言葉に700672号は反応した。
「ふむ、面白い。なぜその結論に?」
「ええ、物体を、離れた2点A、B間を移動させるには幾つかのやり方があると思うんです」
頷く700672号。
「1、超高速で移動させる。2、A、B間を空間的に繋いで移動させる。3、Aで物体を分解し、Bで再構成する」
「ほほう、その3番目だが、そんな事が出来るのかね?」
「いえ、俺の世界の空想小説にある方法です」
「なかなか興味深い。物体を分解することで質量を無くし、エネルギーの形で長距離を移動させ、目的地で再構成する、か……」
「俺の世界には、『人間が想像できるものは実現できる』といったような言葉もありました」
700672号は感心することしきり。
「ううむ、確かにな。主人たちが健在なら、いつの日にか、そんな事が出来る日も来たのであろうか」
しばらく仁と700672号はその話題について話をしていたが、一言も喋らない、いや、口を挟めないエルザを気づかって、仁が声をかけた。
「エルザ、聞いていても面白くないだろう?」
「ううん、そんなことない。聞いているだけで、ためになる」
「それならいいんだが」
「はは、エルザ殿はジン殿を立てているのだな」
「え……」
少し顔を赤らめるエルザ。
そして仁と700672号は本題に戻ることにした。
「転移門というものは、2番目の方法だと思うんですよね」
「ふむ、最初に言っていた2点間を空間トンネルで繋ぐ、ということだな」
「ええ」
この場合のトンネル、その出入り口は3次元的なものを差す。つまり、ブラックホールとホワイトホールの関係と思えばよいだろうか。
「俺は、転移門の受け入れ側は、そのトンネル出口のマーカーとしての役目が大きいと気付いたんです。で、受け入れ側が無くても物体を送り出せるようにしたのが転送機です」
700672号は手を打って感心した。
「素晴らしい。ジン殿の発想は吾の主人たちと比べても遜色がない」
「それで、ここからが推測になります」
「ふむ、聞かせてもらおう」
700672号は身を乗り出した。
「送り出す際、転送機は、現在地と目的地の間に空間を渡るトンネルを作り出します。このトンネル内は言わば『亜空間』で、我々のいる空間とは時間的にも隔たっています」
「ほう、時間的に、というのはなぜだね?」
「ええ、まずは、トンネルであるということは、出入り口の間には『距離』があるはずなのに、ほとんど時間の経過無しに、目的地へ物体を送れることです」
700672号は何度も頷き、
「続けてくれたまえ」
と仁に言った。
「『距離』があるのに、移動した事による時間経過がない、ということは、こちらの時間とあちらの時間が同じではないということではないでしょうか」
このあたりは現代日本でのSF系小説やマンガ、アニメなどでお馴染みの考え方である。だが、700672号にはそうでもなかったようで、感銘を受けたという顔をしていた。
「ふむう……そんな考えが……しかし、そう考えれば辻褄は合うな……」
仁は説明を続けた。
「ほとんど時間がかからないといっても、僅かではあるけれども時間は経っているはず、というのが、俺の理論の出発点です」
「うむ、それで?」
「トンネルを作った後、エネルギー供給を絶っても、極々短時間なら、トンネルは存在しているはず。その作り上げたトンネルに飛び込めば、自分自身も移動できるのではないか……。それが『ワープ機関』の構想です」
「素晴らしい!」
興奮気味に立ち上がる700672号。その様子に、ネージュと礼子、そしてエルザが驚いて注目する。
「いや、ジン殿の理論が素晴らしいので興奮してしまった」
座り直す700672号。
「その理屈だと、確かに出来そうではあるな」
「ええ。ですが、幾つか問題があります。まず、作ったトンネルにどうやって飛び込むか、ですね」
「そうだろうな。飛び込む際にはトンネルを作る事をやめねばならない。そしてトンネルが消えるまでの極々短い時間に飛び込まねばならない」
「そういうことです」
700672号の言葉に仁は頷いた。
「おそらく、飛び込むための時間というのは非常に短いのだろうな?」
「ええ、何百万分の一秒、くらいでしょうね」
マイクロセコンド、ナノセコンドの世界である。
「質量が、邪魔?」
その時、エルザが初めて口出しをした。加速するには、質量は出来るだけ小さい方がいいのだ。仁は頷いてみせる。
「それもある。停止している物体がトンネルに飛び込むんだからな、0時間で最高速に達しないと……そうか!」
そのとき仁に閃いたのは、『重力制御魔法』のこと。この魔法では、質量を限りなく小さくする事も可能なのである。
失敗したとは言え、衛星を打ち上げた時に使った手法だ。
そしてもう一つ。宇宙空間なら、最初から動いていればいいということだ。つまり、トンネルを作り、それが消える前に飛び込めるだけの超高速で動けばいい。
もっとも、後者は地上では使えないが。
そこまで考えて、仁は現実に思考を戻した。
「ふむ、何か考えついたようだな、ジン殿は」
仁の顔を見て、700672号が笑いながら言った。
「ええ。聞いてください」
そして仁は、いま思いついた理論を開陳する。
「面白い! 吾には到底不可能な発想だ!」
700672号は手放しで称賛した。
「是非、その線で実験を進めてみて欲しいものだな」
「ええ、やりますよ。そしていつの日か、きっと」
「……ジン兄なら、きっとできる」
「ええ、お父さまなら、必ず」
エルザのみならず、いつの間にかやって来ていた礼子も同意した。
「ははは、ジン殿は慕われておるな」
笑いながら、700672号は仁たちの絆を讃えたのである。
* * *
「それでは、またいつか」
「うむ、いつでも歓迎する」
700672号、ネージュと再会を約して、仁たちは蓬莱島へ戻って来た。
「エルザ、お疲れさん」
もう真夜中……いや、明け方に近い。
「ジン兄も、お疲れ様」
「お父さま、少しでもお休み下さい」
「ああ、そうだな」
仁の身体を気遣う礼子の言に従い、短時間でも眠ることにする仁であった。
某宇宙戦艦も、ワープに必要な速度というのがありましたね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150205 修正
(誤)ほとんど時間の経過無しに、目的地へ物体を遅れることです
(正)ほとんど時間の経過無しに、目的地へ物体を送れることです
(誤)生む、いつでも歓迎する
(正)うむ、いつでも歓迎する
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