100-16 SF的な仮説
ハンナは老君とともに、『空間の歪み』の検出について議論していた。
『宇宙空間で測定したのは10箇所です』
「うん。『アルスの北極と南極』で2箇所、『ヘールの北極と南極』で2箇所、『アルスのラグランジュポイント』で2箇所、『ヘールのラグランジュポイント』で2箇所、それに『アルスとヘールの軌道上、ちょうど中間点』で2箇所、だったよね?」
『そうです。再現性のあるポイント、ということで選びました』
「うん、結果は?」
『残念ながら、『空間の歪み』は検出できませんでした』
「そっかあ……」
そう簡単には見つからないか、とハンナは小さくため息を吐いた。
「そうなると次は、さっき話に出た位置で、だね」
『そうですね。3899年に御主人様が出現した時のアルスの位置ですね』
「お願いね、老君さん」
『ええ、お任せください、ハンナちゃん』
と、そういうことになったのである。
* * *
ところで、ハンナからいろいろ相談を受けていた『紛い物』たちのその後。
「このまえ来た『人造人間』の少女が言っていたことだが」
「ああ、ハンナって名乗っていた、少女の皮を被った賢者ね?」
「そうだ。なかなか興味深いテーマを掘り下げようとしていたなと思ってな」
「確かにそうであるな」
「『亜自由魔力素技術』を究めんとしているようだ」
「我々とて道半ば、いや、ようやく取り付いたばかりの技術なのにな」
「彼ら……ジン殿やマリッカ殿の仲間のバイタリティには驚かされる」
「まったくそのとおりだ」
「いや、我らが怠惰になっただけであろう」
「そうかも知れぬな……」
なお、この会話は『自動人形』のボディに内蔵されている通信機能を用いてなされたため、彼らはリクライニングチェアにもたれたまま一歩も動いてはいない。
動かなくても筋力が衰えることのない彼らは、必要に駆られない限り、動かずに思索にふけっているのだ。
眠る必要もない彼らは四六時中考え事をしているわけで、傍から見たらそんなに考えるネタがよく有るなあと思うに違いない。
だが、身体を持たずに長い年月を過ごしてきた彼らには、なんということもないのである……。
「ところで、例の話だがな」
「うん、どうした?」
「空間の歪みを検出するという奴か? それとも、別の空間を探すという奴か?」
「前者だな。それを、私なりにいろいろ考えてみた」
「ほう、聞かせてもらおうではないか」
「もちろんだ。……まず、空間が歪むのはどういう時か」
「重力場ではないのか? 恒星の周囲のような」
「それだけか?」
「もしかすると、光もそうかも知れぬな」
「そのとおり。私は、光の伝播は、『空間の傾斜』によるものではないかと推測したのだ」
「ふむ、続けてくれ」
「光が粒子と波動の性質を兼ね備えていることは知られている事実だが、そのシステムを想像してみた」
「ほほう?」
「聞かせてくれ」
「まず、『光子』には質量がないと言われているが、それは誤りだ」
「なんと?」
「それは新説だな」
「『重力子』も同様だ。両者は『3次元空間における質量』という特性をもたないだけなのだ」
「ふうむ、なるほど」
「より高次元から見れば、質量に相当する特性は持っているはず。それを知るすべがないから、あくまでも仮説だがな」
「それと光の伝播はどう関係する?」
「まあ待て、今説明する。……光の速度に限界があるのはみな知っておるだろう?」
「もちろんだ」
「それこそが、『光子』に質量もしくはそれに酷似した性質がある証拠だ」
「面白い解釈だな」
「そして、その『質量』によって生じる『歪み』を我々は『波動』として観察、測定しているのだよ」
「なるほど、面白い」
「当然、その『光波による歪み』は、これまで定義されていた『空間の歪み』とは別物だ」
「そうであろうな」
「ぴんと張った糸を振動が伝わっていくように、『光子』による『空間の歪み』が伝わっていくわけだ」
「そうか、それで『光』は『粒子』と『波動』という2つの側面を持つ、というわけだな」
「そういうことだ」
「確かに、興味深い仮説だ」
「ここでもう1つ、仮説を追加しよう」
「まだあるのか?」
「ある。……これはハンナ殿が言っていたことだが」
「ほほう?」
「光を伝える媒質は空間そのもの。そして空間を構成している要素の1つが『亜自由魔力素』である、と」
「ふうむ……」
「つまり、『空間が歪む』ということは、『亜自由魔力素』の分布に偏りができる、ということになるな」
「だがそうなると、『亜自由魔力素波』は空間の歪みに影響されないという前提が覆るのではないか?」
「確かにな。ということは、この仮説をもっと補強せねばならぬということだ」
「それはそれで面白そうだ」
彼らはまた思索にふける。
こうした、妄想に近い空想・考察を行うのが彼ら『紛い物』の娯楽なのだ……。
* * *
仁が作った宇宙船といえど、速度の限界はある。
3899年7月2日にアルスがあった位置まで移動するには数時間を必要とする。
その間も、ハンナは研究室で作業を行っている。
「その間に、こっちはこっちでこれまでの測定結果をまとめておこうかな」
『空間の歪み』を検出できなかったとはいえ、貴重な測定データであることに間違いはない。
ひょんなことで比較データとして必要になるかもしれない。
ハンナは手を抜くことなく、データのまとめを行っていったのである。
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次回更新は5月15日(金)12:00の予定です。




