99-115 関節ねずみ
階段を下りる際、右脚をかばうように歩いていたのを見咎めたエルザ。
その質問にダイキは、
「半月くらい前、階段を踏み外しかけて強く右脚を床に突いたんですが、それからなんとなく膝に違和感がありまして」
と答える。
「違和感、だけですか? 痛みがあるのでは?」
エルザは医師の顔になっている。
「あ、はい。……実は、少し痛みが」
「どんな感じですか?」
「軽く曲げた時に引っかかるような感じがして、膝を曲げて衝撃を和らげられないのです」
「なるほど、では、そこに座ったまま右脚を出してください」
「いえ、エルザ様にそんな無礼は……」
「今の私は医者です。遠慮は無用」
「は、はあ……」
エルザの言葉に、ダイキは椅子に座り直すと、おずおずと右脚を伸ばした。
その前にしゃがんだエルザは、ダイキの右脚を軽く触診したあと、診察の医療魔法を使う。
「『診察』」
そしてその顔に、納得したような笑みがわずかに浮かんだ。
「これは、『関節内遊離体』による痛み、です」
「『関節内遊離体』ですか……?」
『関節内遊離体』は『関節ねずみ』とも呼ばれる。
関節内にあってあちこち動き回り悪さをするところからの命名であろう。
「『関節内遊離体』というのは、関節内の軟骨や骨の欠片が動き回って関節内に引っかかる状態、です」
「ははあ……」
「おそらくその、膝を強く突いた際に骨片が剥がれたものと思われます」
「なるほど……」
一般的な治療法としては、
1.保存療法:安静にする、痛み止めを服用もしくは注射、リハビリ(筋力強化)を行う。
2.手術療法:『関節鏡』を用いて遊離体を除去する。
3.再生医療:幹細胞治療やPRP(多血小板血漿)療法を行う。
などがある。
3のPRP(多血小板血漿)は、最近発展してきた再生医療で、患者の血液から分離した血小板を患部に注射することで再生を促すもの。
が、エルザにはもう1つの選択肢がある。
「ここで治してしまいます。……『異物除去』」
エルザが最近開発した医療魔法『異物除去』。
体内から結石や骨片などの異物を除去する医療魔法だ。
骨片も、完全に遊離してしまえばもう生体の一部とは見なされなくなるので、工学魔法に近い作用を及ぼせる。
これによって、膝関節内で遊離していた骨片をカルシウム、リン、マグネシウムなどの原子に分解して除去。
その後、炎症を鎮め、傷ついた組織を修復。
「『消炎』『修復』……『診察』……ん、治った」
最後に確認を行い、完治したことを確認して治療は終了である。
「おお……ありがとうございます、エルザ様!」
「ん、私は医者としての務めを果たした、だけ」
「それでも……! ありがとうございます」
「……どういたしまして」
次にエルザはココナの診察を行った。
取り立てて悪いところはなかったが、全体的に内臓、特に腎臓が疲れていたので『回復』で賦活したのである。
* * *
そんなこんなで、午後1時に昼食とした。
この時刻なら、仁たちの朝食の時間から十分に時間が経っているからだ。
献立はショウロ皇国風のランチ、エルザも食べ慣れている。
「この味は、ここでないと、なかなか出せない」
野菜の冷スープ。
もちろん蓬莱島でなら再現できるが、『アヴァロン』ではなかなか食べられない献立の1つである。
そうした懐かしい味も賞味でき、エルザは満足していたし、仁もそんな愛妻を見てほっこりしていた。
食後はお茶を飲み、団欒の時間である。
話題は主にゴウたちのことだ。
「うん、ゴウたちはよくやってくれているよ。もう一人前だし、『アヴァロン』になくてはならない技術者だ」
「そうですか……。元気にやっているようですね」
「元気でいてくれるなら、なによりです」
養子とはいえ、もうすっかりゴウを息子として扱っているダイキとココナである。
そんな2人を見て、跡継ぎをどうするかという問題を、またも思い出す仁。
が、2人を診察したエルザが、節制していればまだまだ健康でいられると保証したので少しだけ気が楽になる。
で、当のダイキとココナも、
「『アヴァロン』で活躍してくれるのも、ニドー家の誉れです」
と言っている。
更に、
「先日陛下が、『アヴァロン』の幹部になることも許容する、などと仰っていました」
と言う。
「え?」
それはメルツェのことを想定しての発言ではないかな、と察する仁。
メルツェの甥にあたる今上陛下は、継承権を返上したとはいえ、メルツェを今も一族として大事に思っているようだ。
それに乗っかる形で、ゴウのことも認めてくれるのではないか、という可能性もある。
そろそろゴウ、ルビーナ、メルツェの将来について決めなくてはならないな、と思う仁であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月13日(金)12:00です。
20260310 修正
(誤)全体的に内蔵、特に腎臓が疲れていたので
(正)全体的に内臓、特に腎臓が疲れていたので




