99-114 すれ違い
ミツホの『サヤマ湖』での救出劇のあと、メルツェは老君から仁がどういう方法を取ったかを聞いた。
「さすがジン様ですね」
『礼子さんお一人で船を持ち上げることもできるんですが、あの場合はこれでよかったと思います』
「人目がありますものね」
『はい。それを前提として、御主人様の救助方法は悪くなかったと思います』
「そうですよね……」
犠牲者が皆無だったという報告を聞き、胸を撫で下ろしたメルツェであった。
* * *
定刻より35分遅れで、メルDの乗った渡し船は船着き場に到着。
救急隊が待機しており、救助された人たちを診察していく。
そして、今現在意識はあるが、かなり水を飲んでしまった1名を、念のため病院へと搬送することにした。
救助された他の人たちは休憩所で着替えをもらったり、温かい飲み物をもらったりし、元気を取り戻したところでそれぞれの居場所へ帰っていったのである。
なお、遊覧船のチケット代は、若干の慰謝料とともに翌日返却されることになったということだ。
そこまで見届けたメルDは、安心して宿へと帰ったのだった。
* * *
救助を終えた仁は迎賓館に戻り、エルザと話し合っていた。
「溺れた人はいたが、全員救助された。溺死はゼロ」
「ん、よかった」
「本当にな」
2人は心の底から安堵した。
「夕食前に一風呂浴びようか」
「うん」
というわけで、のんびりと入浴タイムを楽しんだ仁とエルザであった。
* * *
メルDもまた、宿で寛いでいた。
とはいえ、本体であるメルツェは蓬莱島におり、老君が歓待している。
温泉に入ったり夕食を食べたりしている間、メルDは老君が代わって操縦しているわけだ。
仁とエルザに会いに行こうかとも思ったのだが、せっかく休暇を楽しんでいる2人の邪魔をしたくないと考え、自重したのである……。
こうして、ミツホの夜は更けていった。
* * *
明けて28日の朝になった。
「……」
「エルザ、どうかしたか?」
朝食時からなにか考え込んでいたようなエルザに、仁が尋ねた。
「ん、ちょっと気になることが」
「なんだい?」
「昨日溺れた人の、こと」
「全員助かったんじゃ?」
「それはそう。でも、『二次溺水』というものがある」
「聞いたことあるような……」
『二次溺水』とは、水を吸い込んだことが原因で肺に水が溜まる(肺胞性肺水腫)症状である。
子供は特に、お風呂やプールで水を吸い込んで咳き込むことがある。
その際、肺にまで水が達してしまうと、その直後はなんでもなくとも、時間が経つにつれて肺胞がやられ、呼吸困難を引き起こす。
また、吸い込んだ水によっては雑菌が含まれており、感染症を引き起こす可能性もある。
「だから、子供やお年寄りの入浴は、要注意」
「ああ、だから聞いたことがあったのか」
施設時代、少しだけそうした注意喚起を聞いた覚えがあった仁である。
「つまり、昨日溺れた人たちの中に、『二次溺水』を発症した人がいるかも知れない、ってことだな?」
「そう。……兆候は『呼吸困難』『咳』『胸の痛み』『倦怠感』『嘔吐』など」
「確認してみよう」
「ん」
そういうことになった。
* * *
首長アタル・ムトゥと仁、そしてエルザのネームバリューにより、昨日の被害者全員の名簿はすぐに閲覧できた。
その全員が、返金されるチケット代と、支払われる慰謝料を受け取りに、渡し船の管理窓口に来ることになっていることも判明。
「なら、ここで待って、来た全員を診察すれば、いい」
エルザはそう言ったのだが、アタル・ムトゥは首を横に振った。
「いえいえ、休暇中のジン様エルザ様のお手を煩わせることはありません。『二次溺水』でしたか、その危険性を教えていただけただけで十分です」
こちらにも『アヴァロン病院』から派遣された医療従事用自動人形『フローレン』がいる、ということなので、診察と治療は任せることになった。
「もし、返金を受け取りに来ない人がいたら、即訪問して、診察して。具合が悪くなって外出できない可能性が、ある」
「はい、気を付けておきましょう」
こうして、重要な注意喚起を行ったエルザは、仁とともにミツホを発った。
休暇最後の目的地であるショウロ皇国首都ロイザートを目指したのである。
なおこの後、返金を受け取りに来なかった者が2名おり、そのうち1名はエルザが心配したとおり『二次溺水』であったことを書き加えておく。
* * *
メルツェが仕事でミツホを訪れていたことを、仁もエルザも知らなかった。
老君と礼子は知っていたが、メルツェ本人が知らせる意志がなかったことと、休暇中の仁たちをそっとしておきたかったことがその理由である。
* * *
ミツホの首都ミヤコとショウロ皇国の首都ロイザートの距離はおよそ400キロ。
時差にして1時間20分、ロイザートの方が早い(時刻が進んでいる)。
『ハリケーン改』は平均時速600キロで飛んだため、朝の9時にミヤコを発ち、ロイザートに着いたのは現地時間で午前11時であった。
もちろん、向かったのはロイザートの屋敷の屋上である。
事前に通知しておいたため、着陸と同時に屋敷の主ダイキ・ニドーとココナの夫妻が仁一行を出迎えた。
「ジン様、エルザ様、レーコ媛、ホープ殿、ようこそ」
「しばらくぶりだが、元気そうでよかった」
「おかげさまで」
簡単な挨拶を交わし、全員が階下へ。
まずは応接室で一服。
時差の関係で、仁とエルザが朝食を食べてからまだ3時間も経っていないことを察しているのだ。
「連絡した時に説明したが、休暇を取ったから、カイナ村やノルド連邦、ミツホを巡ってきたんだよ」
「ええ、伺っております。ゆっくりなさっていってください」
「ありがとう。……これ、土産だ」
蓬莱島産の果物の盛り合わせを渡す仁。
「ありがとうございます」
「ジン様がくださる果物は美味しいんですよね」
「はは、喜んでもらえて何よりだ」
そして話が弾む中で、仁はゴウたちの近況を語って聞かせた。
「そうですか、元気にやっているようですね」
「ジン様から伺って、安心しました」
ダイキもココナも微笑んでいる。
そして話が途切れた時、エルザがダイキに質問をした。
「ダイキさん、右膝、どうかしましたか?」
「わかりますか?」
「ええ。階段を下りていた時に、かばっていたようなので」
「さすがエルザ様ですね。実は……」
ダイキの答えは……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月10日(火)12:00の予定です。
20260308 修正
(誤)事前に通知しておいたため、着陸と当時に屋敷の主ダイキ・ニドーとココナの夫妻が仁一行を出迎えた。
(正)事前に通知しておいたため、着陸と同時に屋敷の主ダイキ・ニドーとココナの夫妻が仁一行を出迎えた。




