99-108 救出劇
仁たちが滞在しているミツホの首都ミヤコの北にあるサヤマ湖で起きた船舶の事故。
中でも、沈没しかけた大型遊覧船の救助が第一優先である。
「『ハリケーン改』からワイヤーロープを下ろそう」
荷物を宙吊りにできるようなワイヤーロープとウインチが備え付けてあるのだ。
ほとんど使ったことはないが。
「先端のフックを遊覧船のどこに引っ掛ければいいかな……」
「ジン兄、舷側の丈夫そうな場所がいいんじゃ?」
「そうだな……」
ここで礼子が名乗り出る。
「お父さま、わたくしがロープを伝って下ります。そしてあの船に引っ掛けます」
「なるほど、それなら確実だな。だが、気を付けろよ」
「はい、大丈夫です」
空も飛べる礼子なので心配はいらないと思われるが、同乗しているアタル・ムトゥの手前、一応予防線を張っておく。
そして礼子に、手順を説明する。
「いいか礼子。まず……次に……そして……」
「はい、わかりました」
「救出用に、これを持っていけ」
仁が渡したのは『転移魔法陣』が刻まれたプレートである。
礼子はそれをリュックサックにしまい、背負った。
そのタイミングで準備が整う。
「ご主人様、ウインチとワイヤーロープの準備ができました」
「よし」
ホープからの報告が入り、仁はGOサインを出す。
「礼子、頼むぞ」
「はい、お父さま」
「下部ハッチ、開けます」
『ハリケーン改』の下部ハッチが開き、牽引・吊り上げ用のワイヤーロープが下ろされていく。
ワイヤーは強化された64軽銀の撚り線で、鋼鉄の20倍の強度がある。
先端にはフックが付いており、対象をしっかりと固定できる。
礼子は、そのフックが沈没しかけた遊覧船に接触したところで、ワイヤーを伝って滑り降りていった。
そして危なげなく、船の外板に取り付く。完全に横倒しになっているので、ある意味乗りやすい。
上になっているのは左舷で、穴が空いているのは右舷だ。
礼子はフックを手にその左舷の上を歩き、甲板に近い部分を選んでそれを固定した。
が、既に船は5分の4が水中に没しており、このまま起こしても結局は沈んでしまうだろうと思われた。
「では、次ですね」
そこで礼子は次の作業に移る。
右舷に空いた穴を塞ぐのだ。
ためらうことなく水に飛び込んだ礼子は、水中を回り込んで右舷の下へ。
(これは……なかなか大きな穴ですね)
2メートルほどの円形、ということであったが、今見ると3メートル近い。
流れ込んだ水のせいか、広がってしまったようだ。
(まずは、これを塞がないと)
船の材質は木と鉄である。
鉄製の構造材に木の板を張り付けていく構造だ。
(一時的に、構造材の鉄を変形させて……)」
木材には方向性があるので『変形』が使えない。
そこで礼子は強度にあまり影響のない構造材を一部取り外し、外板の穴を塞ぐのに使う。
(『変形』……『接合』……『強靱化』)
人外のパワーを持ち、呼吸をする必要のない礼子だからこそできる離れ業だ。
(これで船内に水が入り込むことはなくなりました。次は内部の水を追い出すことですね)
礼子は水上へ向かう。
再び左舷に乗った礼子は、割れた窓から船内へ。
この時点で、取り残された乗客が無事なことは、老君が『覗き見望遠鏡』を確認してくれている。
船内を移動し、浸水している区画へ向かう礼子。
「まずは水をなくしましょう」
水属性魔法『水の急流』を使い、内部の水を外へ向かって発射するわけだ。
「水の排出ルートは……甲板方面の開口部……でいいですね」
甲板から通じている階段はハッチが開いたままだったので、そこから水を追い出すことに決めた。
「『水の急流』!」
ちょうど、ホースで池の水を汲み出すような勢いで、船内の水が流れ出ていく。
5分ほど行うと、船内に溜まった水もかなり少なくなった。
「これなら起こしてもらえそうですね」
礼子は、一旦外に出、『ハリケーン改』に向かって手を振った。
それを確認した仁は、ホープに命じて遊覧船を引っ張り上げる。
『ハリケーン改』は密かに『力場発生器』も使い、転覆した遊覧船を起こしていった。
「お、おお……船が……転覆した船が元どおりに……」
一部始終を見ていたアタル・ムトゥが感激した様子で声を出した。
眼下には、まだ少し傾いていはいるものの、水上に復帰した遊覧船の姿があった。
「これで、閉じ込められた人たちを救出できますね」
船室の場所は老君を通じて把握しているので、礼子はためらうことなく救出に向かう。
それは甲板から2層下にある船室で、非常時には気密・水密の扉を閉められるようになっている場所だ。
その扉の前に立ち、ノックする。
これにより、外から助けが来たことが伝わるはずだ。
しばらく待って扉が開かなければ実力行使に出るつもりだった礼子だが、その必要はなかった。
ノックして十数秒後に扉が開いたのである。
「助けに来ました」
「助かったのね! …………え?」
扉の前に立っていたのが小さな女の子だったことに面食らう人たちだったが、
「わたくしは礼子と申します。『魔法工学師』であるお父さまの命で助けに来ました」
と告げると、全員が安堵のため息を漏らした。
『魔法工学師』の名は非常に効果があったようだ。
「ここに『転移魔法陣』があります。これで脱出してください。移動先はお父さまの『ハリケーン改』です」
「わかりました!」
「ありがとうございます!」
極限状態から解放された人々は、我先にと争うこともなく、素直に『転移魔法陣』に乗り、転移していった。
「これで救出完了ですね」
最後の一人が転移すると、礼子は『転移魔法陣』のプレートを畳んでリュックサックにしまった。
そして船外に出、『ハリケーン改』に繋がっているワイヤーロープを伝って『ハリケーン改』へと戻ったのである。
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次回更新は2月24日(火)12:00の予定です。




