99-109 救出劇 裏
8月27日、夏ももう終わろうとしている頃。
ミツホの首都『ミヤコ』は、夏の観光旅行を楽しむ人たちで賑わっていた。
夏のバカンスの締めくくりを楽しむ人。
ようやく取れた夏休みを楽しむ人。
年中暇を持て余し、たまたま遊びに来た人。
いろいろな人たちがミツホ観光を楽しんでいる。
そして首都ミヤコの北には、『サヤマ湖』がある。
澄んだ冷たい水が自慢の湖で、避暑地としての顔とも言える。
東西に細長いサヤマ湖は2箇所ほどくびれており、そのくびれを境界にして東が漁業圏、中央と西がリゾート圏となっている。
その中央には遊覧船が周航しており、サヤマ湖観光の目玉となっていた。
遊覧船は金属製の構造材に板張り。
全長は40.5メートル、定員は615名。
「わあ、これが遊覧船ね!」
「帆もオールもなくて動くのか……」
「確か、スクリュー推進だとか」
遊覧船に乗りこむ人たちは思い思いのことを口にしている。
「ああ、いい風」
「涼しいわね」
湖の上を吹いてくる風はひんやりとしており、昼下がりの暑さを忘れさせてくれる。
遊覧船の乗客たちは甲板で風に吹かれながらきらめく湖面を眺めていた。
* * *
東側の漁業圏では、『トロート』(ビワマスに似た魚)『オマソウ』(ヤマメに似た魚)『ワカサギ』などを養殖しており、主要産業の1つとなっていた。
特にワカサギは、唐揚げや天ぷら、甘露煮、佃煮など、調理方法も多様で、また甘露煮や佃煮は保存がきくため、かなりの量が輸出されている。
8月の終わりのワカサギはまだ小さいが、その分佃煮に加工するには都合がいいのである。
それで、サヤマ湖の漁業組合はワカサギの養殖を大々的に進めていた。
養殖した魚は網で捕らえる。
サヤマ湖で使われているのは『引き網』という種類のもので、比較的小型のものである。
船尾に取り付けて引っ張り、魚を捕らえるものだ。
そしてそれとは別に、養殖網もある。
水中に建て回して囲いを作り、その中で稚魚を育てるのだ。
そうすることで、稚魚が大型の魚類に捕食されることを防ぎ、効率よく育てることができるわけである。
この養殖網は、当然ながら、かなり目が細かい。
稚魚が逃げないようにするのだから当然だ。
が、湖には大型の魚も生息している。
『トロート』(ビワマスに似た魚)は、最大で60センチほどに成長する、といわれている。
が、まれに体長1メートルを超える大きさになる個体もいた。
そんな個体が、養殖網に突っ込んだのだ。
トロートは肉食。水生昆虫や稚魚、小エビなどを食べている。
それが、ワカサギの稚魚を見つけたため、全速力で突進したのだ。
稚魚用の網とはいえ、重りで湖底に沈めてある。
だが、そんなものはさしたる抵抗にはならなかった。
網を構成している糸も、目が細かい網にふさわしい細さだったことも災いし、固定用の重りからちぎれ、網は巨大トロートと共に引きずられていく。
網を引きちぎった巨大トロートは網を引っ掛けたまま泳いでいく。
いや、身体に巻き付いた網を引き剥がそうと身体をくねらせているのだが、網が外れる気配はない。
そのうち、巨大トロートは網を引きずったままサヤマ湖の中央へと出てしまった。
そして遊覧船の航路を横切る。
不幸なことに、引きずられた網が遊覧船のスクリューに絡みついてしまった。
動力により網が巻き取られていき、巨大トロートは自由になり、そのまま一目散に岸へ向かって泳ぎ去っていった。
網がスクリューに絡みついた遊覧船は半ばコントロールを失う。
スクリューは2連となっているのだが、その片方がほぼ停止した形になる。
そうなると、無事な方のスクリューの推進力によって、船体は進行方向から大きく外れていった。
そして、遊覧船が進む航路は、港へ戻る漁船の進行方向を塞ぐように交わっている。
この漁船は『釣り客』を案内するためのもの、つまり『釣り船』。ゆえに漁業用の港ではなくレジャー用の港を使用しており、そこに戻る途中であった。
並走して港へ戻っていた2隻のうち遊覧船が突如向きを変えて釣り船の進路を塞いだわけだ。
結果、回避が間に合わずに衝突してしまう。
遊覧船の外板は木製、釣り船は金属製だったのも災いした。
古くなった遊覧船の外板に穴が空いてしまったのである。
喫水線のすぐ横だったため、少し水が入ると、あとは一気に水没。
内部は幾つかの区画に分かれていたため、即沈没とはならなかったが、穴を下にして横倒しになってしまったのである。
* * *
遊覧船には、ティーラウンジもあって、景色を見ながらお茶を楽しめる。
また、船酔いをした人のため、船内下部に医務室と休憩室もある。
特別船室には大きなガラス窓があって外を見ることができる上、空調も完備しており、雨の日や寒い日でも快適にクルージングができる。
「いい景色ねえ」
「湖の色がきれいだったわ」
そんな和やかな空間だったが、突然衝撃が。
「きゃああっ!」
「な、何だ!?」
立っていた乗客は倒れ、座っていた者も椅子から転げ落ちた。
「いったい何があった!?」
「床が傾いてるわ!」
甲板にいた人たちは湖面に投げ出されていた。
「た、助けてー!」
「おれは泳げないんだ!」
一緒に投げ出された椅子やテーブルは木製だったため、それらに運よくしがみつけた者はなんとか浮いていることができそうだった。
そのうちに、船の乗組員が浮き輪を投げ、救命ボートを降ろし、救助を始めた。
他の漁船も協力しに来てくれて、湖に投げ出された人たちはなんとか救助できそうである。
が、船内にいた者たちは、そう簡単にはいかなかった。
* * *
遊覧船は15度ほど傾き、更に傾きを増していく。
傾きが20度を超えると、立っていることはできず、床に腹ばいにならざるをえない。
「ど、どうなるのかしら」
「このまま、沈んじゃうの?」
「大丈夫だ、きっと助けが来るから」
小さな子供は、ともすれば泣き出しそうになるが、落ち着いた大人が幾人かおり、なだめていたため酷いパニックにはならずに済んでいた。
そして。
真横になっていた船体が、少しずつ真っ直ぐに戻っていくではないか。
「た、助かったのか?」
「まさか……沈む前触れじゃないよね?」
「そ、それはない……と思う」
ざわつく室内。
そして、救いは唐突に現れた。
ロックしている扉が、外からノックされたのだ。
助けに来てくれた……! とばかりに、急いでロックを外す。
……と、すぐに扉が開く。
「助けに来ました」
「助かったのね! …………え?」
そこに立っていたのは、侍女服に身を包んだ女の子だった。
「……」
「…………?」
事態が飲み込めなくて固まる人々だったが、
「わたくしは礼子と申します。『魔法工学師』であるお父さまの命で助けに来ました」
との言葉に安堵する。
『魔法工学師』という称号と、その従者である天下無双の『自動人形』、レーコの名は、ここミツホでは知らない者はいないのだ。
そして観光客にもその名は轟いていた。
「ここに『転移魔法陣』があります。これで脱出してください。移動先はお父さまの『ハリケーン改』です」
「わかりました!」
「ありがとうございます!」
極限状態から解放された人々は、我先にと争うこともなく素直に『転移魔法陣』に乗り、転移していった。
こうして、1人の犠牲者も出すことはなく、遊覧船転覆事故は終息したのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月27日(金)12:00の予定です。
20260224 修正
(誤)狭山湖で使われているのは『引き網』という種類のもので、比較的小型のものである。
(正)サヤマ湖で使われているのは『引き網』という種類のもので、比較的小型のものである。
(誤)
ロックしていたはずの扉が、唐突に開いたのだ。
(正)
ロックしている扉が、外からノックされたのだ。
助けに来てくれた……! とばかりに、急いでロックを外す。
……と、すぐに扉が開く。




