96-89 4つ脚歩行の『乗り物』の難しさ
同日、エイラとグローマ。
ちょっと行き詰まっていた2人は、夕方、技術主任であるアーノルトに相談をしていた。
ちょうど『中継基地』の設置が終わり、自室へ戻ってきたところであった。
「主任、お忙しいところ、すみません」
グローマが謝ったが、アーノルトはそれを制した。
「いや、いいさ。で、何が問題なんだい?」
「はい、4足歩行の安定性と、搭乗部の揺れです」
「ふむ……なんとなくわかってきた。詳しく話してくれ」
「はい」
エイラとグローマが悩んでいるのは、4足歩行の場合、脚を動かした場合に搭乗部が揺れることである。
ゴーレム馬の場合は実際の馬同様『鐙』に立つことで揺れを軽減できるし、そもそも耐えられないほどの揺れではない。
しかし、『自動車』以上のサイズの場合、揺れ(上下動)もサイズに合わせて大きくなる。
その昔、巨大ゴーレム『タイタン』に、仁が搭乗して操縦した際、あっという間に酔ってしまった。
これは、仁が乗り物酔いしやすいということを抜きにしても、問題視されるべき点である。
「なるほどね。……続けてくれ」
「はい。4本脚の場合、最低でも1本を持ち上げて進行方向に振り出す必要があるわけですが、重心位置によっては搭乗部が不安定になります」
「確かにね」
乗り物や置き物の安定性は、本体の重心から鉛直(重力方向)に下ろした線が地面と交わる点(圧中心点、重力中心点)が底面の範囲内でなら『安定』している。
3本脚なら3つの足が作る三角形の中に、4本脚なら4つの足が作る四角形の中に、重力中心点があれば『安定』、外に出てしまっていれば『不安定』である。
「そうか、前脚か後脚か、どちらかを持ち上げた場合、不安定になるというわけだね」
「そうなんです。この時、倒れないようにするには素早く次の脚を動かす必要があります」
ゆっくり動くということは難しいわけだ。
「かといって、搭乗部をずらして重心位置をずらそうとすれば……」
「結局、搭乗部が揺れるか」
「はい」
「なるほどね。確かに難しいな」
人間がゆっくりと歩行する際……片脚を上げたときには、上体を揺らして重力中心点が地面に付いている足の裏に収まるようにしているわけだ。
つまり上体は左右に揺れているわけである。
「それは馬でも同じでした」
「まあそうだろうな……」
ここでエイラが口を開いた。
「昆虫みたいに6本脚にしたらとも思ったんだけど、制御がより複雑になるので躊躇してるんです」
「まあそうだろうなあ」
アーノルトは、かつて仁が4脚歩行の『カプリコーン』を作ったことを知っているし、それがどういう制御を行っているか、概略を知っている。
つまりエイラとグローマに解決方法の1つ(あくまでも1つである)を教えることができるのだ。
が、それをするのがいいことなのかどうか考えてしまい、いきなり口にするのは憚られた。
それで、まずは2人の意向を確認することにした。
「何か、解決策について案はあるのかな?」
「案は、2つほど」
「聞かせてくれるかな?」
「もちろんです。まずは『膝関節』を使うこと」
「膝?」
「わかりやすく表現したんですよ」
ようするに、胴体に付いている部分を『股関節』、中間を『膝』、そして地面に付く部分の近くを『足首』と呼んでいるとグローマは説明した。
実は4脚歩行の哺乳動物の大半は、『つま先立ち』をして歩いている。
ゆえに馬の場合は『ひづめ』というのである。これは指先を地面に付いている証拠である。
馬の前脚を例に取ると、肘はほぼ胴体下部にくっついており、肘に見える『逆関節部』は人間で言えば手首に相当する。
その『逆関節部』から下は『中手骨』つまり人間でいう手首から第一関節に至る部分の骨だ。犬や猫に比べ、馬はこれが特に長い。
そして足首に見える関節は指の関節である。
エイラとグローマは、まだそこまで解剖学的な解析はしていないようである……。
「つまり、『膝関節』を効かせて、重力中心点が常に地に付いている3つの脚が作る三角形の中にあるようにすればいいかと思っています」
「うん、理に適っているな」
「もう1つは……エイラに、君が説明してくれ」
「あたしが?」
「うん。君のアイデアだしな」
「わかったよ。……ええと、もう1つの案というのは、搭乗部側の関節をその都度移動させてやればいいんじゃないかと」
「なるほど、そうすれば重力中心点が地に付いた3つの足の作る三角形の範囲内に入るようにできるかな」
「そういうことです」
「でも……」
どちらの方法も、動力の効率が落ちることになる。
それで2人は悩んでいるということだった。
「あと、もう案はないのかい?」
「案とも言えないようなものなら幾つか」
「聞かせてほしいな」
「そうですか? ……1つは、揺れを打ち消すように重力を発生させてやること」
「理論的には可能だな」
「2つ目は、搭乗部に『板状浮揚機』を搭載して安定させること」
「悪くないな」
「でもそれじゃあ4つ脚歩行の意味がなくなるような気がして」
「それはそうだな」
「3つ目は揺れを気にしないと開き直ること」
「……まあ、ゴーレムが搭乗員なら行けるかな?」
「……と、この3つなんですが、ちょっと実用的じゃないな、と」
「なるほどね……」
確かに、実用化するにはためらわれるな、とアーノルトも同意した。
アーノルトは、1つの答えを言っていいのかどうか考え、2人に確認することにした。
「僕も、1つ思いついたことがあるんだけど、それを言っていいのかな?」
「そうですね……」
「答えを聞く、というのもなんとなく悔しい気もするし……」
エイラは正直である。
「……じゃあ、ヒントに留めるか」
「それで、お願いします」
「わかった。……悪路を歩く乗り物にするんだろう?」
「あ、はい」
「なら、接地面も考えたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そうですね。狭いとめり込みますね」
「そういうことだよ」
「……」
このヒントが、エイラとグローマに何かひらめきのきっかけを与えるかどうか……。
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