96-45 タイヤゴムと摩擦
昼食と昼休みを挟んで、午後はルビーナの研究だ。
「抗菌塗料はできたから、別の素材を研究したいんだけど」
「いいよ。どんな素材を?」
「ええとね、弾力があって摩擦も大きくて、すり減りにくいゴムね」
「なんでまたそんな……」
「……タイヤに使えるでしょ」
「え?」
「……ゴウが『自動車』を作ったら、タイヤに使えるじゃない。あと、クッションとか」
「そういう理由で?」
「悪い?」
ちょっと上目遣いにゴウを睨みつけるルビーナ。
ゴウは慌てて否定する。
「あ、わ、悪くない悪くない! むしろ、ありがたいよ!」
「そう。それじゃ、研究してみましょ」
「うん。……ありがとう、ルビーナ」
そんな一幕を経て、2人はゴムの研究を開始した。
「今使われているものって、ほとんどが天然ゴムよね」
「そうなるね。いわゆる『ゴムの木』から採った樹液を加硫したものと、『お茶の木』の樹液を加硫したもの」
「『お茶の木』って、ジン様の領地のカイナ村に多い木よね?」
「確かそう。……ジン様は『グッタペルカ』とか『ガタパーチャ』に近いけど、あれほど硬くない、って言ってたと思う」
「高分子、っていうんだっけ」
「うん。原子がいっぱいくっついた分子だから……かな?」
「とにかく、分子が繋がっているから弾力があって丈夫なのかしら?」
「ちょっと違ったと思う。……分子の構造も、結晶みたいに『変形しにくい』構造じゃないから、じゃなかったかな?」
「あ、そうか。ゴムなんかは、分子構造そのものも変形しやすいんだっけ?」
そんな話をしながら、構想を固めていく。
「ゴムに炭素を混ぜるのはなんでだっけ?」
「丈夫になるからだよ。タイヤは擦り減りにくい方がいいからね」
「あ、そうだったわね」
「……で、ベースはどうするんだい?」
「『魔導樹脂』を使おうと思っているわ」
「なるほどね。変形や強化も楽だからね。でも、『魔導樹脂』は摩擦係数が小さいんじゃなかったっけ?」
「そうなのよね」
弾力や硬さは調整できるが、摩擦係数はそう簡単にはいかない。
2人は考え込んだ。
「うーん……」
「……何か混ぜる?」
「それしかないわよねえ……」
「何を混ぜるか、だけど……何かあるかい?」
「硬いもの……はダメよね」
「うん、地面を削ってしまうのはまずいね」
仮にアダマンタイトの粒子を混ぜた『魔導樹脂』でタイヤを作ったら、回転砥石のようなものになってしまうだろうと思われた。
現実に、現代日本でも『スパイクタイヤ』がアスファルトを削ってしまうため、粉塵が問題になって使用が禁じられた過去がある。
当時は、雪の多い、あるいは雪が凍りつくような地方の道路沿いでは、粉塵によって灰褐色になった植え込みがそこかしこに見られたものである。
そうした車に乗っているとタイヤノイズも煩く、ノーマルタイヤに戻すと別次元の静けさに感じた、という。
閑話休題。
「硬いものを混ぜるんじゃなく、『軟らかいもの』を混ぜるのはどうかしら?」
「それはいいかも。……ゴムの粒子とか?」
「うーん、それって、ゴムそのものよりも摩擦は低そうじゃない?」
「それはそうか。全ゴムより劣るのは当たり前だものな」
じゃあ何がいいか、ということになる。
「地面よりは軟らかく、ゴムよりは硬いもの、だとどうかしら?」
「うーん、いい、かもしれない」
ゴウにもちょっと想像がつかなかった。
そこで、別のアプローチを提案する。
「ねえルビーナ、『摩擦』ってなんだろうね?」
「えっ?」
「『摩擦』『摩擦力』の正体さ」
「……」
「誰か、知らないかな?」
「つまりゴウは、『摩擦力』そのものを増やす、根本的な方法を考えたいわけね?」
「そういうこと」
ルビーナにとっても、目から鱗の提案であった。
「それ、いいかも」
「……誰に聞くのがいいのかな?」
「まずはジン様……だけど、今日は『世界会議』よね」
「そのはずだよ」
ここで、工房にやって来た者が1人。
「ゴウ、ルビーナ、やってるか」
「あ、マキナ様」
デウス・エクス・マキナ3世である。
話を聞いていたんじゃないかというくらい、いいタイミングでの来訪であった。
「何か悩み事か?」
「……ええと、あの……」
「……摩擦力について考えてました」
「ほう。……何か応用したいものがあるんだな?」
「はい。タイヤに」
「タイヤか……」
「すり減らず、滑らないタイヤ。しかも走りやすいタイヤ……が理想なんです」
ルビーナが自分の考えを説明した。
「タイヤに留まらず、滑り止めや靴底にも応用できますし」
「そうだな。なかなか有意義な着眼点だ。だがな……」
マキナ3世は、すまなそうに言う。
「摩擦力のミクロな解明はまだなされていないんだ」
「えー」
「そうなんですか」
がっかりする2人。
実際、現代日本でもまだ諸説入り乱れているような状況である。
「だが、別のアプローチのヒントになるかもしれないから、わかっていることは説明してやろう」
「是非、お願いします」
「よし」
そういう背景を踏まえ、マキナ3世は語り出した……。
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