96-32 仮説と検証
抗菌塗料の開発がよさそうと考えたルビーナであったが、エルザはさらにアドバイスを行う。
「……まだ時間はあるから、もう1つヒントをあげる」
「お願いします!」
「ん」
エルザは再度解説を行う。
「軽銀やアダマンタイトを酸化させたものは、紫外線が当たると殺菌作用を発揮する」
実際に酸化チタン(軽銀)、酸化タングステン(アダマンタイト)などは『光触媒』として働く。
そして、『光触媒』にはセルフクリーニング機能、消臭・脱臭機能、抗菌・殺菌機能、防カビ・防藻機能、空気の浄化機能、水質の浄化機能、曇り止め機能、汚れ防止機能があるとされる。
これは、紫外線によって励起された酸化チタンが活性酸素を生じさせ、この活性酸素が菌を死滅させるというわけだ。
「それじゃあ、軽銀の表面に酸化層を作れれば……」
「抗菌効果が出ると思う。……そろそろ、時間」
と、ここで時間切れ。エルザも自分の仕事に掛からなくてはならない。
話のキリもちょうどよかったので、これで説明は終わりとなった。
「ありがとうございました!」
「ん、頑張って」
こうして、ルビーナとゴウは大きな収穫を得て、工房へ戻ったのである。
* * *
「随分とためになったね」
「ええ。エルザ様に聞きに行ってよかったわ」
「まずは何から取り掛かる?」
「そうね、軽銀の表面処理から始めるわ」
「わかった」
軽銀とはアルスでの呼び名で、原子としての構成はチタンと同じである。
ただ『自由魔力素』の影響か、中性子26個のほとんどが魔力子に置き換わっているため、魔力に対する反応性が非常に高いのだ。
物理的性質はチタンに準ずるため、仁が持っている金属工学の知識の範疇にある。
「表面処理……つまり酸化皮膜を作るんだけど……どうやればいいかしら」
「うーん……あやふやな知識で実験するより、ジン様に聞いたほうがいいんじゃないかな?」
「そうね……」
「あ、でも、確かジン様は……」
だが同時刻、仁は『ベルリッヒ工房』で『医療用魔導頭脳』の製作に関わるノウハウを講義しているところだった。
「今日は駄目そうだね」
「明日もわからないわね」
と、そこに、デウス・エクス・マキナ3世が顔を出した。
「どうだ、順調か?」
「あ、マキナ様」
「……ちょっと、悩んでます」
「うん? どうした?」
「実は……」
ルビーナは、『光触媒』として働くような表面処理を軽銀に施したいので考え込んでます、と正直に打ち明けた。
「なるほどな。着眼点はよかったが、実行するには知識不足だったわけだ」
「そうなんです」
「それは、モノづくりをしているとままあることだな」
マキナ3世は、自分や仁も、かつてはそういうことがあった、と言った。
「マキナ様やジン様も?」
「そりゃあな。そういうこともあるさ。そしてその都度必要な知識を仕入れていくわけだ。そしてそれを積み重ねることで今の俺やジンがあるわけだ」
「そうなんですね……」
ルビーナもゴウも、仁もマキナ3世も、最初から何でもできたわけではないとあらためて知ったのである。
そしてそのマキナ3世が、やり方のヒントをくれる。
「まず、使えるのは『表面処理』『酸化』あたりだな」
「はい」
「俺やジンなら、この2つを組み合わせて専用の工学魔法を作るがな」
「え……」
「おいおい、そんな顔をするな」
「でも……」
「1から魔法を作るんじゃない。組み合わせてみろと言っているんだ」
「……はい」
自分たちにできるだろうか、と思いつつもマキナ3世に指導されながら、2人は検討していく。
「まず『酸化』で表面を酸化させるでしょ?」
「うん、それは問題ないね」
「問題はその後よ」
ここでマキナ3世が一言。
「まずやってみたらどうだ?」
「あ、そうですね。……軽銀のテストピースに『酸化』を掛けてみます」
「うん」
考えているばかりではなかなか先へ進めないことに気が付き、2人は実験・検証も交えて検討していくことにした。
まず、10センチ角に加工した、厚さ5ミリの軽銀板を10枚用意し、これをテストビースとする。
「『酸化』」
まずは普通に『酸化』を掛けてみる。
「『分析』……あ、これ、半分くらいまで酸化してるわ」
「強すぎたんだな」
通常、大気中での軽銀=チタンの酸化は表面に留まる。
この酸化皮膜は『不動態』で、白金や金などの貴金属とほぼ同等の強い耐食性を持つ。
それとは別に『陽極酸化』という製法で、チタン表面に極薄の酸化皮膜を形成すると、光の干渉により、様々な色を出せる。
「ジンは『表面処理』で軽銀に色を付けているだろう?」
「はい……」
「あれは、光の波長レベルの薄い酸化皮膜を形成しているからこそだ。やり直してみるんだな」
「はい……『酸化』……今度はうまくいきました」
テストピースは、薄い青に着色されていた。
これは表面の酸化皮膜の効果である。
この酸化皮膜の厚さを正確にコントロールするのは難しい。
地球では『陽極酸化』という技術を用いている。
そしてアルスでは『表面処理』という工学魔法が使われているというわけだ。
* * *
ゴウとルビーナも、軽銀の表面のみに極薄の酸化皮膜を作ることはできるようになった。
次は『抗菌効果』の付与である。
元々二酸化チタンTiO2はそうした性質を持っているわけだが、それを強化しようというわけだ。
「光触媒の効果を上げるためにはどうすればいいかな?」
「色……じゃないわね」
「表面積が大きいほどいいかも?」
「そう考えるのが自然だな。じゃあ、どうする?」
「平滑にするんじゃなく、つや消しにしてみたらどうでしょう?」
「うん。やってみればいいじゃないか」
「あ、そうですね」
ここで検証である。
「仮説や理論は、全て検証されなくてはならないと俺は思う」
「はい。……『表面処理』」
テストピースはつや消しの青に変化した。
これに抗菌効果があるかどうか……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20240206 修正
(誤)それとは別に『陽極酸化』という製法で、チタン表園に極薄の酸化皮膜を形成すると、光の干渉により、様々な色を出せる。
(正)それとは別に『陽極酸化』という製法で、チタン表面に極薄の酸化皮膜を形成すると、光の干渉により、様々な色を出せる。
20241003 修正
(誤)この活性酸素が菌を死滅させるというわけだ
(正)この活性酸素が菌を死滅させるというわけだ。




