96-25 カレーの試食と将来展望
午後5時、カレーが完成した。
アレクサンドラ・ド・ザウス・ヴァレンシア侯爵は、中座もせずに調理工程を全て見届けたのである。
「さあ、召し上がれ」
厨房に隣接する食堂で、カレーライスのお披露目となった。
まず仁とロロナが一口食べて見せる。
「うん、美味しい。いい出来です」
「美味しいですねえ」
それを見た料理長が、おそるおそる一口。
「これは……美味しい!」
さらに何度もスプーンを口に運び、
「スパイスの複雑な香りが口から鼻に抜け、辛さもアクセントとなって手が止まりません」
と、まさにガツガツと音がしそうなほどに食べていく。他の調理人も同じだ。
それを見たアレクサンドラ・ド・ザウス・ヴァレンシア侯爵も、カレーを口に。
「……これは……美味しいわ。この辛さが癖になるわね」
今回も中辛に調整してある。
「口の中が辛くてたまらないときはミルクもいいですよ」
仁が言った。
仁は冷たい水がいいと思っていたのだが、レシピ本に『油分を含んだ乳製品を摂取すると舌に残ったカプサイシン(辛味成分)を洗い流せる』と書かれていたのに気が付いたのである。
インドカレーでは『ラッシー』が定番なのだが、蓬莱島ならいざしらず、一般にはまだ『ヨーグルト』が普及していないのでミルクにしたのである。
ちなみに『ラッシー』は、ヨーグルトに水を加えて泡立つまでかき混ぜ、冷やして飲む。フルーツやシナモンの香り付けをしたりもする。
* * *
「ああ、美味しかったわ。……ジン殿、素晴らしい料理のレシピ、感謝します」
アレクサンドラ侯爵は満足そうに言い、仁に頭を下げた。
「いえ、スパイスの手配もしていただいてますし」
「トポポ(ジャガイモ)を使うというのも、我が国向けの料理ですわね」
そう、エリアス王国はトポポ料理発祥の地なのである。
ゆえに、トポポと密接に関係してくるカレーは、願ってもない料理なのであった。
「辛さの調整には、ペッパー類を減らすことで対応できます」
「トウガラシとコショウですな」
「ターメリックは全体の風味をまとめるようです」
「ほうほう」
「ウマゼリ(クミン)とコエンドロ(コウサイ、コリアンダー)が香りの中心になります」
「レシピを見ても割合が多いですからな」
「黒砂糖や、すり下ろしたアプルルを少し入れると味がまろやかになるようです」
「なるほど」
「ハチミツやクゥへを少し混ぜると、また味わいが変わってきます」
「奥が深いですね」
……といった、隠し味についてもひととおり説明。
「レシピには書いておきましたけど、もっともっと使えるスパイスはありますが、高価になってしまいます」
「そのようですね」
「ですが、既存のスパイスで、使ってみたら意外といけた、ということもあるかもしれません」
「ううむ……」
「ですので、いろいろ試してみてください」
「わかりました」
後は調理人の工夫次第、ということで仁は説明を終えた。
そして最後に、
「調理人が100人いれば100通りのレシピができるのではないでしょうか」
と言って締めたのである。
* * *
その後、仁一行と侯爵は応接室へ移動した。
まず、仁からの提案。
「それでですね、この『カレー』を、今度の『世界会議』で発表したらどうかと思うんです」
この提案に、侯爵は頷いた。
「ああ、いいですね。……ですが『世界会議』は今月15日開催ですのでもう日がありませんね……」
「それにつきましては、俺の方でもお手伝いいたします。具体的にはスパイスの用意と料理人の手配を」
「ああ、それは助かります。それでしたら行けそうですね」
そして侯爵は、
「ロロナ様もゲストで出席していただけますか?」
と期待を込めて尋ねる。
それをロロナは快く引き受けた。
「ええ、いいですよ」
「ジン殿も、紹介者として是非」
「わかりました」
元々仁も、『アヴァロン』でもカレーを提供しようと考えていたので望むところである。
そこで、
「病院でも辛さを抑えたカレーを出そうかと考えていますし、『アヴァロン3』の農場でも一部のスパイスを栽培しようと思っています」
と考えを述べた。
ターメリック(ウコン)は黄色の染料にもなるし、今回使わなかったサフランは、収穫の手間を考えるとゴーレムが行うほうが効率がよい。
他にもテインツ(チョウジ=クローブ)の栽培もできそうである。
「そちらは市場に流通させる予定はないので、価格破壊は起きないと思います」
「そこまで考えてくださっているのですね」
いずれにせよ、『世界会議』で出席者にカレーライスを振る舞うことは決定。
そのための準備についての打ち合わせが始まった。
「1日前に、俺の方からゴーレムメイドを『アヴァロン』に派遣します。サプライズのため、『アヴァロン』の料理人にカレーのレシピを教えるのは『世界会議』の後にしましょう」
「ふふ、面白いですね」
「もっとも、最高管理官と一部の管理者には話さなければならないでしょうけれど」
「それは仕方がないですね」
……と、打ち合わせが行われ、『世界会議』でのカレー発表は軌道に乗ったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20240130 修正
(誤)「黒砂糖や、すり下ろしたリンゴを少し入れると味がまろやかになるようです」
(正)「黒砂糖や、すり下ろしたアプルルを少し入れると味がまろやかになるようです」
(誤)……といった、隠し味に付いてもひととおり説明。
(正)……といった、隠し味についてもひととおり説明。




