93-26 ミハイル
現地時間午後4時30分、『第5列』の『レグルス17』=『ビクトル』は『トレードセンター』の『その他』のコーナーにいた。
「うーん、『ミハイル』とかいう採掘者は、今日はいないのか」
「そのようですなあ」
3つほどのブースで宝石の原石を仕入れながら情報も集めていく。
どうやら今日は『ミハイル』は来ていないとのことだった。
だが、朗報もあった。
『ミハイル』は珍しい鉱石を掘り出してくることが多いのだという。
「直接ミハイルを訪ねたら、在庫を持っているかな?」
「さあ、それはわからねえな。だが、昨日と今日は売りに来ていないところを見ると、採掘していたんじゃないかと思う」
「なら、今行けば珍しい石が手に入るかな?」
「だがそいつは規約違反だぜ?」
しかし『レグルス17』=『ビクトル』は笑って答える。
「その場で取引はしないよ。将来有望な採掘者と知り合いになりたくて拠点を尋ね、ついでに予約するだけさ」
「ははは、なるほどな。それじゃあ文句も言えねえか」
* * *
その言葉どおり、『レグルス17』=『ビクトル』は鉱山の外れにやって来た。
一応『手土産』として高級ワインを持ってきている。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
仁から学んだ言い回しを呟きつつ、歩みを進める『レグルス17』=『ビクトル』。
「ん?」
3メートル先に微弱な『探知結界』を見つけた『レグルス17』=『ビクトル』は、瞬時に対処法を決定、そのまま歩き続ける。
対処法は『何もしない』だ。
単なる『探知結界』なので、それ自体に害はないことはわかっている。
問題は『探知』されたらどうなるか、だ。
これについては瞬時……0.1秒で老君と検討を行った。
0.02秒で老君に報告。
老君は0.04秒を掛けて『覗き見望遠鏡』で周辺を確認。探知結界は単に人間の接近を『ミハイル』に知らせるためのものであることを確認。
0.02秒で老君は『レグルス17』=『ビクトル』に連絡。
0.02秒で老君と『レグルス17』=『ビクトル』は『何もしない』ことに決定。
むしろ何もしないことで無害だとアピールするわけだ。
こういうことである。
『レグルス17』=『ビクトル』は結界を通過。
通過時には何ごともなし。
だが、10メートル先に熱反応を感知。
(人間だな)
その人物は岩陰からこちらを窺っているようだ。
『レグルス17』=『ビクトル』は気が付かないふりをして歩き続ける。あくまでも無害を装って……。
「おや、商人の方ですか?」
その人影が姿を現した。
焦げ茶色の頭髪に茶色の目をした、中肉中背の若い男である。
『覗き見望遠鏡』で確認した『ミハイル』に間違いない。
「はい。行商人の『ビクトル』といいます。ここ『アンダーギ鉱山』へは、顧客の要望で『珍しい鉱物』を探しにやってきました」
「ほう、なるほど」
「ええと、ミハイルさん、ですよね?」
「ああ、名乗るのが遅れて申し訳ない。私がミハイルです」
着ている服をよくよく見ると、魔獣の皮をなめして作ったズボン、麻のシャツ、そしてこれも魔獣の革のベストを着ていた。
ほとんど汚れてはおらず、こざっぱりしている。
「聞くところによるとミハイルさんは珍しい鉱石を持っているかもしれないということで……」
「まあ、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
「すみません。それではお言葉に甘えて」
ミハイルは身を翻すと『レグルス17』=『ビクトル』を案内していく。
そうしてたどり着いたのは中くらいのテント。形状はモンゴルの遊牧民が使う『ゲル』によく似ている。
おや、と『レグルス17』=『ビクトル』は思った。
(坑道の中の拠点に行くんじゃないんだな)
「さ、どうぞ、中に」
「ではおじゃまします」
『ミハイル』に誘われ『レグルス17』=『ビクトル』は、ゲルの中に入った。
「おお」
内部には居心地のよい居住空間ができあがっていた。
簡易寝台や竈もあり、魔導コンロも置かれていた。
隅には無造作に鉱石を放り出してある。
「これ、よろしかったらどうぞ」
『レグルス17』=『ビクトル』は持ってきたワインを差し出した。
「これはこれは。ありがとうございます」
『ミハイル』はそれを喜んで受け取った。
そして『レグルス17』=『ビクトル』は訪問の目的を説明する。
「実は顧客の要望で、『珍しい石』を探しているんですよ」
「なるほど、収集家の要望ですか。漠然と『珍しい石』とは……それはなかなかの難問ですね」
「そうなんですよ。なのでミハイルさんが何か掘り当てていないかと思いまして」
「そういうことでしたか。……うーん、珍しいかどうかはともかく、幾つかありますよ。……ですが、『トレードセンター』以外での取引は規約違反では?」
「ええ、わかっています。この場で取引は規約違反だか条例違反だかになるので購入はできませんが、明日、『トレードセンター』できっちり取引したいと思ってますよ」
「なるほど、それなら文句はありません」
そう言って『ミハイル』は放り出されている鉱石の中から3つほどを抱えてきた。
「これなんかどうです?」
「ほう……確かに面白いですね」
『ミハイル』が持ってきた1つは、灰色の石の表面に苔のような模様が走っていた。
「苔みたいで面白いでしょう?」
「ですね」
「これは『忍石』と言いまして、苔ではなく鉱物が染み込んでこんな形になったものです」
「ははあ、なるほど」
もう1つは長いひげのような金属。
「『ひげ銀』っていいます。自然にできた銀ですね」
金に比べ、銀は単体で採れるのは珍しいのだと『ミハイル』は言った。
そして最後は『ウォーターメロントルマリン』。
電気石の結晶で、切断面を見ると周囲が緑、中央が赤になっているもの。
特段珍しくはないが色の取り合わせが美しかった。
「どうでしょう?」
「いいですね。収集家が喜びそうです。……明日、これを『トレードセンター』に持ってきていただいてもいいですか?」
「わかりました。『トレードセンター』が開く午前8時に持っていきます」
「よろしくお願いします」
そういうことになったのであった。
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