92-74 ワープロ量産試作
10月8日の朝が来た。
この日の午後には、『精神触媒』を少し多めに添加したミスリル銀が『亜自由魔力素波』に対するシールド効果を持つかどうかの結果が出る。
逆に言うとそれまでは仁も多少手持ち無沙汰なわけだが……。
「ジン兄、『ワープロ』の感想を、説明したい」
とエルザから提案があった。
「ああ、もちろんいいぞ。聞かせてもらおう」
場所はエルザとリシアが検討会をしている部屋。
もう書類は散らばっておらず、最終段階に入っていることがうかがえた。
「で、注文は?」
「キーボードはほぼ大丈夫。ただ、キーストロークは好みが出そう」
「というと、重いとか軽いとかか」
「そう。あとはストロークが長いとか短いとか」
慣れた者なら、キーストロークは短めでキーは軽い方が打ちやすいと感じる者が多いだろうが、初心者は少し重めの方が打ち間違いが少なくなるかもしれない、とエルザは言った。
「その辺は可変にできるぞ」
「さすが、ジン兄」
魔法工学によって作られたキーボードなので、キータッチの調整はお手の物であった。
「使用者にも調整できるようにすればいいか」
「それなら問題ない、と思う」
「配列は?」
「うん……どうしてあんな順番になっているのか謎だけど、慣れれば問題ないかな、って」
キーボードの配列は英文タイプライターにまで遡る。
タイプライターのハンマーがジャミング(絡む)しないためとか、最もよく使うキーを中央付近に集めたとか諸説ある。
が、どうやら当時のモールス信号のオペレーターたちのために設計されたものらしい……。
仁はそんなことを知らないが。
「そっか。……あとは?」
「外部記憶用の着脱式記憶装置はよかった」
「そうか」
「でも、何かロックは必要」
「どうして?」
「工学魔法に習熟している人なら誰でもデータを読めてしまう、から」
今後機密データも扱うとしたら、それはまずい、とエルザは言った。
「ああ、それはそうだな。……うん、考えておく。『魔結晶』だから『補助制御核』機能を付けてロックできるようにしてもいいな」
「ん。……後は操作感だけど、これはもう少し大勢の意見を聞いたほうがいいかも」
「そうかもな」
エルザとリシアだけの感想だとどうしても偏ってしまうだろうと当のエルザが言った。
「わかった。あとはないか?」
「ええと、ジンさん、私からも、いいですか?」
「もちろん。リシアもどんどん言ってくれ」
「はい。……あの、直接『ワープロ』について、じゃないんですけど」
「それでもいいよ。聞かせてくれ」
「それじゃあ……ええとですね、『ワープロ』が普及しすぎると、自分の手で書かなくなる人が出てくるんじゃないかなと思ったんです」
「ああ、それか」
それに近いことは現代日本で起こっている。
難しい漢字を書けなくなることから始まって、字が汚い、言葉を知らないなどだ。
インターネットの普及と相まって手紙文化が消滅する危機という人もいる。
それはさておき、『ワープロ』の試作に関しての意見を聞いた仁は、リシアが『アヴァロン』に持ち込むための『量産試作』とでも言うべきバージョンの作成に取り掛かった。
大まかな形式は縦型のモニタ(A4サイズ)を持ったノートパソコンである。
キーボードのある本体は横長なので、ちょっとバランスが悪い。
「それに、これじゃあタッチペンを使いにくいしなあ……」
デザインをどうするかで仁は悩んでいた。
試作である今は、モニター部もキーボードもテーブル上に置いて使っており、タッチペンも違和感なく使えている。
だがA4縦型モニターなので、上の方の行は作業者からかなり離れてしまうのがネックである。
「……あ、そうか、ノート型を意識しすぎたか」
20分ほど悩んだ挙げ句、仁はそこに気が付いた。
持ち運びをするような業種はほとんどないので、ノート型である必要はない。
軽いデスクトップくらいのイメージでいいだろうと思い直した。
あるいは伝説の『ラップトップ』か。
「モニター部は正方形にして、A4縦か横か、どちらでもできるようにしておくか」
ノート型でなく、可搬式の据え置き型なら多少大きくなってもいいだろうと仁は判断した。
「少し傾斜を付けよう。30度くらい付ければ見やすくなるだろう」
垂直に近く立ててしまうと見やすくはなるが、タッチペンでの操作がやりにくくなる。
「モニター部に手で触っても汚れが付きにくい仕様にした方がいいな」
タッチペンを使う際に手で触れることもあるだろうから、指紋や手の脂が付きにくいよう表面処理をする必要があると仁は考えた。
「エルザとリシアの要望通り、キータッチの調整機能は付けておくか」
キーの重さとストロークをダイヤルツマミで調整できるような機能を付ける。
「内部にも記憶バンクを設け、外部記憶装置は着脱式記憶装置でいいな」
記憶バンクはハードディスクもしくはSSDに相当する。
着脱式記憶装置はUSBメモリーもしくはSDカード的な位置づけ。
「プリンターへの接続はどうするかなあ」
オフラインであれば着脱式記憶装置を読み込ませることになる。
印刷機のつもりで作ったプリンターだが、こうしたパーソナルユースにも対応できるなと仁は感じていた。
「専用のケーブルで繋ぐか……規格はどうしようかな」
『ワープロ』と『プリンター』だけなら今回限りの規格でいいが、今後『パソコン』に相当するものができた場合や、画像機器や記憶装置を接続したい場合など、さまざまな用途が考えられた。
「『制御核』のデータ通信と同じことを有線でやればいいか……無線でも可能だな……」
これなら、ゴーレムや自動人形を作ることのできる技術者なら皆可能な、データのやり取りである。
方式としては『シリアル接続』に分類されるだろう。
『パラレル接続』に対し、接続ケーブルが細くて済む。
ゴーレムや自動人形に使われるデータ通信形式なので、転送速度にはまったく問題ない。
「筐体は軽銀でいいか」
過去の地球では、アルミニウムのことを『軽銀』と呼んでいたが、アルスではチタンのことを『軽銀』と呼んでいる。
「……で、ここを、こう」
10時休みまでの間に、仁は『ワープロ』の量産試作機を2台作り上げようと考えていたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20230517 修正
(誤)「うん……どうしたあんな順番になっているのか謎だけど、慣れれば問題ないかな、って」
(正)「うん……どうしてあんな順番になっているのか謎だけど、慣れれば問題ないかな、って」
(誤) アルスでは現代日本でのアルミニウムに相当する金属、それが軽銀である。
(正)(削除)
20230518 修正
(誤)スティックメモリー
(正)着脱式記憶装置
4箇所修正




