91-45 閑話151 アーノルトの休日
『重力魔法機関』の実用化を達成し、『シュトルヒ』という輸送機も完成させたアーノルトは、4日間の休暇を申請し、認められた。
そこで彼は、『魔導大戦』時代からの趣味であった『登山』を思いつく。
目標のピークは『蓬莱山』である。
蓬莱山の標高は3300メートル。
海上に浮かぶ島の最高峰なので、山頂からは360度の展望が期待できる。
……まあ、全部海であるが……。
また、未踏峰ではないが、『登山家』は登頂していない(ゴーレムや自動人形はカウントしない)。
仁も、『歩いて』は登頂していないのだった。
そういうわけで、アーノルトは9月13日から16日までの4日間を蓬莱島で過ごし、その時に登頂することにしたのである。
* * *
建前はショウロ皇国の首都ロイザートにある仁の屋敷へ遊びに行く、ということになっている。
これならいちいち調べられる心配もないし、万が一には転移門を使ってロイザートに行くこともできるわけだ。
「お世話になるよ」
「お世話になります」
「それはいいさ、アーノルト、チェル」
もちろんアーノルトにはチェルが付いてきている。
……で、ロイザートの屋敷にある転移門を使って蓬莱島へ。
時差もあるのだが、アーノルトは『自動人形』のボディ、チェルも『自動人形』、2人とも全く問題はない。
とはいえ登山用の装備などなにもないので、1日目はその準備で暮れることになる。
具体的には登山靴、アウトドア用の服上下、帽子、防寒着、水筒、ヘッドランプ、ルックザック、テント一式などだ。
そう、アーノルトとしては山中1泊するつもりなのである。
「手伝わなくていいのか?」
と仁が聞くが、アーノルトは笑って首を横に振った。
「ありがとう。でも、この時間も楽しいんだからさ。手伝いはチェルがいるし、十分だよ」
「そっか、楽しいならいいさ」
こんな感じである。
* * *
そして翌朝、チェルが携行食を用意し、アーノルトは保存食をザックに詰め込めば準備OKだ。
『仲間の腕輪』があるので、連絡手段は問題なし。
行き先は蓬莱山なのだから、行方不明になっても老君が『覗き見望遠鏡』ですぐに見つけてくれるだろう。
しかも今回は単独行ではなくチェルも一緒なのでかなり安心だ。
「それじゃあ行ってくるよ」
「うん、気を付けてな。楽しんできてくれよ」
「ありがとう」
と言葉を残し、アーノルトとチェルは研究所を出発したのだった。
* * *
研究所から山麓、いや中腹まではそこそこはっきりした道が付いている。
ゴーレムや自動人形たちが歩いた踏み跡だ。
蓬莱島は亜熱帯気候なので、冷涼な気候を好む作物は標高2000メートル付近の山腹を畑にして栽培しているからである。
アーノルトとチェルはその道を辿っていた。
「なかなかいい道だね」
「はい、アーノルト様」
傾斜がきつくない場所でも道は真っ直ぐに付けられてはおらず、緩やかに蛇行しているので飽きが来ない。
道幅は3メートルほど、アーノルトとチェルが並んで歩いても狭く感じない広さがある。
道脇にはところどころに花が咲いていたりもするので、それを愛でながら歩ける。
また、要所要所に街路樹もあって、適度な木陰ができていた。
「アーノルト様、暑くないですか?」
「今のところ大丈夫だ」
時刻は午前6時、亜熱帯の蓬莱島とはいえ、気温は摂氏20度くらい。
なにしろ研究所そのものが標高1000メートルの台地に建っているのだ。
このアルスでも標高が100メートル上がると0.6度気温が下がるので、朝はそこそそこ涼しいのである。
「左側は沢か」
道から200メートルほど西側は谷となっており、川……このあたりでは沢と呼んだ方が相応しそう……が流れていた。
日が昇るとそちらから涼しい風が吹いてくる。
少しずつ斜面は傾斜を増してくる。道も大きくジグザグを描くようになってきた。
蓬莱山の南側は傾斜がきついのである。
なので道は西へと回り込むように付いている。
「おお、眺めがよくなった」
蓬莱山の西側は岩場なので灌木が多く、樹林帯が少ない。
ゆえに展望に恵まれているのだ。
「この辺でお昼にするか」
「はい、アーノルト様」
安定した露岩帯で昼食とするアーノルト。
自動人形のボディなので食事の必要はないのだが、そこはそれ、雰囲気である。
「景色のいい場所で食べるご飯は格別だな」
昼食用の行動食を全部食べ終わったアーノルトは、満足そうに呟いたのだった。
* * *
露岩帯の標高は1700メートルくらい。
西側の斜面は森林限界が低く、もうそこから上に樹林はない。
その分日差しが強いが、アーノルトとチェルには関係がなかった。
黙々と歩き続け、ついに道がなくなった。
標高は2800メートルほど。
そこは小広いテラス状の窪地で、テント泊にぴったりの場所である。
道がここで終わりなのは、これより上には畑がないからである。
ちなみに、ここの周辺では高山植物の一種である『フレープ』(コケモモに似た赤い実をつける)を栽培しているからだ。
それもあって、ここにはわずかながら水が湧いており、飲料水の心配はなかった。
* * *
テントを設置し終えたアーノルトは、携帯コンロでお湯を沸かす。
夕食にはまだ間があるが、紅茶を淹れるためだ。
「アーノルト様、そんなことわたくしがやりますのに……」
「いや、これも含めて登山の醍醐味だからね」
「はあ……」
そもそも、侍女を連れての登山なんて聞いたことがない……と言ってはいけない。
沸いたお湯をマグカップに移す。そこに自作のティーバッグを入れた。
「うん、いい香りだ」
こういうことがやりたかった、とアーノルトは言った。
「それはようございました」
「うん、チェル、付き合ってくれてありがとう」
「いいえ、お邪魔になっていなければいいのですが」
「それは大丈夫だよ」
そしてアーノルトは目を彼方の水平線へやった。
* * *
「さて、夕食の支度をするか」
「お手伝いはいりますか?」
「そうだね、手伝ってくれるかい?」
「はい、喜んで」
嬉しそうにチェルは夕食用に持ってきた食材を調理し始めた。
といっても大半は保存食なのでお湯で戻すだけだ。
乾燥肉と乾燥野菜をお湯で戻し、塩と香辛料を入れればスープのできあがり。
パンをちょっと火に炙ってベーコンを挟み、スキットルのワインを用意する。
「アーノルト様、支度ができました」
「ありがとう。やっぱり、こうして山で食事ができるというのは嬉しいなあ」
もう2度とできないと思っていた登山とテント泊。食事まで楽しめるボディをくれた仁には感謝しかない、とアーノルトは思った。
「それじゃあ、ゆっくりといただくとするかな」
テント場からは、遥か彼方の水平線に沈みゆく夕日が見える。
スキットルの蓋にワインを入れ、アーノルトはその夕日に向かって掲げた。
「ジンに感謝を。そしてこの世界に乾杯」
赤い夕焼け、それを映す大海原。
明日もいい天気だな、と思いながらワインを飲み干すアーノルトであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20230304 修正
(旧)アーノルトは『自動人形』のボディ、チェルは『自動人形』、2人とも全く問題はない。
(新)アーノルトは『自動人形』のボディ、チェルも『自動人形』、2人とも全く問題はない。
(旧)明日も天気だな、と思いながらワインを飲み干すアーノルトであった。
(新)明日もいい天気だな、と思いながらワインを飲み干すアーノルトであった。
(誤)湧いたお湯をマグカップに移す。
(正)沸いたお湯をマグカップに移す。




