85-16 それぞれの役目
さて、明けて5月13日。
焼きたてのパンを中心とした朝食を済ませると、仁たちは予定どおりそれぞれの目的地へと出かけていった。
仁とゴウは、水からミネラル分を抽出する魔導具を作る、ということで、まずは井戸に付いているフィルターを調査することにした。
村長宅の前にある井戸のフィルターを解析させてもらう。もちろん一言断りを入れて、だ。
「フィルターか……なるほど」
「……ジン様、どういう構造なんでしょう?」
「極細の繊維でミネラル分を濾そうとしているようだが、不十分だな」
多少、フィルター周りにスケイルが付着しているところを見ると、まったくの無駄というわけではなさそうだが、ろ過後の水を『分析』で調べてみても、まだかなりのミネラル分を含んでいるのがわかった。
「そもそも、水に溶けている成分を取り除こうというんだから、単に濾すだけでは不十分だよな」
「ああ、そうですね」
「よし、ゴウならどうする?」
昨夜も少し考えたが、いい案は出なかった。が、睡眠を十分にとった今はどうであろうか。
「大きな装置なら思いついたんですけど」
「お、それでもいいぞ。どんな構造だ?」
「はい。ええと、水に溶けている物質を抜くためには『蒸留』って方法がありますよね。ですから……」
それは、かつて仁とラインハルトがエリアス王国でザウス州の領主、ドミニク・ド・フィレンツィアーノ侯爵に依頼されて作った『浄水器』とよく似た構造だった。
ゴウはそのことを知らないはずなので、自分自身の考えでそこに至ったものと思われ、仁は嬉しく思ったのだった。
だが。
「考えはいい。海水を真水にするならそれは大いに役立つだろう。だけど、この村で使うにはちょっとコストが掛かりすぎる」
そういう欠点もはらんでいた。
「そうなんですよね。……昨夜もコストの点が問題になっていましたものね」
褒められたことは嬉しいが、実用化にはまだ遠いことを知って、ゴウは複雑な心境だった。
「昨日も悩んでましたけど、分離したミネラル分をどうするかが悩ましいですね」
「そうだな。でも、一晩寝たらちょっとよさそうな案が浮かんできたよ」
「えっ! さすがジン様ですね! どんな仕組みですか?」
「それはな……」
仁が考えた構造は、容器の底に網を張り、網の下に分離したミネラル分を閉じ込める、というものだった。
「すごい! それならうまくいきそうですね」
ゴウは手放しで褒めるが、仁は渋い顔で否定した。
「いや、まだ不十分なんだ」
「なぜですか?」
否定的な仁の言葉に、思わずゴウは反射的に質問してしまう。
仁は、そんなゴウに考えさせるように質問する形で説明を始めた。
「まず、どうやって分離するか?」
「そういう魔法陣を使うのでは?」
「うん。その場合、魔法陣はどこに刻む?」
「容器の一番底に、でしょうね」
「うん、そうなるな。だが、おそらくはそれだと底の水のミネラル濃度が薄くなるだけで、容器内の水は難しいだろうと思われるんだ」
「循環しませんかね?」
「難しいだろうな。ミネラル分を除去した水は確かに少し軽くなるだろうが、自然対流をしてくれるほどとは思えない」
「そういうことですか……」
ゴウも考え込んでしまう。
「振ってもらうとかかき回してもらう、というわけにもいきませんよね」
「駄目だな」
「うーん……」
「自然対流しないなら、人工的に対流させるしかないかな……」
「あ、それですね! やっぱりジン様はすごいや」
仁が思いついたのは、ミネラルを分離する魔法陣とともに、水をかき回すような魔法陣も刻めばいいのではないか、ということだった。
「まあ、目的は達せそうだがな」
「まだなにか不満が?」
「ああ。……考えても見ろ。水桶の中が常に渦巻いていたらどうだ?」
「……落ち着かないというか、不気味というか」
「だろう?」
「なら、タイマーみたいな機能も付加して、時々かき混ぜる、とかは?」
「次善の策としてはそうなるだろうな……」
しかし最善の方法ではなさそうだ、と仁は再び考え込んだのであった。
* * *
さて、サキとルビーナである。
2人はまず、村の東へと向かった。
そちらは旧レナード王国との国境で、同時に国と国を隔てる山脈でもあった。
「……石灰岩だ。このあたりは大昔は海の底だったんだね」
「あ、確か、石灰岩って太古の生物の死骸が積み重なってできたんでしたっけ?」
「そうそう。それを生物起源っていうんだ。他に化学的沈殿でできたものもある。ここのものは生物起源のようだね」
「なぜわかるんですか?」
「化石を含んでいるからさ。ほら」
「あ……」
サキが指差した石灰岩には、淡い粒上の模様が浮かんでいた。
「フズリナ石灰岩だね。『紡錘虫』っていう生物の化石を含む石灰岩だよ」
フズリナは、紡錘虫ともいい、温かい海に棲息する単細胞の原生動物である。
石灰岩はサンゴや紡錘虫などの死骸が堆積したできたものなので、その産地が大昔は海の底だったことがわかる。
日本では秩父古生層に産し、埼玉県秩父地方は日本有数の石灰石の産地である。
「それに、あの山は、多分『チャート』でできているね」
「チャート、ですか?」
「うん。水晶や石英と同じく、二酸化珪素が堆積してできた、硬くて緻密な岩さ」
「どうしてわかるんですか?」
遠くから見ただけでわかるのか、とルビーナは不思議に思ったのである。
「くふ、それはね」
サキは足もとに落ちている石を拾い上げた。
「こうして破片が麓までやってきているからね」
「ああ、そうなんだ……」
ちなみに、秩父地方の西にそびえる『両神山』。
天の岩戸にも例えられるその山体は、東西約8キロ、幅2〜3キロもある巨大なチャートでできているという。
今まで見えていなかったものが見えてくる面白さに、ルビーナは目覚めたようだ。
「面白いですね、地質学も」
「くふ、そうかい?」
ルビーナにそう言われて、サキもまんざらではないようだった。
そしてそれからも2人は、足もとの石や岩を調べていくのだった……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20220223 修正
(誤)仁とゴウは、水からミネラル分を抽出する魔道具を作る
(正)仁とゴウは、水からミネラル分を抽出する魔導具を作る




