85-14 クェント村村長宅にて
さて、仁たちである。
12日夜はクェント村村長のキョウ・マイヘンス宅に泊まることになった。
「どうぞ、お入りください」
「お世話になります」
「なんのなんの、どうぞごゆるりとおくつろぎください」
村長宅は広く、仁たち全員を楽々泊めることができるようだ。
それについては、徴税官一行や視察の官吏、それに行商人を泊めることもあるのでこう作られているという。
「まあ、お客様ですね」
仁たち一行を、奥から出てきた若い女性が出迎えた。
「妻のノナです」
「まあまあ、それはそれは。ようこそいらっしゃいました。今夜は腕を振るわないと」
ノナはそう言って台所へ入っていった。
そんなノナは20代前半くらい、小柄でスタイルがいい。栗色の髪と鳶色の目が快活そうな印象を与えている。
キョウは30代前半くらい、茶色の髪、茶色の目で落ち着いた雰囲気がある。
子供はまだいないとのことだった。
「こんな僻地に旅の人がお見えになるのは珍しいですよ。今夜はいろいろ話を聞かせてください」
「はあ、それはもちろん」
「しかし、学者様がおいでになるのは、私が村長になって初めてですな」
「そうなのですか?」
「自分で言うのもなんですが、こんな僻地ですからな」
夕食にはまだ少し間があるので、仁たちは食堂で村長キョウと話をしている。
やはりこういう環境だと、外の話を聞くのは1つの楽しみであるようだ。
「粗茶ですが」
そう言いながらノナが淹れてくれたお茶は緑茶で、なかなか香りもよかった。
「このあたりはお茶の栽培ができるのですか?」
と仁が聞くと、村長キョウは頷いた。
「そこそこ栽培はできます。高原なので朝晩は冷えるのですが、それがかえっていいようで」
「主な産物は何なのですか?」
「お茶の葉、それにビチス(ブドウ)、それにユノス、蜂蜜ですな」
「……そのユノス、というのは?」
耳慣れない名称に、仁は聞き返した。
「ユノスはシトランの仲間で、このあたりでも作りやすいんですよ。どちらかというと皮を食材にします」
「ほう」
色々説明を聞いてみると、ユノスというのは『ユズ』のようだった。
「なるほど、珍しい果物なんですね」
「ええ。ですから特産品になっているのですよ」
ここでエルザが口を開いた。
「ユノスの蜂蜜漬け、とか作ってますか?」
「は?」
村長の反応を見ると、作っていないようである。
「いえ、ユノスはそのまま出荷していますが……」
「それは、もったいないと思います。一加工して売れば、付加価値が加わって、利益が増えます」
「なるほど……酒に漬けている家はありましたが、蜂蜜にとは……」
「ラモンの蜂蜜漬け、というものが、あります。ラモンの代わりにユノスを使えば……」
「おお、なるほど。……少し詳しくお聞きしても?」
「はい」
エルザは説明を行っていく。
といっても難しいものではない。
ユノスやラモンをきれいに洗い(さっと熱湯をくぐらせるのも可)、薄くスライスして容器に入れ、浸るくらいに蜂蜜を入れて一昼夜以上放置すればできあがりだ。
蜂蜜の代わりにメープルシロップを使うのもありだが、この地方ではメープルシロップは採れないようである。
「それから、ユノスの皮を使ったマーマレードや、香料も」
「くふ、香料の抽出なら任せておくれ」
「ああ、サキはそういうの得意だものな」
「そういうこと」
というわけで、クェント村の特産品であるユノスの利用法について知恵を出した仁一行。
そのため、村長は大喜びであった。
* * *
夕食はこの地方の特産品が多く添えられていた。
大麦のリゾットに山鹿のステーキ、シーパ(山岳羊)の肉の燻製を使ったホワイトシチュー、高原野菜のサラダ。そしてユノスの香りを付けた飲料水。
「お口にあいますかどうですか」
「いえ、美味しくいただいてます」
味付けも程よく、仁たちは皆この村の味を堪能したのであった。
食後は白湯が出た。この村の伝統なのだそうだ。
(やはり、かなり硬い水ですね)
自動人形であるとは言っていないので、礼子にも白湯が出されており、飲みながら分析した結果である。
(カルシウムイオン、マグネシウムイオン……それにアルミニウムイオンもわずかに含まれているようです)
特に問題になりそうなのはマグネシウムで、水分子と強く結合するため体内に吸収されにくく、大量に摂取すると下痢をしやすくなる。
仁一行で問題になるのはゴウ、ルビーナ、メルツェら生身の人間だ。
(とはいえ、急に体調を崩すというほどでもないですね。フィルターの効果でしょうか)
あとで仁やエルザと相談してみよう、と思った礼子であった。
* * *
「ところで、この村の水事情はどうなんでしょうか?」
仁が口を開いた。
「ポンプがかなり設置されているようですが」
村長は苦笑しながら答える。
「はは、お目に止まりましたか。ええ、正直、あまりよくはないですね。というのも、どうやら一般的に言う『硬水』のようで、飲用や日常の使用にもあまり向かないらしいのです」
硬水にはミネラル分としてのカルシウムやマグネシウムが多いため、水が蒸発すればそれらが『スケイル』となって析出する。
また、石鹸の効きを悪くしたり、染め物の発色を妨げたりもする。
「私どもは慣れておりますが、お客様には念入りに濾した水をお出ししていますが、やはりわかりますか?」
「……残念ながら」
これはエルザ。
「長い目で見たら、『慣れている』というあなた方も、健康にはよくないです」
「エルザは『治癒師』なんですよ」
「なんと、そうなのですか」
「はい。皆さん、できるだけフィルターを通したお水を飲んでください」
「……わかりました」
「とはいえ、フィルターの設置もままならないでしょう?」
仁が尋ねると、
「ええ、まあ……」
と、曖昧な返事がなされた。
「実は、あのフィルターは、私どもが付けたのではないのです」
「え?」
「この村のそばに住む人たちが厚意で付けてくれたものなのですよ」
「……そうなのですか」
その人たちこそが、自分たちが捜しに来た人たちかも知れない、と皆思ったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20220221 修正
(誤)栗色の髪と鳶色の目が快活そうな印章を与えている。
(正)栗色の髪と鳶色の目が快活そうな印象を与えている。




