84-17 クェリーの樹の下で
太上皇帝のOKが出た後は簡単であった。
時の皇帝、ヴァイスベルグ・エルンスト・フォン・ショウロが、すぐに承認してくれたからだ。
それからは速かった。
仁がゴーレムを準備し、工事をさせていく。
……通常の20倍の速さで。
それでも、蓬莱島での工事の5分の1以下の速度であるのだが。
「やっぱりジン君に頼んでよかったわ」
ほぼ毎日のように見に来る太上皇帝。
「ニドー卿は他の技術者とは一線を画していますね。さすが『魔法工学師』」
そして皇帝ヴァイスベルグ・エルンスト・フォン・ショウロも。
「やっぱり模型とはスケールが違うものね」
「そのとおりですね、叔母上」
地形の整備が終わり、今は池を掘っているところだ。
湧水を利用して池に貯める。
排水は浄化して掘割へ。
深さは最大で3メートルほどとする。平均で1メートルくらい。
泥が溜まりすぎないよう、要所要所に『浄化』や『分解』の効果を付与した魔結晶を沈めておく。
水草としてはまず、基本となるロートスとスイレンを植えた。
「あの辺が春の庭ね」
「ええ。花木としてはクェリー、ペルシカ、デーマリ、ユキヤナギなどを植えています。自然石で組んだ花壇にはスノードロップ、クローカス、ナルサス(スイセン)を」
「ああ、いいわね。私はスノードロップの花が好きよ」
「そうですか。俺も好きです」
「まあ、ジン君も?」
「はい」
「気が合うようでうれしいわ」
「はい」
そんな一幕も。
そして庭園はどんどん形をなしていき、1箇月で完成を見たのだった。
「素晴らしいわ、ジン君。思い描いたとおりの庭よ」
「そう言っていただけると嬉しい限りです」
「報酬はもちろんだけれど、もう1つ、『ジン・ニドー卿は、ここ奥庭に無条件で立ち入る許可』を与えます」
「え……」
「お嫌かしら?」
「いえ、大変光栄に存じます」
「そう、よかったわ」
つまり、仁がここに来れば、いつでも太上皇帝や現皇帝と会える、ということである。
これは破格の待遇で、絶大な信頼が寄せられている証でもあった。
・・・・・・そして、仁は庭園の仕上がりを見るという名目でたびたび訪れ、太上皇帝や現皇帝と非公式な会談をしたという。
* * *
「その時、最も好まれたのがこのクェリーの樹の下です。当時はまだまだ小さな木でしたが」
礼子の過去語りは終わった。
皇帝エルンスト2世にとって、そして仁にとっても興味深い話であった。
当時植えられたばかりだったクェリーも、今では樹齢400年ほどの古木である。
(ここで、女皇帝……いや太上皇帝陛下と語り合ったのか)
仁は感無量であった。
今でも目を閉じると、太上皇帝……『大明慈母皇帝』の柔らかな、優しい笑顔が瞼に浮かぶ。
それはエルザも同じだったようで、目を細め、クェリーの木を見上げていたのである。
そして現皇帝エルンスト2世もまた、偉大な先帝に思いを馳せていたようだ。
「レーコ媛、貴重な話を感謝する」
少し潤んだような瞳を上げ、エルンスト2世は立ち上がった。
「それでは、これで……ああ、そうだ。ニドー卿」
「はい?」
「貴殿にも、『ジン・ニドー卿は、ここ奥庭に無条件で立ち入る許可』を与える」
「……! はい、ありがたく頂戴いたします」
「うむ。後ほど書類は届けさせる。これからもレーコ媛共々、よろしく頼む」
「は、陛下」
そして今度こそエルンスト2世は立ち去っていった。
「ジン兄、おめでとう」
座を外していたエルザが近寄ってきてお祝いを述べた。
「ああ、ありがとう」
皇帝陛下がおなりということで人払いがされていたので、この事実を知るものはエルザ以外にはいなかったのは幸いである。
「そうでなかったら、今頃はお追従を言いに来る人で溢れていた、かも」
「ああ、それは嫌だな」
「陛下のお気遣いに、感謝」
「だな」
そして2人は再びクェリーの古木の下に腰を下ろしたのである。
* * *
さて、ゴウたちはどうしていたであろうか。
「ここ、いい所ね」
「手入れが行き届いていますね」
「人工的で、でも自然な感じがして……調和、っていうのかな」
3人で庭園を巡り、花や木、池の眺めを楽しんでいた。
そんな時である。
「あっ!」
小さな叫び声と同時にガシャンというような音がした。
ゴウたちがそちらを見やると、2体の侍女型ゴーレムが倒れていた。
どうやら何かにぶつかったらしい……が、ちょっと様子がおかしかった。
「起き上がらないわね?」
「うん。何かにぶつかったくらいの衝撃で動かなくなるなんておかしいな」
「そもそもゴーレム同士がぶつかったわけじゃないわよね?」
「そうだな。こんな会場内の移動でそれはないよね。だったら何にぶつかったんだろう?」
ゴウとルビーナはそんな会話を交わす。
そしてメルツェは、何かおかしな雰囲気を感じ取っていた。
「あ、もしかして、ほら、あれ!」
「え?」
メルツェの指差す方を見ると、園遊会参加者の2人が喧嘩をしているようで、何やら魔法を撃ち合っているではないか。
そして、無差別に放たれるそれを、ゴーレム侍女らが防いでいた。
「危ないな……こんな場所で何を考えているんだか」
「あ、警備の兵士が来たわ」
当然、そうした狼藉者は取り押さえられるわけである。
「連れて行かれたわね」
「酒乱か何かかな?」
「テロリストじゃないといいですけど」
この騒動で2体の侍女ゴーレムが動作不能になっていた、というわけだ。
「ねえゴウ、あの2体、あたしたちで直さない?」
「え?」
「お城のゴーレムがどの程度の出来なのか、気になるじゃない?」
ルビーナがゴウを誘う。
「勝手にやっていいのかな?」
「直してあげるんだからいいじゃない」
「うーん……」
「ゴウがやらないならあたし1人でもやるわ」
「あ、ルビーナ」
たたたっと、小走りに駆けていくルビーナを、仕方なくゴウも追いかけた。
その後を、少し苦笑いを浮かべたメルツェも付いていく。
* * *
倒れたゴーレム侍女には誰も近づいておらず、遠巻きに眺めているだけ。
「はい、通してくださいな」
その人垣をかき分け、ルビーナはゴーレム侍女に近付いた。
「ちょっと通してください」
少し遅れてゴウもゴーレム侍女に駆け寄る。
「やっぱりゴウも来たわね」
「ルビーナだけに任せていられないよ」
そんな言葉を言い交わしながら、2人はゴーレム侍女の状態を確認していくのだった。
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