84-16 少し昔の話を
クェリー(桜)の樹の下で寛いでいる仁に声が掛けられた。
「失礼、ジン・ニドー殿、少しいいかな?」
顔を上げてみれば、ショウロ皇国皇帝エルンスト2世……エルンスト・ルプス・フォン・リヒト・ショウロその人であった。
「これは陛下、ご挨拶もできず、失礼いたしました」
「いや、構わぬ。むしろ楽しんでくれている様子、嬉しく思う」
そう言いながらエルンスト2世は仁の隣に腰を下ろした。
エルザは少し前に察し、場所を譲っていた……。
「余の周りに人が多かったので遠慮したのであろう?」
「ええ、まあ」
「もうそうした煩わしいことは済んだ。……実は、この庭で、是非聞きたいことがあったのだよ」
「では、席を整えましょうか」
「いや、このままでいい」
「それで、聞きたいことというのは?」
「……レーコ媛を呼んでもらえるか?」
「はい。礼子、こっちへ来てくれ」
「はい、お父さま」
仁は礼子を呼んだ。元々すぐそばに控えていたのである。
「おお、レーコ媛」
「何か、わたくしに御用でしょうか?」
「うむ。もし、できたらでいいのだが、この庭園を作った頃の『大明慈母皇帝』のことを聞かせてもらえぬだろうか?」
「礼子、俺も聞いてみたい」
「……わかりました」
仁がそう言うと、礼子は素直に頷き、語り始めた……。
* * *
時は、大陸暦3465年。
仁29歳、太上皇帝は57歳である。
「ジンくん、相談があるんだけど」
「陛下、何でしょうか?」
ロイザートに滞在していた仁を訪ね、太上皇帝が屋敷を訪れていた。
この頃には、このようなことは日常茶飯事……とまではいかないが、月に1、2度はあることだった。
最初は戸惑っていた仁であったが、今ではすっかり慣れてしまっている。
「宮城の奥庭を整備したいのよ」
「はい」
「それで、以前『ミツホ』で見た、ああいう庭園を作ってみたいんだけど」
「ああ、なるほど」
一言で言えば『なんちゃって日本庭園』である。
ミツホの迎賓館にある庭園は、元はもっとそれらしい日本庭園であったのだろうが、その後の改修によって、かなり原型とは異なってしまったようなのだ。
が、太上皇帝はその佇まいが気に入ったようである。
「人工物を極力減らした庭ね。自然の一部を移したと言ってもいいわ。ああした庭園が欲しいのよ」
「そうですね……」
「ジン君なら、ミツホ系の文化にも詳しいみたいだし、できるのではないかしら? ……この屋敷の裏にある庭園を見ればわかるわよ」
そう、ロイザートの屋敷の裏手には、小さいものだが仁が作った『日本庭園』があるのだ。
それを気に入っている女皇帝、いや太上皇帝なのであった。
「できる、と思います」
「やっぱり! ではお願いするわ、ジン・ニドー卿」
「はい」
「正式なお仕事として依頼します。宮城奥庭の庭園整備をしてください」
「承りました」
こうして仁は、太上皇帝の意向を受け、庭園整備を行うこととなった。
「で、だいたいのことを伺っておきたいのですが」
「当然ね。何でも聞いてちょうだい」
「はい。……まず、広さはどのくらいでしょうか」
「そうね、25ヘクタールくらいだったかしら」
「結構広いですね」
「ええ」
「敷地内のどのあたりですか?」
「だいたい北西……ね」
「日当たりは?」
「宮殿に近いところを除けば概ねいいと思うわよ」
「水は湧きますか?」
「井戸が幾つかあるわ」
「植える植物について、何かご希望は?」
「できれば、四季折々に楽しめるといいわね」
こうしたやり取りを行い、仁は構想を固めていった。
とはいえその日はそれで終わり、仁から後日詳細な設計図を提出することになる。
ショウロ皇国側も、正式な依頼書を発行するであろう。
・・・・・・そして、3日後。
太上皇帝が仁の屋敷を訪れた。
「陛下、こちらからお伺いしますのに」
「いいのよ。こうして出掛けられるのが嬉しいんだから」
「そうですか……」
皇帝時代にはこうした行幸も思うようにはできなかった、その反動かなと仁は諦めた。
「それで、できたのかしら」
「はい。こちらへどうぞ」
仁は応接室へ太上皇帝を案内した。
そこには庭園の簡単な模型が置かれている。
「まあ! とってもわかりやすいわ!」
要するにジオラマである。
地面の起伏も含め、概要がひと目で分かる。
参考にしたのは新宿にある大きな庭園風の公園だ。
現代日本にいた頃、数度訪れたことがある。
入場料が安いので、施設の子供たちを連れてくるのに絶好だったのだ。
「庭園の真ん中に池を作るのね。そこに橋を掛けて、周囲をぐるっと回れるようにする、と」
「はい。池は単純な形ではなく、2箇所ほどくびれさせて、そこに橋を掛けます。また、池の中に島を作って、そこへも渡れるようにします」
「いいわねえ」
満足そうな太上皇帝。
仁の説明はまだ続く。
「大勢で見て回れるよう、基本的には芝生にしますが、四季の花を咲かせるエリアを設けます」
「ああ、それいいわね」
「具体的には春の花、夏の花、秋の花。少ないですが冬に花をつける花木も植えます」
「ええ」
「とはいえ偏りすぎないよう、ランダムな配置も行います」
「そうよね」
「あと、ご要望があれば温室も作ります」
「温室! いいわねえ」
熱帯系の花々を栽培することができる、と仁は説明した。
「池には水草を植えましょう。できれば魚も飼えるといいですね」
「うんうん」
「あとは、休憩できるようなベンチや四阿を設けようかと」
「そうね。園遊会をするでしょうから必要ね」
「園遊会ですか?」
「ええ。できれば一般の人たちも招くことができたらいいのだけれど、さすがに無理よねえ」
「……」
だが、それに対して仁は別の提案を行った。
「でしたら、こことは別に『国立公園』を整備しましょうよ」
「国立公園?」
「はい。国が運営する公園で、国民の憩いの場にするんです」
「ああ、それはいい考えだわ!」
とはいえ、それはまた別の機会に、となる。
今は奥庭の整備の話だからだ。
「では、このあたりに多目的の舞台を作りましょう」
「ああ、そうね。演台にもなるし、楽団も呼べるわね」
こうして、庭園の設計は詳細まで詰められていったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20220110 修正
(誤)「園遊会を行えるよう、基本的には芝生にしますが、四季の花を咲かせるエリアを設けます」
(正)「大勢で見て回れるよう、基本的には芝生にしますが、四季の花を咲かせるエリアを設けます」




