84-12 閑話142 東の町の研究家
セルロア王国の東部はリーバス地方と呼ばれており、大半が山岳地帯である。
もちろん平野もあり、高原状の草原地帯が広がっている。
イメージ的には地球でいうモンゴル近辺であろうか。もちろん規模は異なるが。
その北部はクライン王国と国境を接しており、国境東部は山脈の尾根が国境線をなし、西部はセドロリア湖から流れ出す大河が国境線を形作っていた。
国境であるから、当然ながらクライン王国と行き来する街道も何本か通っている。
その1つは北上すると、国境線から60キロほどでクライン王国の首都アルバンに至る。
そんな街道のセルロア王国領北端は『フレク』という町だ。
街道の東西には古い砦跡があり、過去、ここが要衝であったことが窺える。
そんなフレクの町に魔導頭脳の研究家がいた。
男の名は『トモシデ・ヨダ』。元『魔法探求者』の高弟であり、次期指導者と言われていた。
が、魔法探求者の方針に納得がいかず、独自の道を行くべくここに居を構えたのである。
ここフレクの町は、規模は小さいが人の往来が激しく、活気のある街であった。
* * *
「もう少しで完成するぞ」
「トモシデ先生、いよいよですね」
「うむ。ここに腰を落ち着けてからは1年と少しだが、この魔導頭脳自体は私が20年も研究してきたものだからな。感慨深いものがある」
指導者であるトモシデ・ヨダの研究テーマは『魔導頭脳』であった。
それも、人間の代わりに考えてくれるような、高度な魔導頭脳を作ろうとしていたのだ。
その発端は彼らの系譜を辿ればすぐにわかる。
『蓬莱島』である。
今となっては『仁ファミリー』の血を引いてはいないとはいえ、仁の教えは受け継がれている。
そして教えと共に、蓬莱島のことも『伝説』として語り継がれていた。
曰く、東の海のどこかに島があり、そこは魔法工学の聖地である、と。
曰く、その地は魔導頭脳によって完璧に管理されており、住む者は全て魔導頭脳に任せていればいい、と。
曰く、その魔導頭脳は全知全能で、製作者を除けば全ての人間、すべての生物を支配することも可能である、と。
曰く、だがその魔導頭脳は、製作者によって行動を規制されており、世界を支配するような野望は決して抱かない、と。
一部、かなり歪んで伝わっているこの伝説を信じ、トモシデ・ヨダは魔導頭脳の製作に心血を注いでいたのだ。
「これが完成し、稼働すれば、きっと世の中のためになるだろう」
トモシデ・ヨダの考えは、『スーパーコンピューター』を作り、世の中の役に立てよう、というものと同じである。
計算、予測、立案、管理など、人間では不可能なレベルの膨大なデータを処理し、結論を導き出せる魔導頭脳。
それが完成間近だったのだ。
「目指すは未来予測でしたね、先生」
「そうだ。遠い未来は無理だとしても、せめて1年先の予測ができたなら、いろいろとできることはあるだろう」
「例えば災害、ですね」
「うむ。もしも災害の予測ができたなら、対策も立てられるだろう。天災であるなら住民を避難させておけばいいし、食糧難であっても1年あれば何らかの手が打てるはずだ」
とはいえ、今のレベルはせいぜいが1日か2日先の予測ができるだけ。しかも外れることも多い。
なので、まずは人間の仕事の一部を肩代わりしてくれるようなものを目指す。
そうすれば、人間はそのリソースをもっと有意義に使えるだろう、というのだった。
「私は最終目標に至れずとも、お前たちがいる。それでも駄目なら、その弟子たちが、いずれ完成させてくれるであろう」
「不幸な人々が少しでも減ってくれればいいですね」
「そうだ」
師と弟子は頷きあった。
それは崇高といってもいい目標だった。
だが。
邪な野望もまた、人の世には存在する。
そして、それはトモシデ・ヨダの弟子の1人に取り憑いていたのだった……。
* * *
リノウラ・モギはトモシデ・ヨダがフレクの町に移り住んでから弟子になった。
魔法工作士としての腕前はまずまずで、一般向けの製品を手がけさせれば弟子たちの中でも一、二をあらそう腕前であった。
というのも、彼は『人が何を求めているか』をよく理解していたからだ。
弟子たちのほとんど……いや、師匠のトモシデ・ヨダでさえ、どこか浮世離れした考え方をしていたので、彼のような現実主義者は異彩を放っていたといっていい。
とはいえ、リノウラ・モギがいたことは、トモシデ・ヨダとその弟子たちにとって幸運であった。……少なくとも、これまでは。
なんとなれば、彼がいたからこそ、研究費、生活費をまかなうことができていたと言っても過言ではないからだ。
トモシデ・ヨダとその弟子たちが使っている予算の7割はリノウラが稼いだ金であった。
「……ふふ、もうすぐ完成か」
リノウラ・モギもまた、他の弟子たち同様、魔導頭脳の完成を待ちわびていた。
ただし、自分のために使おうと企んで、であるが。
出来上がった魔導頭脳は、必要最小限の知識はあるが、ほぼ赤ん坊と同じである(彼の認識では)。
そこでリノウラは考えた。
新しい魔導頭脳に、自分に従うように教育できないかと。
そして1つの結論を得る。
魔導頭脳の教育係となり、少しずつ自分の考え方を割り込ませていけばよいのではないか、と。
* * *
トモシデ・ヨダと共に『魔法探求者』を抜けたもう1人、タシマ・ソノデは、かつて災害で家族を失っていた。
大雨による地滑りで、彼の住んでいた村の大半が埋もれたのである。
たまたま出掛けていた彼だけが助かったわけだが、このことが彼の心に楔となって打ち込まれてしまったのである。
大雨を予想できていれば。
地滑りを予測できていれば。
埋もれた家を掘り返せる手段があれば。
そんな想いから、タシマ・ソノデは災害を予想できるような魔導頭脳と、救出作業のできるゴーレムを欲したのである。
が、いきなりそんなものを作れるはずもなく、基礎から学ぶ必要があった。
そこでまず、高名な魔法工作士に弟子入りしたが、思ったような技術者ではなかったので1年足らずで門下から去った。
別の魔法工作士の教えを受けたこともあるが、やはり失望し、そこを去った。
紆余曲折を経てたどり着いたのが『魔法探求者』。
そこはまさに理想の場所であった。
師匠であるロウゾウ・チヨダは深い造詣を持つ、高度な技術者であったし、高弟たちも研究を怠らない学問の徒であった。
そこで学び、いつしか高弟の1人に数えられるようになっていたタシマは、突然1つの選択を迫られた。
高弟の1人、トモシデ・ヨダが『魔法探求者』と意見を異にして袂を分かつことになったのだ。
トモシデ・ヨダは次の指導者と目されていた高弟で、タシマが最も世話になった先輩であった。
悩みに悩んだ末、タシマ・ソノデはトモシデ・ヨダに付いていくことにした。
今の『魔法探求者』は実用的な魔導具・魔導機の開発から遠ざかっていたからだ。
タシマとしてみれば、将来よりも、『今』役に立つものを世に出したかったのである。
* * *
「それでは、起動する」
トモシデ・ヨダが宣言した。
弟子たちは皆、固唾を飲んで見守っている。
「『起動』」
そして、魔導頭脳が起動する……。
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本日1月6日(木)は14:00に
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20220317 修正
(誤)閑話141 東の町の研究家
(正)閑話142 東の町の研究家




