80-43 化学兵器と後期の混乱
『人類』と『魔族』の戦いを観察していた『デキソコナイ』はほくそ笑みながらも、まだ手ぬるい、と考えた。
そこで考えついたのは、『より非人道的な兵器』を使わせることである。
「毒ガスはいいな。土壌汚染も悪くない」
それらのアイデアは『操縦針』を埋め込まれた『魔族』を通じてもたらされた。
「うむ、こいつはいい」
まずは簡単に用意できる毒ガスが使用された。
塩素ガスである。
海水を電気分解すれば陽極に塩素が発生する。
『デキソコナイ』にとって、ごく簡単な科学の産物であった。
密閉容器に詰め、『操縦針』を埋め込まれた『魔族』に手渡され、『転移』で前線に運ばれる。
この気体は常温常圧では特有の臭を持つ黄緑色をしており、腐食性と強い毒性を持つ。
空気よりも重いので、塹壕や地下室へ流れ込み、多くの人々を侵した。
第1次世界大戦でドイツ軍が使用した毒ガスがこれであったという。
実は塩素ガスには効果的な中和剤が存在する。
金魚や熱帯魚を飼う時に、水道のカルキを抜くための薬剤、『ハイポ』である。
第1次世界大戦ではハイポを染み込ませた防毒マスクが開発されたが、アルス世界では化学は進んでおらず、塩素ガスはかなりの期間使用され、効果を上げたのだった。
この毒ガスを無効化したのは、ゴーレム部隊である。
粗製乱造でもなんでも、呼吸を必要としないゴーレムであれば、毒ガスは何の意味も持たない。
10体単位の『ゴーレム分隊』を複数率いた人類軍は、一時的にせよ『魔族』の侵攻を押し留めたのだった。
そして、人類側でも化学兵器が開発されていた。
『金属蒸気』の散布である。
塩素ガスをモノともしないゴーレム部隊に、『金属蒸気』を散布させたのだ。
この技術は謎の存在によってもたらされたということになっているが、おそらく『デキソコナイ』が何らかの手段を用い、『人類』側に教えたのだろうと思われる。
これにより『魔族』の兵士は倒れ、そればかりか戦場を死の荒野に変えたのだ。
つまり、あちらこちらの平野が、『魔族』の望む食料を生産できない土地となったのである。
『魔導大戦』は泥沼の様相を示し始めていた。
* * *
「……と、いうのが、吾が推測する『デキソコナイ』の暗躍ぶりだ」
「ターレスさん、ありがとうございます。大変参考になりました」
司会役の仁が礼を述べた。
「ああ、こうして、謎に包まれていた『魔導大戦』のベールが次々に剥がされていくわね。きっとこれは後の世への警鐘にもなることでしょう」
『歴史の語り部』ヴィヴィアンは興奮気味である。
「それじゃあ、『後期』について、僕が少し話をしよう」
「お、頼む」
今度はアーノルトが語ることになった。
* * *
大陸暦3153年を境に、『人類』側の生活は一変した。
それまではどこか他人事のような雰囲気が漂い、戦争は遠い空の下で行われていると思われていたのだ。
それが、現在のフランツ王国……当時の『フランシス地方』で1万人を超える民間人が犠牲となったことを知り、一気に戦争が身近なものと認識したのである。
これにより、娯楽関連の産業は斜陽化をたどり、経済も衰退を始めた。
戦況が捗々しくないことを知ってしまった民間人たちが、こぞって購買意欲をなくしてしまったことによる。
主戦場であるディナール王国西部、それにレナード王国中北部から疎開する人々が増えた。
賑やかだった町から人が消え、ゴーストタウン化したところも1つや2つではない。
屋敷の地下に避難壕を作らせる貴族もいた。
戦火とは縁遠そうなイング地方……現在のエゲレア王国やエリアス半島へ逃げる人も大勢いた。
だが『後期』には、『魔族』の遊撃隊が『転移』の魔法を使い、それら平和そうな地方にも出没していたのだ。
彼らはいわゆる『ゲリラ活動』を行い、民心を不安に陥れる作戦を実行していた。
つまり、『人類』側の生存圏に絶対安心安全な土地など皆無だったのである。
裕福な人々は、個人でゴーレムや自動人形を所持していたが、この頃になると資源が足りなくなったことや、製造には時間がかかることから、民間で所有するゴーレム・自動人形の召し上げが行われるようになった。
アーノルトが、自分の作り上げた100体近いゴーレム・自動人形を取り上げられたのもこの頃である。
そして3154年、アーノルトも魔法技術者として徴用されたのである。
僅かな研修期間を経て、彼は首都エサイアのゴーレム研究所に配属となった。
そこでアーノルトは大きな実績を上げる。
『制御核』の構成を30パーセント以上簡略化したのだ。しかも性能はほとんど落とさずに。
この功績によりアーノルトは技術士官見習い待遇となる。
そしてまたまた手柄を立てる。
戦闘で故障・大破したゴーレムを寄せ集めて1体にした時に『制御核』内で生じる『軋轢』を回避するコマンド群を開発したのである。
これにより、廃物利用が大幅に進むこととなり、アーノルトは技術士官に昇進する。
そして軍事工房を1つ、任されるまでになったのだった。
そして『ルトグラ砦』の砦地下の施設の、さらに地下に施設を建設するという役目を受けたのであった。
* * *
「と、まあ、そういうわけで僕はルトグラ砦の『第2地下基地』を建造したのさ」
アーノルトは話し終えた。
「ありがとう。『ルトグラ砦』に至る道筋がよくわかったよ」
「しかし、そういうことになっていたのね。大戦後期は色々むちゃくちゃねえ」
ヴィヴィアンも呆れている。
彼女が『むちゃくちゃ』と言ったのは、徴用したばかりの民間人を、功績があったとはいえ士官待遇まで昇進させ、あまつさえプロジェクトの責任者に据えてしまったという点だ。
本来なら『相談役』として上司に付け、経験を積ませる、というやり方が一般的であろう。
だが大戦後期は、そんな悠長なことを言っていられないほどに人材が不足していたらしい。
「さて、そろそろ『魔導大戦』も末期になるな。『魔素暴走』が起きる直前のことをよく知っている人はいないのかな?」
仁の言葉に、ヴィヴィアンが反応する。
「何の前触れもなく、いきなり起きたっていう話だから難しいんじゃないかしら」
「そうか……」
そこへ老君が発言を行った。
『それでも幾人かの話から、また当時の記録が残る魔導頭脳から、情報を取捨選択し推測を交えて再構成すれば、多少は真実に近づけるものと愚考いたします』
「そうか。できるか?」
『やってみましょう』
そして数十秒の沈黙の後、老君は語り始めたのだった。
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本日8月26日(木)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
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20210826 修正
(旧)「ああ、素晴らしいわ。謎に包まれていた『魔導大戦』のベールが次々に剥がされていくわね。痛快だわ」
(新)「ああ、こうして、謎に包まれていた『魔導大戦』のベールが次々に剥がされていくわね。きっとこれは後の世への警鐘にもなることでしょう」
20230605 修正
(誤)多少は真実に近づけるものと愚行いたします』
(正)多少は真実に近づけるものと愚考いたします』
20260213 修正
(誤)主戦場であるデイナール王国西部、それにレナード王国中北部から疎開する人々が増えた。
(正)主戦場であるディナール王国西部、それにレナード王国中北部から疎開する人々が増えた。




