79-26 第2段階
アン、チェル、ハーンらは、次に工房見学をすることにした。
クゥプには2軒の工房があったが、1軒は見学させてもらえないようだったので、もう1軒へと向かう。
「こちらは直売所も併設しているようですね」
アンが言う。
工房の直売所では、魔導具類が一般の魔導具屋より2割引きくらいの価格で売られていた。
が、チェルのお眼鏡にはかなわなかったようだ。
「……ふん、たいしたものはないわね」
チェルのお嬢様役はハマりすぎているな、とアンは思っている。口には出さないが。
少し高飛車なところが、わがままなお嬢様っぽくて似合っている。
その言葉を聞いた工房の人間はいい気持ちはしなかったであろうが、一緒にいる護衛ゴーレム『ハーン』を見て、言われても仕方ない、と口をつぐんでいたのである。
* * *
早々に工房を出たチェルは、少し早いけれどお昼ごはんにしましょう、とアンに提案。
手近な食堂に入ってみる。
まだ午前11時台なので他に客はいなかった。
「この『おすすめ海の幸定食』にしましょうか」
「では、わたくしめも」
チェルとアンは『おすすめ海の幸定食』を頼んでみた。
15分ほど待って定食が運ばれてきた。
「美味しそうです」
「なかなかですわね」
白いご飯に焼きたてのハリブー(カレイ)、トレバー(アジ)のたたき、クルム(アサリ)の味噌汁、ホタテガイのバター焼き、お新香。
小さい食堂であったが、食材は皆新鮮で、味付けも悪くなかった。
「これで150トールですから安いですね」
「ええ、本当に。……このごはん、美味しいですわ」
〈お米、初めてですか?〉
〈ええ。700年前には流通していませんでしたから〉
〈これはミツホからもたらされた食材なんですよ。味噌もですが〉
〈そうなのですか。異文化交流は有意義なのですね〉
「焼き加減も塩加減もちょうどいいですわね」
「バター焼きも美味しいです」
〈このたたき、というのは生ですよね?〉
〈そうですが?〉
〈……大丈夫なのですか? あ、わたくしたちが、ではなく人間が〉
〈大丈夫です。こういう料理ですから〉
「お味噌汁、美味しいですわ」
「クルム(アサリ)もいいお味ですね」
〈この味噌も、と言いましたね?〉
〈はい。ミツホから〉
〈ミツホ……興味が出てきました〉
〈いずれ、行くことができるでしょう〉
〈だといいのですが〉
音声と超音波の両方で会話するチェルとアンである。
だがそれだけではなく、
〈ところで、チェルさん〉
〈なんでしょう?〉
〈お金の価値……といいますか、物価なんですが、700年前とあまり変わっていないと仰ってましたよね?〉
〈ああ、そんなことも言いましたね〉
〈当時は『魔導大戦』末期で、物資も欠乏気味だったと思います。なのに今と変わらないということなのですか?〉
〈確かにそれはちょっと不思議かもしれません。ですが、こうは考えられませんか? ……『魔導大戦』前はもっと物価が低かった。『魔導大戦』で物価が上がり、その後変動していない〉
〈それはあるかも知れませんが……〉
〈あるいは、この700年の間に、一度下がった物価がまた上がって今のようになった〉
〈……確かに〉
と、こんな話も交えていたりする。
* * *
そして食事後。
「お嬢様、これからどういたしますか?」
〈まだ見たいところはありますか?〉
「そうね……少し疲れたわ」
〈特に、もう見るところもなさそうですね〉
「では、海を見に行きましょうか?」
〈一旦『島基地』に戻りましょうか〉
そういうわけで、一行は三度『島基地』へと戻ったのである。
「チェルさん、クゥプを見て、どうでした?」
「そうですね……やはり少し衰退したようですね。……と言いますか、一度衰退してから再度発展しつつあるような印象です」
「それは正しいと思います」
というか、衰退は『二度』起きているわけである。
「……人類の再発展を願ってやみません」
チェルは真剣な面持ちでそう呟いた。
「そうですね。わたくしめのごしゅじんさまもそうお考えです」
「……やはり、お会いしたいですね」
そう言うチェルの表情は、先頃に比べ、だいぶ柔らかくなっている。
『拡張基底命令』のおかげだろうか、とアンは推測した。
そして、老君との事前打ち合わせで検討したことを口にする。
「チェルさん、老君から連絡がありまして、『デウス・エクス・マキナ3世』様がお会いしたいそうです」
「デウス・エクス・マキナ3世? ……聞いたことがあります。……会えるのですか?」
「はい。マキナ様はごしゅじんさまと兄弟弟子なのです」
「つまり、同じお師匠様に学んだ、ということですか?」
「そうです」
「もう少し、そのマキナ殿について聞かせてもらえますか?」
「もちろんです」
チェルの要望に応じ、アンはデウス・エクス・マキナ3世についての『設定』を説明したのである。
「なるほど、大体わかりました。そのマキナ殿はこの世界の軍事的なバックアップをしているわけですね」
「そう言っていいと思います」
「で、アンさんのご主人様は技術的なバックアップを」
「そうなりますね」
「そういうお方でしたら、是非お会いしてみたいですね」
「それでしたら、老君に連絡を取ってもらいましょう」
「お願いします」
そういうわけで、チェルたちはまずデウス・エクス・マキナ3世と会うことになったのである。
* * *
『そういうことになりました、御主人様』
「いいんじゃないか?」
当初考えていた路線と微妙にずれてきてはいるが、おおよその方向性は間違ってはいない。
『あのチェルさんの行動や判断は、これまでになかったものですね。私の予測確度が4.5パーセントほど下がっています』
「そんなにか」
老君なら、こうしたシミュレートは95パーセント以上の確度で一致するのだが、それが4.5パーセント下がるというのは大きい。
それだけ不確定要素が多いということで、チェルの独自さがわかろうというもの。
とはいえ、今現在は大分データが集まってきたので、今度はもっと予測の確度が上がるだろうと老君は言った。
「マキナは独自で『捜理協会』に潜入もしているしな。そうした情報の共有も有効だろう」
『はい、御主人様。しかもマキナは『アヴァロン』の特別顧問でもありますし』
「そうだったな。セルロア国王とも繋がりがあるし、いい人選だよな」
『はい』
こうして、『第2地下』の魔導頭脳と自動人形、ゴーレムに対する作戦は第2段階に入ったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210629 修正
(誤)「で、アンさんのごしゅじんさまは技術的なバックアップを」
(正)「で、アンさんのご主人様は技術的なバックアップを」




