79-20 話し合いとチェルの機能
『薬草の栽培室』から毒草の種を持ち出した輩に対し、白髪の自動人形、チェルは怒っているようだった。
「毒草の種を持ち出した者、ですか……『乗合自動車』で少しお話しした『捜理協会』に所属する、あるいは所属した者だと思われます」
「その根拠は?」
「『捜理協会』内で、その毒草から抽出したと思しき麻薬が使われているからです」
「なんですって? その種類はわかりますか?」
「『ファナ』だと思われます」
「あれですか……なんということを……」
チェルは唇を噛んだ。こうした仕草は非常に人間っぽい。
「使用法と用量をきちんと守らなければ、身体に害があるというのに……」
「あの、チェルさん、その『ファナ』の中毒になった場合の解毒薬というのはあるのでしょうか?」
「解毒薬はありません。ですが治療魔法はあります」
「それは?」
「解毒魔法『脱依存』です」
「どういう働きなのですか?」
「それはですね……」
チェルの説明によれば、麻薬依存症になった者の脳細胞に生じる欲求を『消す』ものだそうだ。
「『強制忘却』の派生でしょうか?」
「強制忘却をご存知?」
「はい」
「それはそれは。……確かに、その一種といえますね」
「やはり」
「これを使うと、麻薬による快感に対する記憶をなくします。正確には上書きしてしまい、『麻薬による快楽』を思い出せなくするものです」
「なるほど……でも、身体的なダメージはどうするのですか?」
「それこそ、通常の『治癒魔法』とリハビリで治します」
「わかりました」
ここに来て、非常に有益な情報を得ることができた。
中毒患者の『依存』を消去する魔法があるということは朗報である。
「もう少し詳しく言いますと、『依存症』を発症している人の脳の中の『快楽物質』を欲している部分は非常に活性化しているので、ピンポイントで消去することができるのです」
「よくわかりました」
チェルはかなり有益な知識を持っているようだとアンは判断した。
おそらく魔導大戦末期において、追い詰められた人類が編み出した技術の数々を。
「その他に、『暗示』系統の魔導具を所持しています」
「暗示? 魔導具?」
「はい」
「それもここから持ち出したのですか?」
「そのようです」
「……まったく……。セキュリティはどうなっているのでしょうね……と言っても、魔導頭脳が未設置なのでしたか」
溜息をつくような動作をした後、チェルは再び口を開いた。
「『暗示』を使えるようになる魔導具ですね?」
「そうだと聞いています」
「それは、ここに避難した人の不安を鎮めるためのもののはずです。それを悪用しているのですか……」
「残念なことですが」
「ええ、『人間』にもいろいろいる、ということは知っていましたが……やはり残念です」
「そうですね。……『魔導大戦』時にもいたのですか?」
「いましたよ。……軍の中でも軋轢はありましたし、技術者同士でも足の引っ張り合い、とか」
苦笑いを浮かべるチェル。
「でも、それも含めて『人間』なんだと認識しておりますよ」
「確かにそうかも知れませんね」
チェルの主張は、アンにも理解できるものであった。
「それはそれとして、ここの施設から『ファナ』の種子と『暗示』の魔導具を盗み出した者は捕まえなくてはなりませんね」
「それが過去のことで、犯人はもう没していても、ですか?」
「その場合は盗品の回収ですね」
「種子も、ですか?」
「いちいち突っかかりますね、あなたは。……きちんとした指導のもとに使用されていない『ファナ』は全て回収、あるいは焼却しなければなりません」
人の手に残しておくわけにはいかない、とチェルは言うのだった。
* * *
『ふむ……かなりデータが集まってきましたね』
仁が眠っているので、老君は一人思索にふけっている。
『あのチェルさんは……素直ではないですねえ』
態度と口調と本心が乖離している、と老君は分析していた。
仁なら『ツンデレ』と言ったであろうか。
『それならそれで、対処法はありそうですね』
老君はしばし黙考し、その後アンに連絡を取ったのである。
* * *
「チェルさんを作ってくださった方って、どんな人だったのですか?」
「わたくしの製作者様ですか……若い技術者で、『アーノルト』様とおっしゃいました」
「アーノルト様ですか。どんな方だったのでしょう」
「お若くて……茶色の髪を短く刈り上げていらっしゃいました。お身体はあまり丈夫ではないようで、痩せ型でしたね」
「そうなのですか」
「わたくしを初めて起動してくださった時に、『チェル』という名前を付けていただいたのです」
「よかったですね」
「……アンさん、あなたは、量産機種でしょう?」
「この青髪でわかりますよね。はい、そうです」
「でも、今の性能は途轍もないものになっていますよね?」
「よくおわかりですね」
「ええ。あなたが変換している自由魔力素の量からの推測です」
どうやら『チェル』は自由魔力素の流れを感知できるようだ、とアンは悟った。
「あなたの動力系統は、おそらく……『ハーン』よりも上でしょう」
「なっ!……そんなことが?」
珍しく『ハーン』が言葉を発した。
アンが案内を始めてから、会話は全てチェルに任せていたのだ。
「わたくしは、動力性能は低いですが、その代わりにサポート機能が充実しています。自由魔力素の流れや魔力波などを感知する機能もその1つです」
それによれば、ほぼアイドリング状態にあるアンの動力系は、即座に『ハーン』以上の出力を出せるはずだ、とチェルは言った。
「どうなんでしょうね……わたくしめにはハーンさんの実力がわかりませんから」
「……そうですか。でもいつか、手合わせをしてみるのも面白いかもしれませんね」
「その時はお手柔らかにお願いします」
チェルの物言いを冗談と受け流し、微笑むアンであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210623 修正
(誤)「ようわかりました」
(正)「よくわかりました」
(旧)0秒フラットで『ハーン』以上の出力を出せるはずだ、とチェルは言った。
(新)即座に『ハーン』以上の出力を出せるはずだ、とチェルは言った。
20210714 修正
(誤)アルノート
(正)アーノルト
2箇所修正。




