78-05 移籍
2月9日になった。
外は曇り、寒い朝である。窓には窓霜がびっしりと付いた。
が、ニドー邸の中は空調がなされ、快適である。
朝食も済み、ゆったりとした時間が流れるニドー邸……に、来訪者があった。
ヨヒア子爵である。侍女頭のイェニーも付いてきていた。
応接室でダイキは子爵と対面する。
「アポイントもなしの来訪、申し訳なく思います。ですが、『審議会』で決まった、事故処理に対する謝礼を持ってまいりましたので」
ニドー伯爵の友人も滞在中ということなので、帰ってしまわれないうちにやって来た、と子爵は説明した。
「律儀だな。期日は特に定められていなかったのだから、もっと後でもよかったのだが」
「いえ、それでは申し訳が立ちません」
「わかった。……ジン殿も呼ぼう」
礼金を受け取るのは仁もであるから、ダイキは仁も呼ばせたのである。
「ヨヒア子爵閣下、ご無沙汰しております」
ルビー102に案内され、仁が応接室にやって来た。
ヨヒア子爵は立ち上がって仁に礼を行う。
「おお、ジン殿とおっしゃいましたな。その節は、お世話になりました」
きちんとした人物のようで、事故当時は気が急いていたのだな、と仁は感じた。
「いえ、済んだことです。それにこうして礼金をいただければ、もうこちらから言うことはございません」
「いえいえ、その上、メルツェ様をお助けいただいたことも聞き及んでおりますぞ」
「できることをしただけですよ」
「ご謙遜ですな。……ニドー伯爵閣下はよいご友人をお持ちで羨ましい限りですよ」
「いや、なに」
そんな外交辞令めいたやり取りの後、ヨヒア子爵は、
「メルツェ様にもご挨拶したいのですが」
と言う。
特に断る理由もないので、ダイキは再びルビー102にメルツェを呼びに行かせた。
2分ほどでルビー102はメルツェと共に戻ってくる。
「おおメルツェ様、ご健勝そうで何よりです」
「え、えっと、ヨヒア子爵様、そ、その節は、お世話になりました」
「いえいえ、何の。……ニドー伯爵、1つ提案があるのですが」
「何かね?」
「このイェニーを、メルツェ様がいらっしゃる間だけでも、こちらで使ってもらえませんか?」
「え?」
「イェニーは、メルツェ様のご母堂と友人でした。メルツェ様のこともよく知っております」
「なるほど、メルツェ殿の数少ない知人だったな」
ダイキはここで少し考えた。
確かに、この屋敷にはメルツェが気を許せる者が少ない。
ルビーナは客人であり、いずれ帰ってしまう。ならば……。
「メルツェさん、どうですか? あなたがそうしたいなら、イェニーを雇い入れたいと思いますが」
ダイキはメルツェの気持ちを聞くことにした。
「ええと……わ、私は、イェニーさんがいてくださると、嬉しい……です」
「そうか。それではヨヒア子爵の厚意に甘えることとしよう」
「おお、光栄です。……イェニー、頼むぞ」
「はい、旦那様」
そういうわけで、いろいろ協議した結果、向こう1年間……メルツェが身の振り方を決めるまで……イェニーはニドー伯爵家で働くこととなった。
待遇はメルツェ付きの侍女。
ニドー家にはもう400年も働いている5色ゴーレムメイドがいるので、メルツェ専属になってもらったのだ。
それでは仕事が少なすぎるとイェニーがぼやくので、手が空いている時は色々と手伝ってもらうということになった。
特に食事については、ゴーレムメイドたちの知らないレシピを知っているので、いろいろ教えてくれることになった。
もちろん、ニドー家のやり方で有益なものはイェニーに教えることになる。
* * *
「こほん、では……イェニーと申します。皆様、1年間、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む」
「イェニーさん、よろしくおねがいしますね」
まずは家長であるダイキとココナに対し、主従の礼を行うところからだ。
「メルツェお嬢様、よろしくお願いいたします」
「え、え? お、お嬢様?」
今までは『メルツェさん』と呼んでくれていたイェニーが『お嬢様』呼びをしたもので面食らうメルツェ。
こればかりは仕方がない。主従の線引はきちんとしなければならないのだから。
それから、仁やエルザもダイキとココナの友人として挨拶を行う。
その後、ゴウも呼ばれ、紹介された。
「若様、どうぞよろしくお願いいたします」
「わ、若様!?」
「若旦那様、の方がよろしいでしょうか?」
「え、えっと……」
呼ばれなれていないゴウにとってはどっちも好ましくない……のを察したイェニーは、
「では、ゴウ様、とお呼びいたしますね」
と言い直したのである。
「あ、うん、そうしてください」
それで、ゴウもまあほっとしたのであった。
(イェニーって、杓子定規な堅物じゃあなさそうだな)
そうしたやり取りや仕草を見ていると、整った中にも柔らかみが感じられるので、仁はこの分ならこの屋敷に馴染めそうだなと思ったのである。
* * *
そのイェニーは3868年生まれなので今年34歳。
メルツェの母ゼルマとは、宮城で働き出したときからの友人同士だったのだ。
元々、皇帝家の年少の皇子・皇女の世話をするため、年若い侍女・侍女見習いを募集したとき、13歳で宮城に上がり、後宮勤めになったときの同期なのだ。
その後メルツェの母ゼルマは時の皇帝ヴァンフリートに気に入られ、彼に仕えるようになった。
そしてイェニーは、他の多くの侍女見習いたちと同様、貴族の家に奉公することになる。それがヨヒア子爵家であった。
侍女見習いから、宮城で皇帝家に仕えられる侍女になれるのはごく一部なのだ。
だからといってイェニーの侍女としての能力が劣っていたわけではない。
単に容姿の好みで振り分けられただけである。
当時の皇帝家の子供たちは金髪碧眼の侍女を好んだようで、イェニーは、焦げ茶色の髪、茶色の目。中肉中背だがプロポーションはよい。
またゼルマは栗色の髪、鳶色の目。イェニーと背は同じくらいだが、やや痩せ型であったという。
性格は温和で、面倒見がいいので、ヨヒア子爵家の侍女教育は非常に良好であった。
そのため30代で侍女頭になったわけである。
しかし。
「……ゴーレムの侍女がこんなにすごいとは思いませんでした」
力は人間の数倍あり、力仕事も楽々こなす。
同時に、触覚を有するため人間以上に精密な動作もできる。
睡眠・食事を必要とせず、24時間働き続けることができる。
人間離れした……実際人間ではないのだが……記憶力を持ち、膨大な知識を有する。
当然荒事にも対応でき、並の警備兵よりも頼りになる。
等、等、等。
イェニーの奮闘はこれからである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は『蓬莱島の工作箱』も更新しております。
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お楽しみいただけましたら幸いです。
20210430 修正
(誤)当時の皇帝家の子供たちは金髪碧眼に侍女を好んだようで
(正)当時の皇帝家の子供たちは金髪碧眼の侍女を好んだようで
(誤)「若旦那様、の方がよろしかったでしょうか?」
(正)「若旦那様、の方がよろしいでしょうか?」
20210501 修正
(誤)待遇はメルチェ付きの侍女。
(正)待遇はメルツェ付きの侍女。




