77-15 洞察
ルビーナは『ナイルⅤ改』に『奥の手』を使うように指示を出した。
それにより、それまで仁の『ルフト1』に背後に付かれていた『ナイルⅤ改』だったが、一瞬空中停止したかのように速度を落とした。
「!?」
実際は飛行速度が急激に落ちただけであるが、高速戦闘の最中では停止したように見えたのだ。
「ほう、エアブレーキか」
主翼上面や胴体側面の外板の一部を開き、機動ではなく空気抵抗によりブレーキを掛けたのである。
だが、時速700キロでのそれは、可動部分に途轍もない負担を強いることになる。
数秒間は持ちこたえたエアブレーキであったが、ついに風圧に負け、折り畳まれてしまう。
それでも最終的な速度は時速300キロほどまで落ちた。
これにより、背後に付いていた『ルフト1』は『ナイルⅤ改』をあっという間に追い越して行ってしまった。
競技場のルールにより『力場発生器』を使えないため、礼子の反応速度をもってしても防げなかったのだ。
「ここ!」
追い越していく『ルフト1』目掛け、『ナイルⅤ改』の光線銃が放たれた……。
……が。
「ルビーナさん、やりますね。ではこちらはこう対処します!」
礼子はルビーナが思いもよらなかった方法で攻撃をかわした。
すなわち、最高加速を掛けたのである。
その速度は時速800キロを超え、900キロに迫る。
時速300キロの『ナイルⅤ改』との相対差は時速600キロ、秒速にしたら167メートルだ。
それは3秒で光線銃の射程外に出てしまう速度。
トリガーオンから光線銃発射までのタイムラグは1秒。
つまり2秒以内に照準を合わせ、トリガーをオンにしなければいけない。
『ナイルⅤ改』の操縦ゴーレムが礼子の戦法に気づくまで0.2秒。
急制動により暴れる機体を安定させるのに1.1秒。
照準合わせに0.7秒。
なんとか2秒以内に光線銃を発射することに成功した……が。
「そんな! 計算値以上の加速度!?」
既に『ルフト1』は『ナイルⅤ』の射程外に離脱していたのだった。
時速300キロにまで速度が低下した『ナイルⅤ』。再び時速700キロにまで加速するには数秒掛かる。
その数秒で礼子が操る『ルフト1』は大きなループを描き、加速中の『ナイルⅤ』を急襲したのだ。
必死のジンキング(上下左右に機体を小刻みに動かす機動)で被弾を避ける『ナイルⅤ』。
だが再び主翼に被弾判定が出てしまった。
評価は『小破』。
これで2箇所目だ。『小破』3回で『中破』、『中破』3回で『大破』判定となる。
「ジン様の『ルフト1』の急激な加速の秘密も気になるけど……今は少しでも被弾を避けつつ速度を上げないと……!」
そのために手っ取り早いのは『降下』だ。
物理学的に言えば『位置エネルギー』を『運動エネルギー』に変えることになる。
高度3000メートルから急降下し、重力に手伝わせて速度を上げていく『ナイルⅤ』。
『ルフト1』もそれを追いかける。
最初のうちは『ルフト1』の方が圧倒的に速かったが、次第にその差は小さくなっていく。
これは『ナイルⅤ』が『リミッター解除』も併用して速度を上げたことと、『ルフト1』側は速度上昇を重要視せず、加速も抑え気味だったことによる。
多少の速度差はいいが、あまりに差が大きいと、かえって攻撃しづらいということも起きるのである。
高度1000メートル付近で『ナイルⅤ』は水平飛行に移った。
速度は時速600キロを超えており、ドッグファイトをするにしても十分な速度だ。
今、仁の『ルフト1』はルビーナの『ナイルⅤ』にぴったりと追従している。
それを振り切ろうと『ナイルⅤ』は水平旋回に入った。
『ルフト1』もそれに続く。
旋回を1回半行ったところで『ルフト1』は急上昇を行った。
そのまま弧を描いて下降に移る。
『ウイング・オーバー』という機動だ。
「うそ……」
後ろからでなく上から狙われると、被弾面積が大きい。
『ナイルⅤ』は『中破』判定を2発受けてしまった。
「どうしてあの軌道で速度が落ちないの!?」
『ルフト1』も、自分の『リミッター解除』のようなものを使っているのかと思ったが、そうではないらしい。
だが。
「……何、あれ」
ルビーナは、『ルフト1』の噴射口から白い飛行機雲が発生しているのを見た。
「飛行機雲が、なんで……」
ルビーナの『ナイルⅤ』からは発生していない。
飛行機雲の発生メカニズムには2とおりある。
1つは、排気ガスが元となるもの。寒い日に吐く息が白くなるようなものだ。
もう1つは、飛行機が飛んだあとの負圧……圧力が低くなった部分が急速に冷却されて水分が凝結したもの。
そして、空気が乾燥している時は、発生した飛行機雲はすぐに消えてしまう。
そこまでは、『オノゴロ島』での教育と飛行機実験での経験からルビーナは知っていた。
だが、今『ルフト1』が引いている飛行機雲は……?
「もしかして、水分を噴射している?」
洞察し、そう結論したルビーナ。
そしてそれはほぼ正解であった。
ロケットエンジンでは、推進力を増すためにより重い粒子を噴射する、という方法がある。
SF小説では噴射剤にビスマスを使う描写も出てきたりしている。
それと同じように、『ルフト1』の『魔法型噴流推進機関』でも、空気だけでなくより重い粒子である水分子を噴射することで推進力を増加していたのである。
ルビーナは飛行機雲を見ることでそのことに気が付いたのであった。
「空気を圧縮するんじゃなく、水を使ったのね……」
水タンクを持っているのか、それとも空気中の水分を『凝縮』で集めているのかはわからないが、ルール違反ではない。
「さすが、ジン様だわ……」
その仁の『ルフト1』はさらなる『宙返り』を行った後、『ナイルⅤ』の背後を取って『中破』判定をもぎ取った。
それでルビーナの『ナイルⅤ』は『中破』3つを取られ、合わせて『大破』判定となり負けが確定したのであった。
* * *
『ルビーナ機『ナイルⅤ』、大破判定! ジン様の『ルフト1』、勝利です!』
アナウンスに観客が沸いた。
大歓声の中、『ルフト1』と『ナイルⅤ』が着陸する。
『ルビーナ嬢も大健闘してくれました。今一度、お2人に拍手を!』
そのアナウンスに、再度割れんばかりの歓声と拍手が起こったのであった。
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20210323 修正
(誤)実際は飛行速度が急激にに落ちただけであるが、
(正)実際は飛行速度が急激に落ちただけであるが、




