76-15 記念品
「『賢者』殿とその奥方、アドリアナ・ティエラ殿についてです」
『森羅』のベリアルスはそう言い、列席者の顔を見渡した。
「『賢者』殿は広く知られておりますが、その奥方につきましては本日初めて耳にしました。おそらく皆さんもそうでしょう?」
「うむ」
「初めて知りましたな」
知っていた、と答える者はいなかった。
「そこで私は、アドリアナ・ティエラ殿にも何か称号を贈りたい、と思うのですよ」
「なるほど、お気持はよくわかりました」
「ちょうど、ここには既知世界の有力者が勢揃いされております。この場で決めたとしても、どこからも文句は出ないでしょう」
「確かにそうですな」
「異議はありませんわ」
「……ということです、ジン殿」
「わかりました。で、ベリアルス殿は何か腹案がおありなのですか?」
「ええ。まず、『賢者』というのは単数形でしたね?」
「そう聞いております」
「で、複数形は『賢者』だったと記憶しております」
「確かに」
「そこでまず、『賢者夫妻』を『マギ』とお呼びするのはいかがでしょう」
工学魔法に関する用語にも『マギ』を冠するものが多い。
その上で、単に『マギ』と呼んだ場合、『賢者夫妻』を指すというのはどうでしょうか、と『森羅』のベリアルスは言ったのだった。
「私はいいと思います」
まず仁がそう答えれば、招待客も次々に同意する。
「私も異議はありません」
「よろしいと思いますわ」
反対意見は出なかった。
蛇足ながら、地球において『Magi』(マギ、Mは大文字)はキリスト誕生時に訪れた東方の三賢人を指す。
Mが小文字になると、人知を超える知恵や力を持つ存在を指す言葉となり、英語のマジックなどの語源になったという。
閑話休題。
次に、アドリアナ・ティエラに対する呼称をどうするかとなる。
『賢者』が古語なので、対する奥方の呼称も古語にしたいのだが、居並ぶ面々も、古語については詳しくなかった。
そこで再びベリアルスに問いかけることになる。
「ベリアルス殿に何かいい呼称はありますかな」
「ありますが……」
「ぜひお聞かせください」
「……では。ええ、『賢者』に対し、『智者』というのはどうでしょうか」
「おお、いいですな」
「異議なし」
「情けないが、我々では思い付けませんからな」
「……よろしいのですか?『賢者夫妻』に続いて『智者』までも私の案で?」
「もちろんですよ」
「いいものはいい。相応しいものに文句をつけることはいたしません」
そういうわけで、アドリアナ・ティエラのことは今後『智者』と呼ぶことになったのである。
* * *
「あの、この記念館に飾られている絵は、皆同じ絵描きさんのものでしょうか?」
これは『アヴァロン』最高管理官秘書、フィオネ・フィアスからの質問。
「え、あ、そうです」
「やっぱり、そうですよね。タッチが同じですもの。……作者の方についてお教えいただけませんか?」
「ええと、作者の方からの希望で、秘匿することになっておりまして」
事前にヴィヴィアンとも話し合って決めておいたことである。
「そうですか、ちょっと残念です」
名前だけが知られていて正体不明、という芸術家はいる。
つまり、正体不明として神秘性を増すという意図を持った芸術家というものは一定数いるので、この設定はそれほど異様なものではなかった。
* * *
「ええと、入場料? 入館料? はどうされるのですか?」
「大人100トール(1000円)、13歳未満50トール(500円)、7歳未満無料、としようかと」
要は小学生は半額、未就学児童は無料というわけである。
小学校や幼稚園という制度がないのでこうなったのだ。
「なるほど、それくらいが妥当かもしれませんね」
これもまた『ミツホ』のアタル・ムトゥ。
大半の招待客は金銭感覚が一般庶民とは乖離しているのであまりその意見は参考にならなそうだと仁は思っていたのである。
その点、貴族制度のない『ミツホ』の人の意見・感想は貴重であった。
* * *
「来館記念品、のようなものがあってもいいのではないでしょうか?」
そんな意見も出た。
「ああ、いいですね。入館料と引き換えにチケットを渡すつもりですが、そのチケットを多少豪華にして、絵柄を月毎に変えるとかしてもいいかもしれません」
毎月来館してコンプリートしようとする者も出るかもしれないな、と仁は思った。
「それ以外にも来館記念メダルを販売しようかと思っています」
イメージは、かつての『技術博覧会』で『ミニ職人』がデビューした時に配ったメダルだ。
「真鍮か青銅、あるいは白銅で作って、来館日とか名前を刻印できるようにしたらどうでしょう」
「おお、それはいいですなあ」
「欲しくなりますよ」
「……試しに作ってみましょうか」
そばにいたゴーレムメイドに指示を出し、真鍮板を取り寄せた仁は、工学魔法を使用した。
「『分離』『変形』」
「おお!」
「『魔法工学師』の妙技を、久しぶりに見ましたな」
「なんともはや、凄まじいの一語ですな」
50個あまりのメダルを一気に作ってしまった仁。
そしてそこに招待客の名前を入れていく。
最後に『安定化』を掛け、酸化・硫化から保護する。
「どうぞ、本日の記念に」
「おお、これはありがたい」
「嬉しいですね」
「家宝にします!」
ゴーレムメイドに渡し、各自に配ってもらう仁。
「この絵は何ですかな?」
表側には記念館の外観が、そして裏面には……。
「折り鶴ですよ」
「折り鶴?」
「ええ。かつて『賢者』が愛娘アドリアナに贈った、と聞いております」
そう言いながら仁はゴーレムメイドに紙を持ってきてもらい、折り鶴を折っていく。
「こういうものです」
「おお!」
「紙でこのような立体が……」
「……やはりあの伝説は本当だったのですね……」
ミツホの3人だけは『折り紙』を知っており、『賢者』が折った、ということも薄々知っているようだったが、他の面々は素直に驚いてくれた。
「『アドリアナ記念館』のマークはこれにしようと思います」
「おお、いいですね」
「そういう謂れがあろうとは」
招待客の反応を見てそう決めた仁は、玄関ホールにも折り鶴を飾り、謂れを記しておこうと決めたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210219 修正
(誤)「ええと、入場呂? 入館料? はどうされるのですか?」
(正)「ええと、入場料? 入館料? はどうされるのですか?」




