76-06 賢者の部屋、初代の部屋
「年代は不明ですが、『賢者』シュウキ・ツェツィ殿は、アドリアナ・ティエラという女性を配偶者に迎えます」
仁の説明は続く。
「アドリアナ・ティエラさんは、卓越した魔導士だったようです」
「ふむ、そうした方と『賢者』様の知恵が1つになって、魔法技術の発展が促進されたわけですな?」
「仰るとおりです。工学魔法の基礎を築き上げたのは間違いなくアドリアナ・ティエラさんの功績ですから」
説明しながら、仁は壁に掛けられた説明書きを指差す。
「ここに簡単に記しましたが、アドリアナ・ティエラさんは、魔法を分類し、体系的にまとめ上げたのです」
「ふうむ、なるほど」
列席者は、ミツホの3人を除き、大なり小なり魔法を使えるため、興味深そうに説明書きを見つめた。
「属性に分類したのも彼女が最初だと思います。もちろん、今とは多少異なった部分もありますが」
「いやいや、わかりやすい。最初期にこうした考えを持てたというのは、やはり夫君である『賢者』殿のアドバイスなのだろうか?」
来賓の中でも魔法技術系の人々が特に感心している。
「『賢者』殿にこうした伴侶がいらっしゃったということは初めて知りましたよ」
「さすが3代目魔法工学師、そうした資料も残っていたのでしょうなあ」
「ええ、まあ」
埋もれていた資料に断片的なことが書かれており、それを可能な限り補完してまとめ上げた、と仁は説明した。
「なるほど、それでは年代のような数値に関する情報が少ないのも無理はありませんな」
まあまあその説明で皆納得してくれている。
仁が、こうした情報をもつ唯一の人物であることを知っているが故であろう。
「『賢者』殿は、『科学』を説いて回ったようです。ですが、まだまだ当時の人たちには受け入れ難かったようで、定着しませんでした」
「ううむ、なるほど。魔法に慣れ親しんだ生活で、いきなり科学を理解して応用しようというには、人々は未熟だったのですな」
「……今もまだ、人は未熟だと思えますがね」
仁が説明する『賢者』の足跡にも、紆余曲折といえるような停滞や回り道がある。
「人は、急激な変化を受け入れがたい生き物なのだと、そう思いますよ」
「うむ……確かにな」
さすがにこの招待客の前で、特に支配者層は……とまでは言わなかった仁である。
「これまでの生活を変えるということには、多かれ少なかれ、抵抗が生まれるものです。『賢者』殿は……少しだけ、急ぎすぎたのかもしれません」
仁は、かつて派遣先で味わった苦い思い……よかれと思って行った職場の改善を、誰も歓迎してくれず、むしろ迷惑と陰で囁かれていたこと……を思い出してしまった。
「ふむ、そうかもしれぬな」
「残念なことだ……が、我々も心せねばならぬな」
「受け入れられなければ、どんなに素晴らしい改革も意味がない」
「まことに。となると、我らが注意すべきことは……」
『賢者』の過去に、為政者たちは考え込んでいた。
そんな中、タイミングを見計らって仁が説明を再開する。
「1つだけ、忘れないでいただきたいことがあります」
「む、ジン殿、それは?」
「……『賢者』シュウキ・ツェツィ殿は、人々の笑顔を守りたいという想いで、諸国を巡ったということを、です」
「笑顔を守りたい……ですか」
「そうです。人々のほんのささやかな幸せ。毎日の暮らしの中で、笑顔を浮かべられるような、そんな世界を夢見て」
人々の幸福を、とか世界平和を、というようなお題目を掲げたのではなく、小さな一歩から始まる、長い道。その基礎を作り上げたい、と『賢者』は世界を回ったのだろうと仁は説明を結んだ。
「そうか、そういう意味か」
「1代で成し遂げられるとは思っていなかった、というわけですな」
「基礎を築き、次代へ繋げる……そこまで考えて……さすが『賢者』様」
仁の説明は、列席者に何かを考えさせるくらいのことはできたらしい。
そしてそれは同時に、焦るな、一歩一歩確実に進め、という自らへの戒めでもあったのだ。
(……400年前に築き上げたと思ったものは砂上の楼閣だったしなあ……)
『魔法連盟』という大波に崩されてしまった砂の城。仁はかつての所業をそう形容し、反省していたのだった。
* * *
「それでは、次へ行きましょう」
『賢者』の部屋から東に通じるドアを開け、隣の部屋へと一行を案内する仁。
「『アドリアナ・バルボラ・ツェツィの部屋』です」
『アドリアナ記念館』は『凹』の字を上下逆さまにした平面形をしている(北側がまっすぐで、南側がコの字の開口部)。
その東側部分全体がアドリアナ・バルボラ・ツェツィ関連の展示室となっていた。
「3つに分かれておりまして、おおまかに『前期』『中期』『後期』となっています」
仁がまず案内したのは『前期』の展示室である。
「『初代』の前期、つまり『成長期』とも言えますね。……具体的には今の『ノルド連邦』に渡っていた時期になります」
「ほほう」
「そこに伝わる『古代遺物』を研究し、解析し、その技術を己がものとするために、初代は数年を費やしたようです」
「ふうむ……」
具体的な年数は曖昧にしておく仁。
あまり詳細すぎると、ごまかしができなくなるからだ。
「『魔導監視眼』と『魔導投影窓』や、ゴーレムを解析し、その技術を吸収していったようです」
そこの陳列ケースには、当時アドリアナ・バルボラ・ツェツィが解析したと思われる『古代遺物』のレプリカが並んでいた。
それらの元になった『古代遺物』は、もちろん仁が『ノルド連邦』で見せてもらったもので、見学している『森羅』のベリアルスも承知のものである。
「そしてまた『初代』は旅に出ます」
そう言いながら仁は、展示してあるゴーレム(のレプリカ)の前に立つ。
「当時『初代』が連れていたゴーレムのレプリカです。男性型がMー002と003、女性型がFー002と003です」
「ほほう……」
「1400年も前に、これだけのものを……」
感心する技術職の人々。
更に仁は、説明を続ける。
「こうしたゴーレムを連れていたという記録は『ノルド連邦』の人々に見せていただきました」
「ほう? ……なるほど」
『北方民族』が長命なことは周知の事実であり、ゆえに同じ年月でも重ねる世代数が少ない。
それはつまり、伝承がより元に近い形で残っているということでもある。
「記録を後世に残す、というのも重要な仕事なのですな」
「文化文明の伝承……ううむ、やるべきことは多い……」
為政者たちはまたも少し考え込んだのである。
そしてそれは、仁にとって歓迎すべきことでもあった。
これから先、過去の失敗を繰り返したくないという思いは、人一倍強いのだから……。
いつもお読みいただきありがとうございます。




