76-05 黎明の部屋
玄関ホール奥の特別展示室の壁には、縦1メートル横140センチほどの絵が10枚掛けられている。
内容は初代魔法工学師、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの生涯だ。
左から右へ眺めていくと物語風に追えるようになっている。
説明書きを書いたのは仁と礼子とヴィヴィアン。それを老君が推敲してくれていた。
「まず、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの前の代ですね」
「前の代?」
「そうです。……ミツホの方なら皆さんご存知の、『賢者』シュウキ・ツェツィ殿です」
「おお! この方が『賢者』様なのですな」
「こういうお姿……いや、半ば想像なのでしょうが……イメージどおりですな」
「『賢者』様についても知ることができるとは……嬉しい驚きです」
感激の声を上げたのはもちろん、ミツホから来た現首長アタル・ムトゥ、世界会議ミツホ代表テイン・ミヤベ、統括技術管理官コウキ・カトウの3人である。
「まず1枚目……若きシュウキ・ツェツィ殿……まだ『賢者』と呼ばれていなかったころですね。隣りにいるのは彼の伴侶、アドリアナ・ティエラさんです」
「ティエラ? バルボラではないのですね?」
「はい。『初代』はシュウキ殿のご息女なのです」
「ほほう……」
「納得できるお話ですね」
養女であることは説明しない仁であった。
「2枚目……『賢者』と呼ばれるようになったシュウキ・ツェツィ殿とお弟子さんたち、それに幼いアドリアナ・バルボラ・ツェツィですね」
「ティエラ殿は?」
「亡くなっているんです」
「なんと、そうでしたか」
「『賢者』シュウキ・ツェツィ殿は、幼い『初代』を連れ、各地を回られました」
「なるほど」
「3枚目は少し成長した『初代』と、教育者としての『賢者』シュウキ・ツェツィ殿です」
「ふむ、教室を開き、お弟子さんたちを取っていたわけですね」
「この頃はまだ旧レナード王国もあったのですね」
皆、興味津々のようで、絵や説明書きを読み返している。
「4枚目は『賢者』殿が没した後、独り立ちする『初代』です。『賢者』殿は没する前に、アドリアナに『魔法工学師』の称号を贈ったようです」
あえて場所については言わない仁である。
そして列席者も特にそこを突く質問はしてこない。
昔のことなので、はっきりしていないのだろうと思っているのだろう。
「5枚目は北の地……今でいう『ノルド連邦』を訪れたアドリアナ・バルボラ・ツェツィです。かなり長いこと滞在したようで、そこにあった『古代遺物』を研究し、さらに実力を付けたということですね」
「ほほう……我が『ノルド連邦』を……なるほど」
「それで伝説が残っているのですね」
「我々の祖先が初代魔法工学師の実力を底上げしたということですね」
『ノルド連邦』から来た3人は感慨深そうであった。
「6枚目は各国を遍歴しているところです。訪れた先で『賢者』殿のように弟子をとって、後進を育てていました」
「おお、そうだったのか」
「……しかし、なぜ、そうした業績があまり残っていないのだろう?」
「7枚目を御覧ください。……教会が初代を勧誘に来たといいます。……『魔法は神からの恩寵である。魔法が使えるということは祝福されているということ。裏を返せば魔法が使えない者は神に見放されている証拠である。だから、魔法を使えない民を必要以上に助けるのは神の御心に逆らうことである』……という、とんでもない理論で」
「……ひどいな」
「自分たちだけがよければそれでいいという、ねじ曲がった欲望を感じますね」
「8枚目では、そうした世の中を避け、西へ向かい、今でいうミツホに到着します。そこで初代は『賢者』殿を覚えていた人々に歓迎され、20年ほどを過ごしたようです
「おお!」
「そういうわけで我が国に『魔法工学師』の足跡が残っているのですな!!」
ミツホからの3人は大喜びである。
「9枚目では、ミツホを去った初代が、もう一度諸国を訪問する様子です。すると、教会系の魔導士が幅を利かせていたり、魔法を使えない庶民は虐げられていたりしました。また、ゴーレムが雇用を奪い、失業者が溢れている国もありました」
「……」
「……どう考えても、それは失政であろう」
「同感ですな。ただ普及だけさせた指導者層こそ咎められるべきです」
「さよう。ミツホではそうしたゴーレムに頼りすぎることなく生活していたはずですから」
「……自分の考えでは、ゴーレムが貧困を生み出した、という間違った考えが広がり、初代の業績が闇に埋もれたのではないかと考えます」
「うむ、その可能性はあるな」
「もちろん、それだけではないでしょうけれど、反省点は多いですわね」
この点については、各国首脳も考えさせられたようである。
その様子を見て、この特別展示室を作ってよかった、と仁は思ったのであった。
「最後の10枚目は、隠遁する初代です。この時点で、礼子の原型である『おちび』が作られたようです」
どこに隠遁したかは秘することにいたします、と仁は念を押した。
私生活そのものは初代魔法工学師としての業績とは別の事柄ですから、と仁は言った。
そして『賢者』シュウキ・ツェツィの墓所についても同様、と言った。
「うむ、ジン殿、『賢者』殿と初代殿の足跡、よく教えてくださった。色々考えさせられる内容であったよ」
「まったくですな。ジン殿、我らも阿呆ではない。同じ轍を踏んで、貴殿に去られるような愚を犯す気は毛頭ない」
「左様左様。『墓所』に関しても、貴殿が管理してくれればそれでいいと思う。観光地ではないのだから」
「まさに『黎明の部屋』。堪能させていただきました」
仁の言葉に、各国首脳は理解と賛意を示してくれたのであった。
その言葉を聞いて、エルザと礼子もまた、ほっと胸を撫で下ろしていた。
* * *
「では、次の部屋へ行きましょう」
一同の興奮が少し収まるのを待ってから、仁が声を掛けた。
「今度は黎明期の展示場です」
そして向かって右隣の部屋へ。特別展示室に比べ、こぢんまりした部屋である。
「『賢者』殿の部屋です」
「おお!」
嬉しそうな声を上げたのは、やはりミツホの人々である。
「『賢者』殿の足跡と功績を、可能な限りまとめてみました」
「そのようですな。……ふうむ、さすがに生国はわかりませんか」
「残念ながら」
正面の壁には、『賢者の足跡』として、世界地図上に、その辿った道筋が記してある。
出身地は不明。それも当然、彼が生まれ育ったのは仁と同じであろう地球の日本なのだから。
そうした、公開できない情報をうまく隠しつつ、歴史に現れた足跡を表示してあるのだ。
「なるほどなるほど……こういうルートで世界を巡られ……我がミツホにもいらしたのですなあ」
「大勢のお弟子さんたちを教え導き……ゆえに『賢者』と……」
もちろん、ぼかすべきところはぼかしてはいるが、それなりに正確な情報が記されている。
招待客たちは興味深そうに地図に見入るのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210209 修正
(誤)「こういうお姿……いや、半ば想像なのでしょうが……イメーどおりですな」
(正)「こういうお姿……いや、半ば想像なのでしょうが……イメージどおりですな」
(旧)「はい。初代アドリアナはシュウキ殿のご息女なのです」
(新)「はい。『初代』はシュウキ殿のご息女なのです」
(旧)「3枚目は少し成長した先代アドリアナと
(新)「3枚目は少し成長した『初代』と
(旧)「『賢者』シュウキ・ツェツィ殿は、幼い先代を連れ、各地を回られました」
(新)「『賢者』シュウキ・ツェツィ殿は、幼い『初代』を連れ、各地を回られました」
(旧)「4枚目は『賢者』が没した後、独り立ちする先代アドリアナです」
(新)「4枚目は『賢者』が没した後、独り立ちする『初代』です」
(旧)
「4枚目は『賢者』が没した後、独り立ちする『初代』です」
(新)
「4枚目は『賢者』殿が没した後、独り立ちする『初代』です。『賢者』殿は没する前に、アドリアナに『魔法工学師』の称号を贈ったようです」
(旧)あえて場所は言わない仁である。
(新)あえて場所については言わない仁である。




