52-53 不審者
今現在『アヴァロン』が置かれているのはエリアス半島の西側、西経50度、北緯7度のあたりである。
エリアス王国首都ボルジアへは直線距離で200キロほど。
仁の『ハリケーン』とトマックス・バートマンの飛行船『ブロンテ1』の2機は2時間ほどでボルジア上空に到達した。時刻は午後5時。春の日永、まだ空は明るい。
事前に連絡が行っていたので、仁たちの飛行船を出迎えにエリアス王国の飛行船部隊が上がってきた。
『ハリケーン』の3分の2くらいの大きさの小型飛行船だ。それが10機。
エリアス王国の国旗をなびかせ、夕空に編隊を組んで飛ぶ様は、仁も格好いいと思った。
『ようこそエリアス王国へ。1番機に付いてきてください』
魔導具を使ったのか、大きな声が響いた。
1番機は一目でそれとわかる、気嚢に『1』と書かれた飛行船だった。
仁は1番機のあとを付いていくようホープに命じた。『ブロンテ1』もそれに続く。
夕暮れの飛行場に、『ハリケーン』と『ブロンテ1』は着陸した。
「ようこそいらっしゃいました」
仁とトマックス・バートマン一行を出迎えたのは宰相のヴァスコ・ド・ジーノ。白くなった髪、真っ白いあごひげが印象的だ。激務のせいかかなり痩せており、あまり顔色もよくないように見えた。
「『アヴァロン』最高管理官、トマックス・バートマン殿、そして『魔法工学師』、ジン・ニドー殿ですな。歓迎致しますぞ」
トマックスと仁と、代わる代わる握手をしたヴァスコ・ド・ジーノは、用意されている自動車に2人を誘った。
もちろん、礼子は仁と一緒だ。そして秘書自動人形のマノンもまた、トマックスの横に腰を下ろした。
彼ら以外の同行者は別の自動車である。
ちなみにホープは用心のため『ハリケーン』内で警備に当たっている。仁としては……というより、老君が、まだエリアス王国首脳部を信用していないのだ。
『魔法連盟』の影響下にあった連中のほとんどは更迭されているらしいが、潜在的な迎合者はまだ残っていると老君は考えていた。
第5列も再配備されて日が浅くまだまだ情報不足なので、ホープを残しておいたというわけだ。何しろ『ハリケーン』内には献上品が積まれているのだから。
そして、その心配は的中する……。
その日はもう夜なので、仁とトマックスは迎賓館で歓待されていた。
今の仁は『複体』なのでアルコールによる酩酊とは無縁なのだが、トマックスは違う。元々酒には弱かったようで、口当たりのよいカクテルを数杯飲んですっかり酔ってしまった。
だが、こうした場で飲まないのも失礼に当たると、根が真面目な彼は注がれた酒をその都度飲み干してしまっている。
秘書自動人形のマノンが時折軽い『解毒』を掛けていなかったらとっくに酔いつぶれていただろう。アルコールやアルコールが分解してできたアルデヒドなどは人体にとって毒素なのだから。
だが、それを知らない者にとって、酔いを醒ますために『解毒』を使うということを考えつくことは、不可能とはいわないが難しいだろう。
太古から口にされてきた嗜好品の代表格である『酒』に『解毒』が有効であるということは、人体にとって『毒』だという証明のようなものだからだ。
「なるほど、そういうわけで『解毒』を使うと二日酔いも治るのですな」
仁は酔わないので、逆に『飲めない』ということにして、乾杯の1杯以外の酒は全て断っていた。
宰相もあまり酒は飲まないようなので、飲まない者同士、自然と会話が弾む。
「……ですから、人間がこの肉体に依存しているからには、物質を無視することはできません。そういう意味で『魔法連盟』の主張は『人間』のためにならないといえます」
「ふむ……ジン殿のお話はまことにためになる」
「なるほど、そういう理屈ですね。確かに説得力があります」
今、新王の元教育係だというイレオネ・ド・デルカという初老の人物も仁と宰相の会話に加わっていた。
彼もまた、新王……が王子時代、『魔法連盟』の思想に染まっていくのを止められなかったことを残念に思っているのだという。
(中二病……というか、反抗期のようなものだったのかもな……)
イレネオの話を聞くにつれ、仁は新王の思想が、根っからのものではないのではないかと思うようになった。
(これなら、トマックスの思惑どおりに話が進むかもしれないな)
その時、警鐘が鳴らされる音が聞こえた。
* * *
時間は少し戻って、仁たちが自動車で迎賓館へ向かった直後の飛行場。
『ハリケーン』と『ブロンテ1』は来訪者用の格納庫に向けて移動していた。移動には飛行場勤務の管理官と専用のゴーレムが当たる。
こういう時のためにもホープが残っている必要があるのだ。
ヘリウムによる浮力を得ている『ブロンテ1』と違い、『ハリケーン』は『風力式浮揚機』である。つまり、『重い』のだ。
そこで気取られないように『力場発生器』を使って、牽引用ゴーレムの負担を軽くしてやるわけである。
そうやって2機は巨大な格納庫に収められた。カマボコ型で、ビニールハウスにちょっと似ていなくもない。
素材は薄い青銅板のようだ。それを鉄製の骨組みに被せているのだろう、とホープは分析した。
扉が閉められたあとは静かなもの。扉の外には警備ゴーレムが2体いるのが魔力探知でわかる。
ホープは油断せず、『ハリケーン』の外部にある集音センサーを使い周囲の音を探知しつつ待機していた。
視覚は遮断し、センサー経由の聴覚と『魔力探知装置』に制御核のリソースを振り分ける。
そして時が過ぎる。1時間、2時間……。
午後9時、近付いてくる足音と、魔力の揺らぎを検知した。ホープは待機状態から通常状態に移行する。
(……『停止』)
ホープの聴覚に、警備ゴーレムを停止させる魔鍵語が聞こえた。
「魔鍵語を使えるということは、警備関係者ですか……」
内部の者の犯行ということである。
そして、格納庫の扉が開かれる。
(……これが『魔法工学師』の飛行船か)
入ってきたのは壮年の男。覆面をしているのでホープにも人相はわからないが、魔力パターンは記録した。
不審者は『ハリケーン』を眺め回し、時折材質を確認するかのように触れている。が、それだけで、何かするつもりはないようだ。
その時、警鐘が鳴った。警備ゴーレムが停止して一定時間経つと鳴るように設定してあるのか、あるいは格納庫の扉が所定の時間以外に開かれると鳴るのか。
(……ちっ、我が国ながらご丁寧なことだ)
不審者は言い捨てると急ぎ足で格納庫の外へと姿を消したのであった。
もちろん、この事実は老君に報告され、老君はまた礼子を通じて仁にも知らせたのである。
* * *
迎賓館では、警鐘が鳴らされた理由を仁とトマックス・バートマンに説明していた。
「なるほど、何者かが格納庫の扉を開けて侵入したというわけですね」
「そ、そういうことです。……幸いにして我々が駆けつけるのが早かったため、侵入者は何もできずに逃げ去りました」
汗を拭き拭き説明しているのは飛行場の警備隊長である。まだ若そうなのに、頭部が寂しくなり始めているのは心労のせいだろうか……などと考えてしまう仁である。
アルス世界には禿頭を忌避する風潮はない。
あれは、冠を髷に留めた文化の名残であるという説がある。髪がなくなれば当然髷が結えなくなり、冠を留められないため、引退せねばならないわけだ。
ちなみに、現代日本で相撲取りは髷を結えなくなったら引退という説があるが間違いらしい。
それはさておき、一通りの報告を聞いた仁たちは警備隊長を下がらせた。
それ以降は警備の人員を増やすということだった。
だが、仁と礼子は念のため、格納庫を確認させてもらうことにした。
トマックス・バートマンとマノンも同行する。
「特に異常はないようですね」
2機とも仁がチェックを行った。その方が早いからだ。
それで安心し、仁たちは迎賓館に戻ったのである。
* * *
仁は、与えられた客間で礼子と2人きりになると、早速話し合いを開始した。
「どう思う、礼子?」
「はいお父さま、嘘は一つだけ。駆けつけるのが早かったため、侵入者は何もできずに逃げ去ったのではありません。駆けつけるのは普通だったでしょうが、侵入者はそれより早く逃げてしまっていたのです」
「そうか」
ホープが魔力パターンを記録したので、犯人の特定は可能になった。その日はそれで満足したのである。
蛇足ながら、『ハリケーン』は格納庫内で『障壁』を展開させておいた仁であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180821 修正
(旧)第5列も再配備されて日が浅いため、まだまだ情報不足なので、
(新)第5列も再配備されて日が浅くまだまだ情報不足なので、
(旧)
ホープは油断せず、周囲の音を探知しつつ、『ハリケーン』内で待機した。
視覚は遮断し、聴覚と『魔力探知装置』に制御核のリソースを振り分ける。
(新)
ホープは油断せず、『ハリケーン』の外部にある集音センサーを使い周囲の音を探知しつつ待機していた。
視覚は遮断し、センサー経由の聴覚と『魔力探知装置』に制御核のリソースを振り分ける。




