49-01 集い
時はまた400年ほど戻って、3464年4月1日。
仁、28歳の誕生日である。
このアルスに仁が召喚されて8年が過ぎたことになる。
「おめでとう、あなた」
「ジンさん、おめでとうございます」
「おめでとうございます、ジン様」
カイナ村の二堂城大広間で、仁の誕生パーティーが行われていた。
出席者は仁と『仁ファミリー』の全員、それにカイナ村の住民たち。
「みんな、ありがとう」
この日の主賓、仁が皆に向かって礼を述べた。
城の庭に植えた早咲きのクェリーは満開。春の風に乗って、時折花びらが舞い込んでくる。
仁は愛妻エルザからスパークリングワインを注いでもらっていた。
そして愛息ユウと愛娘ミオは、きちんと座ってジュースを飲んでいる。すぐそばにはラインハルトとベルチェの娘、ユリアーナが。
ユリアーナはこの年6歳になる。ユウとミオよりお姉さんだ。本人もその自覚があるようで、せっせと双子の世話を焼いている。
普段は『蔦の館』で侍女に世話をされているので、こうした場面では自分が世話を焼いてみたくてしょうがないようだった。
「ラインハルト、最近忙しそうだな」
仁は親友ラインハルトに話し掛けた。
「うん、領民が増えたから、その対応に、ちょっとな」
手にしたワインをくいっと飲み干して、ラインハルトは答えた。
「今日は久しぶりの休暇だよ」
優秀な秘書官や自動人形が付いているが、最終的には領主であるラインハルトの決裁が必要になる。
また、領民からの訴えなども、重要なものは自ら聞くことにしているラインハルトゆえに、毎日が忙しいのであった。
「ああ、このワインは美味いなあ」
最高級ワインの1つ、エルリッヒの3454年を口にし、ラインハルトは幸せそうに呟いた。
「あなた、ほどほどになさいましね」
ラインハルトの奥方、ベルチェが釘を刺す。
二日酔いで執務をさせるわけにはいかないからだ。
「大丈夫さ。この腕輪があるからね」
『仲間の腕輪』。仁が『ファミリー』のために作った腕輪である。
仲間であるという証明書代わりであり、数々の機能も有している腕輪。その機能の1つが『解毒』である。
アルコールによる『酔い』も一種の毒状態と見なされるため腕輪の解毒機能をONにすれば、一瞬で酔いは醒めてしまうのだ。
それでは味気ないので、今現在はOFFにしているラインハルトなのであった。
「ふむふむ、『古代竜』にはそんな習性があったんだね」
『ファミリー』随一の博物学者であるグース・エッシェンバッハは、妻であるサキ・エッシェンバッハに説明をしていた。
つい先日、『ノルド連邦』から帰ってきたところなのである。
「それにしても古代竜か、懐かしいね」
サキはその昔、仁やエルザ、それに『森羅』のシオンらと共に古代竜の抜け殻を探すために北限の地を訪れたことがあったのだ。
「あの時は『カプリコーン1』で行ったわけだけど」
「今回は『ダイダロス』を貸してもらったから楽だった」
『ダイダロス』は直径10メートルの小型宇宙船だ。元々は宇宙船の試作用としての型であったが、いろいろと使い勝手がよかったので、その後10隻まで数を増やしたのである。
乗員は身長40センチの宇宙用小型ゴーレム『アストロ』だが、その後改造を加え、狭いながらも4名までなら人間も搭乗可能になっていた。
小さくても宇宙船なので、極寒の地も問題なく訪れることができるのだ。
小型の『覗き見望遠鏡』も搭載しているので、今回のような調査行にもうってつけであった。
グースは、高度300メートルに留まること1月あまり。
そうやってこの世界最強のドラゴンについて、その生態を観察し続けていたのであった。
「……うん、そうなの。『亜自由魔力素波』の研究はなかなか難しくて」
『ファミリー』随一の物理学者、ハンナが仁にこぼしていた。
出会った時はまだ8歳だったハンナも、今は16歳。
礼子によれば『お母さま』、アドリアナ・バルボラ・ツェツィに生き写しの美少女に成長していた。
その非凡な才能は特に物理学方面に発揮され、最近は空間と自由魔力素の謎を解明すべく、日夜研究を続けているのであった。
かつて異空間へと迷い込み、そこの住人である『精神生命体』と接触した仁から、少しでもヒントとなる情報が聞けたら、ということで、ハンナは仁を質問攻めにしていたのである。
「ハンナ、そのくらいにしておきな。今日はジンの誕生日会なんだからね」
ハンナに釘を刺したのは彼女の祖母であるマーサだった。
今年で65歳になるが、腰はしゃんと伸び、肌の艶もよく、若々しい。
カイナ村の温泉をはじめとする公衆衛生や医療技術の発達、それに食糧事情の改善などによると思われる。
「はあい、おばあちゃん」
ハンナも、マーサの言うことには逆らえない。いや、実は仁もそうなのだ。
というよりもマーサは『仁ファミリー』のご意見番として尊敬されていたりする。
「うーん、この料理も美味しいわね」
「ペリドさんたちの家事能力には脱帽ですね」
料理に舌鼓を打っているのは『魔族』改め『北方民族』のシオンとマリッカだ。
「イトポ、だっけ? 寒い土地では栽培できないのが残念ね」
イトポはサツマイモである。ゆえに寒冷地である『ノルド連邦』での栽培は難しい。
温室を使えば不可能ではないだろうが、費用対効果が悪すぎるのだ。
苦労して栽培するよりも仁から買う方がよほど経済的なのである。
対価は、最近発見された『ルチル』を考えているシオンであった。
ルチルは酸化チタンTiO2の結晶で、屈折率がダイヤモンドを上回る。
地球では透明な結晶はほとんど採れないが、ここアルスでは巨大で透明な結晶が産出するのであった。
仁は、屈折率が高い(2.62〜2.90)のを利用して、光学機器を作りたいと考えていたのだ。
モース硬度が6〜6.5と水晶より低いが、その辺は使用方法や『硬化』などでどうとでもなる。
メガネに使ったら、より薄くて軽いものができそうだ、と仁は最初の試作として考えていた。
「いやあ、ジン君の知り合いは錚々たるものだねえ」
カイナ村の治癒士であり、村長ギーベックの妻であるサリィは、ほんのりと赤くなった顔でそう呟いた。
「ショウロ皇国やエゲレア王国の貴族夫妻や、ノルド連邦の実力者たち。隣村の領主殿までが友人というのだからおそれいる」
エゲレア王国の貴族夫妻というのはもちろんクズマ伯爵夫妻、つまりルイスとビーナである。
ビーナは、もうすぐ5歳になる息子、レジナルドを連れて来ていた。
「ほーらレジー、これも美味しいわよ」
「うん、あまーい!」
仁が蓬莱島から持ち込んだペルシカを、ビーナは息子に食べさせながら、
(ペルシカ、か。思い出すなあ……ジンがナナとラルドの壊血病を治してくれたのよね……)
その時の縁で、クズマ伯爵夫人となったビーナなのである。
「ビーナ、レジーは私が見ているから、少し皆さんと話しておいで」
そのクズマ伯爵、ルイスが優しい声でビーナに言った。
「あらあなた、よろしいんですの?」
「ああ、いいとも。せっかく皆が集まっているんだから」
「ありがとうございます」
ビーナは腕の中のレジナルドをルイスに預けると、いそいそとエルザの方へと歩いていくのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180305 修正
(旧) 3464年4月1日。
(新) 時はまた400年ほど戻って、3464年4月1日。
(旧)数々の機能も有している腕輪。その1つが『解毒』である。
(新)数々の機能も有している腕輪。その機能の1つが『解毒』である。
(旧)「ショウロ皇国やエゲレア王国の貴族夫妻や、『ノルド連邦』の実力者たち。
(新)「ショウロ皇国やエゲレア王国の貴族夫妻や、ノルド連邦の実力者たち。
(誤)「いやあ、ジン君の知り合いは錚々(そうそう)たるものだねえ」
(正)「いやあ、ジン君の知り合いは錚々たるものだねえ」




