第57話 部長の笑顔
「こ、甲塚が撮った写真、見てたんだ」
「何勝手に見てんの!? 恥ずかしいんだけど!」
ああ、もう。
「何言ってんだ。こんな気合いの入った水着着て今更恥ずかしいってのも無いだろ。しっかりピースしてんじゃん」
「うわ、開き直ってるし……」そう言いながらもおやつを見つけた犬のようにカメラを覗き込んでくる。「でも、めっちゃ綺麗に撮れてる。甲塚さん撮るの上手ー!」
確かに。言われて見ればどの写真も綺麗に撮れているというか、まずメインの被写体が鮮明だし、余分な情報が少ないような気がする。構図だとか日当たりとか一々拘っていただけはあるな。
それに、数ある俺がゴミを拾う写真の一枚一枚に関しても同じ構図の物が殆ど無い。遠景でぽつんと拾っている所を撮ってみたり、敢えて逆光で撮ってみたりと何だか泣けるような工夫をしているようだ。
家にあったのを適当に持ってきた、と言っていたし普段からカメラを持っている生活はしていない筈なのに。もしかしたら、甲塚の人を観察する地力みたいなものが撮影技術に影響しているのかもな。
俺と郁が一枚一枚に感心していたら、にゅっと伸びてきた腕がカメラを奪い取っていった。
「あんた達、いい加減に返しろ!……あっ」
それを、今度は郁があっさりと取り上げる。こう反射神経の鈍さを間近で見ると、体を使うことと人間を観察するということは全く別のセンスが要るんだなあ、と勉強になるな。
「でも、甲塚さんが写ってるのは一枚も無いね」
「あ、そういえばそうだな」
甲塚は痛いところを突かれたような顔をした。
「そ……それは当然でしょ。私がカメラ持ってるんだもん」
「えー? でも自撮りとかするでしょ」
「自撮りってスマホとかインカメでやるやつだろ。……でも、確かタイマー機能はあったよな」
「……私、写真撮られるの嫌いなのよ」
ブスッとした顔で、呻く。
「おい。何かズルくないかそれ」
「なにがよ……」
「俺だって写真撮られるの嫌だったんだぞ。それをお前、活動記録だなんだと勝手にパシャパシャ撮りたくって。部長の写真が一枚も無いってのはどういうことだ」
「だって……」甲塚は困ったように前髪を弄りながら呟いた。「慣れてないのよ。その――カメラを向けられるってこと」
「……」
「だったら、慣れないとね! はい、チーズ」
「うっ……」
郁が素早く甲塚に向かってシャッターを切る。甲塚は本当にカメラを向けられることに慣れていないようで、怯えきったように顔を体全体で隠した。
慣れてないのよ。カメラを向けられるってこと――その言葉が、俺にだけは意味深長に響いていた。今まで、甲塚は家庭の中で一体何枚写真を撮ってきたのだろう。
「あははは! 甲塚さん、そんなに怖がらなくても良いのに! ちゃんと可愛く撮れてるよ!」
郁は遠慮無しに甲塚の顔を狙って連写しているが、必死に逃げようとする甲塚が何だか憐れに思えて、気が付けば肩を掴んでいた。
「甲塚。一緒に撮るぞ」
「え?」
「おーっ、良いじゃん良いじゃん! 次は私とも撮ってよ!」
早速郁が俺と甲塚を画角に収める動きをした。がに股で素人感たっぷりの撮り方だが、まあ、あのカメラなら使い手が多少まずくても問題ないだろう。
「な、なんで私が佐竹と写らないといけないの」
「写真が嫌いなもん同士だろ」
「嫌い同士ならむしろ不快なんだけど」
「マイナスとマイナスが掛け合わさったらプラスになることもあるだろ。一枚くらい、笑顔の部長との写真があった方が人間観察部創設以来のぼんくらは後世に残ると思うぞ」
「何よ……」
俺の滅茶苦茶な理屈に、意外と甲塚の反撃は柔らかい。
「ほら! 早くカメラに笑って! 二人とも!」
郁がじれったそうに準備を促す。
俺は、まあ甲塚のためだと割り切って出来る限りの良い笑顔をした。すると、隣から吹き出したような笑い声が挙がる。
「ぶふっ。く、くく。あんた、凄い顔してるわよ。笑い慣れてないのが見え見え」
「う、うるさいなあ」
人の気も知らないで。……って、俺の方こそ甲塚の気なんて知らないんだけど。
甲塚と一緒に写るのなんて、自己満足意外の何物でもないもんな。憐れに思った、何て動機で一緒に撮られるんじゃ流石に失礼だ。――俺は、甲塚と写真を撮りたい。今だけは、そう思い込んでみようじゃないか。
結局、その後俺たちの様子に気が付いた東海道先生も混じってきて、なんだか人間観察部の面々で撮影会が始まってしまった。こうなったらボランティアも何も無いのだが、海で写真を撮るというのもそう無い機会だから気持ちは分からないでもない。
俺と甲塚は終始迷惑そうな顔をしていたような気がするが、郁と東海道先生はこういうのはノリに乗るタイプだから困る。写真なんて、撮ったところで見返すタイミングも分からないってのに。
――後からUSBで渡された写真の、俺と甲塚のツーショットを見直したら、マイナスとマイナスが掛け合わさってプラスになるということは当然無かった。俺の表情は半端に眠そうだし、甲塚も若干レンズから目線がずれている。
それでも、一応部長は笑顔ではあったのだった。




