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第42話 カチカチカチカチカチ!

「な、なんだよ……」


 呆れた様子の甲塚が、正面から俺を見据えて言う。


「私はスクールカーストの上位に食い込もうなんて、これっぽっちも興味無いの。私の目的はスクールカースト、学園生活の破壊なのよ?」


 それは前から聞いている。スクールカースト下層の人間のルサンチマン的なアレで、少なからず俺の身に覚えが無いことも無い感情だ。


「そ、それくらい分かってるよ」


「ぜんっぜん分かってない。私がやりたいのは大富豪で革命を起こすような楽しいものじゃなくて、ゲームそのものの破壊なの。佐竹が考えているように、お行儀良くルールの中で、なんて考えていないんだから」


 そう言われると――確かに、俺と甲塚の間で認識のずれがあったことは否めない。少なくとも甲塚のイメージするそれは、想像よりも激しい活動を示しているようだ。


「それは……具体的に言うと、どんな?」


 俺は恐る恐る聞いてみた。


「例えば――そうね。一人ぼっちで救いの無い生徒を増やす」


「それ、俺のこと言ってます?」


「あんた、それを私に聞ける時点で相当救われてる方でしょ。少なくとも人間扱いしてくれる人がいる。世の中には……というか、うちの学校にもそういう生徒は少なくないはずよ。誰とも関わりを持たずに日陰で蠢く生徒たちが」


「……そう言われれば、そうだけど」


「それに、不良生徒や不登校生徒を増やしたい。学級崩壊って言葉があるけど、私は学校崩壊を起こそうとしているんだから。規律もまともに守られず、教師は生徒に手を挙げられ、学校の評判を地底にたたき落として、入学希望者を激減させる。こんなところかしら」


 なんて最悪なマニフェストを掲げているんだ。


 ……本気、なのか?


「だから、臼井なんてその取っかかりに使う駒でしかないし、カーストの上位なんてものは興味が無いの。上の連中を地の底にたたき落とすのが私の目的なんだから、私が上位になったってしょうがないことよ。……で、人間観察部はそういった工作活動をするために立ち上げたわけ。個人で動くより部活動として動くことも時には必要だからね――今回みたいに」


「な……」


 普段は見ることのない、甲塚の激しい感情に触れて俺は言葉を失ってしまった。不良生徒や不登校生徒を増やすだとか、学校崩壊を起こすとか、入学希望者を減らすとか……甲塚の心中ではこんなに具体的で、こんなに邪悪な思考が渦巻いていたのか。


「なんで……なんだ?」


「はん?」


「なんで、そんなに学校生活を憎んでいるんだ?」


「嫌いなのよ……この学校が。周りの生徒から教師、建物、廊下の隅の埃一つまで、私は大嫌いなの」


「だったら、どうして桜庭高校に入学してきたんだ……」


「うっさいわね」


 物騒な話を聞いているうちに、俺たちはゴミ山連なるビーチに辿り着いていた。


 堤防から降りたすぐ傍にはゴミの集積所が設けられていて、ビーチのゴミを片っ端から分別してここへ運び込む。すると、上から業者が回収に来るというわけだ。


 それに、集積所から少し離れた堤防際に簡易的なテントが設置されていた。トングなどのゴミ拾い道具はここで調達していくようだ。それに熱中症対策のためか、ビーチチェアが数脚とアイスボックスにたんまりのジュース類が備えられている。ちょっと疲れたらここで一休みが出来るということか。一ノ瀬たちが占領する未来が見えるな……。


「佐竹く~ん。甲塚さ~ん!」 


 お……。


 テントの下から、サングラスを掛けた東海道先生が出迎えに来た。


 ハイウェストの黒ビキニで、右足のスリット部分からは太ももが見え隠れしている。流石と言うべきか、周りの女子たちの中にもこれほど大人びた水着を着ているやつはいないみたいだ。


 なにより、ライブの時のようにウェーブの髪をポニーテールにしているから雰囲気がガラリと変わっている。並の生徒じゃ、パッと見て目の前の女性が東海道先生だと分からないんじゃないか。


 なるほど。


 身長こそ俺より少し低いくらいのもんだが、そこはちゃんと大人の魅力的なのを湛えているもんだな。


「いかがかしら……わたくしの水着姿!!」


 俺たちの前に立つと、いきなりそれっぽいポーズを取って自慢してきた。


「驚きましたよ。似合ってるじゃないですか」


「おっ!?……ほ、ほほほほ」


 素直に感想を述べると、何故か当惑したときの笑い声を挙げる。


「なんでそこで動揺するんですか……?」


「……そ、そんなにストレートに佐竹君が褒めてくれるとは思いませんでしたもの」顔を赤らめた先生はにたにたと見慣れない笑い方をして言う。「『馬子にも衣装』とか、斜に構えたこと言うと思っていましたのに」


「そこはほら、こっちにもっと斜に構えた奴がいますから。なあ? 甲塚」


「『馬子にも衣装』ですね。センセ」


「……もうっ!」


 東海道先生って今二十六だっけ。何も生徒に水着を自慢せんでも。……教師とインディーズバンドの二足のわらじって大変なのかな?


 ――このことは深く考えない方が良さそうだ……。無闇に将来が不安になる。


「ところで、甲塚さんは着替えないのかしら? せっかくの海ですのに!」


「ヤよ。……みんな騒いじゃって、馬鹿馬鹿しい……。こんなゴミだらけのビーチじゃ、情緒もへったくれも無いじゃない」


「だから、お掃除頑張りませんと。はいどうぞ」


 東海道先生がゴミ袋の束と軍手とトングを一挙に渡してきた。甲塚は後ろで手を組んだまま受け取る気が無いようなので、俺が二人分受け取る。


「それじゃあ佐竹君。甲塚さんと頑張ってね」


「甲塚、俺と頑張るの?」


 トングをカチカチ鳴らしながら尋ねると、「頑張んないわよ。私は活動記録撮らなきゃだから」と素っ気ない答えが返ってくる。


「……もしかして、ゴミ拾いが嫌だから活動記録がどうとか言い出したのか!?」


「くくく。さあね。想像に任せるわ」


 嘘だろ――最初から計画済みだったってのかよ……。


 甲塚は首に提げたカメラを構えると、げんなりしているだろう俺の表情を『記録』した。そのまま、軽い足取りでキャピキャピしている連中の方へ気配を消して近寄っていく。郁を撮るつもりなんだろう。


 結局、俺がトング二刀流になってしまった。


 はあ、それにしても……。


「暑いな……ほんっとに」


 俺は一人、ゴミ拾い作業員が手薄な方面に移動すると、ゴミの山脈を切り崩しに掛かった。


 こうして、酷暑の中、孤独な水着ゴミ拾いが幕を開けたのだった。


 最初に俺が驚いたのは、ビーチのゴミとは一言に言っても非常に分類が難しいということだった。ペットボトルや缶といった分かりやすいものならいざ知らず、パッと見でゴミなのか自然物なのか判別の付かないものが本当に多い。貝殻かと思いきや割れたプラスチックの破片であったり、発泡スチロールかと思えばただの岩だったりするのだ。


 まず、こう言う物体は一々トングで確かめる必要がある……が、意外にもトングを二刀流にしたのが功を奏し、一方でつまみ上げて、一方で突いてみる……といった高等なテクニックが出来たりしたのは助かった。


 ちなみにゴミ袋は両手の小指と薬指で挟み込んでいて、反対のトングで掴み挙げたゴミを分類ごとに放り込んでいく、という形に落ち着いている。


 ……なんてこった。実践の中で進歩しちまった。


 そして、そもそも分類できない物体もビーチには存在する。それは漁か何かに使われたであろう網が識別不明のオブジェクトと絡み合い、結果プラスチックでもあり自然物でもあり燃えるゴミでもあり金属ゴミでもあるというカオスな物体になっているのだ。


 こういう場合は例の如く二刀流トングでオブジェクトの組成を探り、一番近しいゴミに当て嵌めて集積所に持って行くしかない。


 それだけじゃない。ビーチにはまだまだ厄介なゴミが跳梁跋扈しているんだ。そもそも移動不可能な大型家電。タイヤなどの大型ゴム。どう手を付ければ良いのかわからない仮設トイレ(丸ごと)。対応は集積所まで引き摺っていくか、放置。


 こうしてゴミを観察していると、何だかんだで人が捨てたものが、流れに流れてここに漂着した、って感じの物体が多いな。どこかの陽キャが捨てたゴミを、俺が片付けている。


 嗚呼、人生……。


 気が付けば、集積所に溜まってるゴミの殆どが俺の持ち込んだもののような気がするし。

 

「ハァ……ハァ……」


 ……なんで俺こんなに一生懸命やってんだ……。


 ていうか、マジで暑い。喉も渇いたし。


「ハァ……ハァ……」


 休憩所に立ち寄ると、意外にもサボっている奴はいなかった。生徒会の引率教師である大室先生にアイスボックスから飲み物を貰って、一息に飲み干す。


「ハァ……ふう」


 しっかし、集積所に溜まったゴミを改めて眺めると、ほんっとに夢も希望も無いよな……。こんな量のゴミが、遠く遠くから、ときにはビーチの利用者から無限に出てくるんだから。


 ――いや、違うだろ。俺。


 これでも俺はスケベ絵師としての矜持はそれなりにあるんだ。夢も希望も無いから、俺は、全てのスケベ絵師は、筆を手にするんだ。……そうさ! 俺たちが夢も希望も情緒もへったくれも作ってやる!!


 カチカチカチカチカチ!


 俺は両手のトングを奮い立たせるように鳴らすと、再び作業途中のゴミ山に駆けていった。

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