第43話 反省……
「ハァ……痛たた……」
また目の前のゴミの一山を片付け終えた時、背中にピリピリとした痛みを感じて我に返った。
ゴミ山に取りかかってから、一体どれくらいの時間が経過したんだ?
最後に休憩所で水分補給をしてから、殆ど無意識になるほど作業に集中してしまった。暑さは相変わらずだが、幾分か日は傾いて水平線の端が橙色に染まっている気がする。
それにしても背中だけじゃなく腰も痛くなってきている。ちょっと休憩しよう……。
「ハァ……」
自分で綺麗にした砂浜に腰を落とすと、自覚していなかった疲労がどっと俺の体を襲った。
こういうことはよくある。絵を描いていて、夢中になって気が付いたら朝になっていた、みたいな。マインクラフトで延々と整地する、みたいな。そういうときに布団に入ると驚く程深い眠りに陥るのだ。
今はせいぜい腰が重くなったくらいのもんだが。
だが、その苦労もこうして海を眺めていると癒やされるというもの。綺麗にした部分はビーチ全体からすればほんの一部分かも知れないが、自分で掃除したことを思えばこの光景の感動もひとしおだ。
……それにしても、本当にマジにやってしまったな。ボランティアなんて適当にやろうと思ってたのに。
「ちょっと、佐竹」
「ん?」
海の方に足を投げ出している俺に、呆れた様子の甲塚が声を掛けてきた。
「あんた、いくら何でも働きすぎ。何真面目に海洋汚染と闘っちゃってるわけ?」
「働き過ぎって……そうか? 普通にゴミ捨ててただけだけど」
「……ちょっと、後ろ見てみなさいよ」
「ん?……!?」
言われて気付いたが、スタート地点のゴミ集積所が遙か遠くに見えている。今俺が座っている辺りまでは綺麗さっぱり、まさしく青春そのものみたいなビーチが誕生しているではないか。
ゴミ集積所までの移動が億劫になってきた辺りから、一杯になったゴミ袋は後で纏めて持って行こうと堤防際に置いていたので分からなかった……。
「こんなに遠くまで来ていたのか!?……あれ?」
いつの間にか、俺が堤防際に纏めておいたゴミ袋も綺麗さっぱり無くなっている。幾ら無意識下の作業と言っても、集積所からの行き来を覚えていないわけはない。
「……もしかして、手伝ってくれたのか? 除けておいたゴミ袋が無くなってるけど」
尋ねると、甲塚は肩をすくめて言った。
「私はほんの二、三個を持ってっただけよ。撮影のついでにね」
片付けたゴミの量を考えると、ゴミ袋の量はほんの二、三では足りない筈だが……。
「それじゃあ生徒会の誰かが手伝ってくれたのかな……」
「別に生徒会は手伝ってないわよ。……ほんとに気が付いてなかったの? 宮島――怪力オタクが全部持ってっちゃったのよ」
そこまで言うんならもう宮島で良いだろ。
しかし、――
「……郁が……」
あいつ、俺に声も掛けずに。
さっき俺が言ったことを、律儀に守っていたってことかよ……。
「ま、上出来ね」
そう言って、カメラを弄りながら甲塚が隣に腰を降ろす。「くくく……」と何故かディスプレイを見て邪悪な笑い声を漏らすから怖い。
「な、何笑ってんだよ……。まさか女子を盗撮したんじゃないだろうな」
「馬鹿。そんなことするわけないでしょ。ずっと佐竹の作業を撮影していたんだから。……これだけやったんだもの。人間観察部の株も上がるってもんよ。反対側なんか見てみなさい。生徒会の奴ら、あんだけ人手を使ってるっていうのに、佐竹の半分も進んでないじゃない。どうせサボって適当にやってるんでしょ」
確かに、俺が手を付けた辺りから反対側はさほど作業が進んでいないように見える。実際に作業に当たっているのは氷室会長と小薮先輩を筆頭にする生徒会陰キャチームのようだが、人数が多い分、一人一人の作業がどこか身に入っていないようだ。
それに、一ノ瀬たちは完全にテントの下でビーチパーティーとしゃれ込んでいるし。……と思いきや、氷室会長の横に粛々とゴミ袋を運んでいるショウタロウの姿も見える。
なんだよ……。
「おい、ショウタロウのやつサボっていないぞ!」
甲塚は興味なさそうに海を眺めながら「そうね」と返した。
「それだってのに、一ノ瀬たちはサボってる。あいつら、ショウタロウのこと好きだったんじゃなかったのかよ?」
ちょっと感情的な物言いをすると、甲塚もようやくテントに目線を放った。それでも、見慣れたものを見たような顔ですぐに海へと目を戻す。
「好きと言ったって、色々な感情が臼井の周囲では渦巻いているのよ。本気で片思いしている連中から、誰かが片思いをしているからって彼女の座を狙う連中。それに、周りが好意を向けているから流されて好きになってる連中……。一ノ瀬たちは、二つ目と三つ目の中間辺りってところなんじゃないの」
「それって、好きって言えるか?」
「本人がそう言うのならそうなんでしょう。それにしても、何でこんなに頑張っちゃうのよ。あんたは」
甲塚は素足で砂山を作りながらそんなことを言い出した。
「何で真面目にボランティア活動して俺は怒られるんだ……?」
「別に怒ってるんじゃなくて。純粋な疑問。ああして臼井が頑張ってるんなら彼の株も上がるでしょうけど、佐竹なんてダンゴムシみたいなものでしょ。普段喋らない奴が頑張ったって変に目立つだけよ」
「おい、普通に傷つくこと言うの止めろ」
「くく……」
砂山を作った甲塚は、今度は素足の腹でその山をぐにぐに踏み始めた。
そういうえば猫って枕とか座布団捏ねたりするよな……。
「……結構真面目に聞いたつもりなんだけど」
「別に、誰かに褒められようと思っていた訳じゃない。こういう作業が意外に向いていたってだけだし。それに、俺だって少しくらい人の役に立てばダンゴムシからミミズとかの益虫になれるかもしれないだろ」
「佐竹の中じゃダンゴムシよりミミズの方が格上なわけね……くくく。良いことばかりじゃないわ。釣りの餌にされても知らないよ」
「そんときは大物引っかけてやる。ていうか、マジで暑いな……!」
俺は立ち上がって上半身の汗を手で払った。しかし、次から次へと、体中の穴という穴から水が出てくるようだ。今まで動いていた分、急に体を休めませたから余計そう感じるのだろうが。
……って、そうか。
今俺は水着で、目の前には広大な海が拡がっているんだった。
徐に波打ち際に近づいて、慎重に海水の中へ差し込んでいく。
「ちょっと、佐竹?……佐竹ぇっ!?」
「――はっ!?」
気付けば俺は、温泉に入る猿のように首から上を海面から出していた。足を数歩差し入れてからこうなるまでの記憶が飛んでいるのは、本能がこうなることを望んでいたからに違いない。
「ああ~……」
思わず情けない吐息が出てしまう。
この開放感! 皮膚に張り付いた熱気の鎧が、全身から生ぬるい海水へと剥がれていくようだ……。それに、東京の海というと異臭がするようなイメージがあったんだが、意外にも純粋な磯の香りしかしないな。人口密集地から少し外れているからか?
「お~い!」
陸に立っている甲塚が、手に庇を作ってこっちを眺めている。
「ちょっと……何してんのっ」
「おい! 滅茶苦茶気持ち良いぞ!」
そう言いながら、海水で顔を洗って見せる。
「それじゃ温泉に入ってるのと変わらないでしょーっ!」
「……」
水着で海に入れない甲塚にあてつけをしたつもりだったが、意外にもマトモにツッコミを喰らってしまった。
それもそうか。海で泳ぐなんて経験が殆ど無いから、正しいやり方ってのがいまいち分からないが……。
肺に空気を入れて、体重を水に乗せてみた。軽い背泳ぎの体勢になって気が付いたが、いつの間にか空がすっかりオレンジ色に染まっている。そろそろ今日の活動はお開きってところか。
――そういえば、結局郁の水着は見ていない、な。
俺のゴミ拾いを裏で手伝ったとは聞いたけど、まさか姿一つ見せないなんて……。そんなに昼間俺が言ったことを気にしているのか?
これじゃ俺が悪いことしたみたいじゃないか。
「……」
……したか。悪いこと。
程度はあれ、俺が郁を傷つけたのは多分、事実だ。
でも、それは俺とつるんで郁の評判を下げないようにという俺の配慮もあったんだが――いや、それは言い訳になるか。
機会があったら謝ろう。俺みたいな奴が、何を自意識過剰なこと言い出すんだと笑われるかも知れないけど。
「……よしっ。……!?」
気持ちに整理が付いたところで陸の方を眺めと、そこにあった光景に顎から力が抜けた程驚いた。




