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第19話 ピアスの男

 翌日の放課後。


 前日の経験から東海道先生が退勤するのはかなり遅くだということが分かっている。そのため、俺たちは尾行のための手筈を整えておいた。体育バッグに夜出歩くための私服を詰めておき、十八時頃までの時間を人間観察部――多目的室Bで潰したあと、校内のトイレでこっそり制服から着替えて学校を抜け出すのだ。


 放課後は様々なユニフォームに着替えた部活の生徒が出入りしているから、私服でうろつこうと大して問題は起こらないだろう。


 夜までは本でも読んで過ごそうと思っていたら、郁がこっそりSwitchを持ち込んでいた。バッチリコントローラーも二つある。流石にモニターは無いが、Switchなら机の上に置いて遊べる――


 手早くセットアップを終えた郁は、「はい」と当たり前のようにコントローラーを寄越してきた。


「俺、別に乙女ゲーなんてやりたくないんだけど」


「乙女ゲーなんて二人プレイで遊ぶわけないでしょ。スマブラだよ」


 ああ、そういえば俺が勝ち越していることになっているんだっけ。まさか学校にハードを持ち込んでまで勝負を迫ってくるとは、結構執念深い奴だ。


 そのまま、普通にスマブラを始めようとしたら一応部屋の主である甲塚が物言いに掛かった。


「コラコラコラコラ。ここは遊び場じゃないぞ」


「あ、負けた方が甲塚さんと交代だから」


「やらないわよ!……佐竹も! 何私の目の前で堂々と部活サボってるの!」


「サボってるったってなあ」俺は早速郁とのタイマンに興じつつ答える。「どうせ俺がやることなんてないし。例の女捜しだって、結局郁の人相確認が必要なんだから入部テストが終わるまでは調査も立ち行かないだろ?」


「人相確認なんて、ゲームで遊んでいる間にできるでしょうが!」


「だって私、まだ仮入部なんでしょ~? 甲塚さんが今すぐ私の入部を認めてくれるっていうんなら手伝ってあげてもいいけど~」


 郁が惚けた言い方で甲塚に反論する。


 そうなのだ。結局、ショウタロウが連れ歩いていた女の顔も、場所も、詳しくは郁のみぞ知ること。彼女の機嫌如何で人間観察部の活動はこうも容易くライン停止の憂き目に遭うのだ。


「ぐ……」


 甲塚は如何にも悔しそうに歯がみしている。まさか自分の言い出したことでこんな展開になるとは思いもしなかったんだろう。


 そんな調子で時間を潰した後、とうとう東海道先生が退勤する時刻がやってきた。職員用玄関口から出てきた先生を、私服の俺と郁が追う。郁の方は尾行をするということもあってか落ち着いた色合いで、紺色のジーンズにオフホワイトが基調のチェックシャツだ。


「また昨日の人と会うのかな?」


 二十メートル先を歩く先生は昨日と全く同じルートを辿っているようだ。このまま行けば、例のビジュアル系の男が出てきた美容室に行き着くだろう。


「どうにかして東海道先生とあの男を別れさせられないかなぁ」


 俺が何気なく心情を吐露すると、郁が驚いた顔でこっちを向いた。


「なんで!?」


「先生がああいう男と付き合ってるの、解釈違いなんだよなぁ」


「知り合いに自分の解釈当て嵌めてるの怖いって。ほら、移動するよ」


 俺は郁に連れられるようにして影へ影へと移動する。


 今日は私服であるということもあってか通行人の目線も飛んでこないし、何よりある程度ルートが分かりきっているので最小限の移動で尾行できる。


 俺たちは、ただ東海道先生が歩いた道のりを辿っているだけだ。それなのに、彼女という人間の人となりを一つ垣間見たような気がするのが不思議だ。


 そうこうしているうちに、街角の美容室に辿り着いた。予想していたとおり例のビジュアル系の男が店内から出てくる。二日連続で出てくるということは客ではない。あそこで働いている美容師なんだろう。


 道に慣れている俺たちは、昨晩よりもかなり近くの距離でその男を観察することが出来た。見たところ年齢は東海道先生と同じくらい。背丈は彼女よりも十センチほど高いらしい。かなり小顔で、頭蓋骨の輪郭がハッキリ分かるほど髪の毛のボリュームは少ないが、薄いわけではない。左右から見て目許の印象が違うのは、恐らく前髪を右の眉辺りから左の頬辺りまでアシンメトリーにしているのだろう。


 それと印象的なのがピアスだ。仮に、俺があの男の人相を絵に書くとすれば、まずそこを強調するだろう。耳たぶからぐるりと大小様々なものが刺さっていて――暴力性が垣間見える。

 

「あの男が、東海道先生の秘密なのか……」


「う~ん……違うと思う。確かに派手目だけど、若い先生に恋人がいるくらいのことって別に不思議じゃないでしょ」

 

「けど、見ろよあのピアスの量。絶対まともな人間じゃないって」


「確かにちょっと怖いけど、美容室で働いているわけでしょ? 美容師さんならああいう見た目でも不思議じゃないと思う。ていうかあの二人――本当に恋人同士なのかな?」


 そうして、俺たちは昨晩見失ったポイントを超えて先生の尾行を続ける。


 人気の無い路地を出ると、あっという間に飲食店の看板が煌びやかな通りに出る。……それだけじゃない。ここらのエリアには店前で客を呼び込むホストクラブやガールズバー、漫画喫茶、生鮮食品を軒先に並べるスーパーに医薬品店……それに、恋人二人が一晩を明かすためのホテルがあるのだ。


 それも、今日は金曜日。通りには酔い客だけじゃなく、カップルの姿も目立つ。


 俺は嫌な予感を持ちながら足を動かした。


 その後、東海道先生と男が入ったのは煌びやかな通りに似つかわしくない寂れた中華料理店だった。今日はここで夕飯を取るのだろう。俺はとっさに真向かいにある通りを見渡せる窓がある店に入った。ところがそこは小洒落た女子が行くようなイタリアンだったのだ。


 しまった……。


「うわっ。近くにこんな良い感じのお店あったんだ! 丁度いいや。私達もご飯食べよ!」


 郁はそう言うと、受付に出てきたスタッフと二、三やり取りしてあっさり窓辺の席を確保してしまった。


「ね、何食べる?……ピザ! ここピザも出してる!」


郁は先生そっちのけで机に広げたメニューに夢中になっている。

 

「ピザって……提供されるのも食べるのも時間が掛かるだろ。先生が先に店を出たら元も子もないぞ」

 

「私、尾行中の探偵が飲みかけのコーヒーと代金を机において颯爽と店を出るやつやりたいんだよね」


「ピザで!?」


「あっはは! うそうそ。それじゃあ二人で同じスパゲティでも頼もっか」


 折良く注文を取りに来たスタッフに早く出来そうなミートソーススパゲティを注文すると、目論見通り殆ど待ち時間無くテーブルに料理が並んだ。


「にしても東海道先生が中華とはねえ」


 郁が器用にフォークにスパを絡ませながら言う。


「はは。確かにな。むしろ、先生がこっちで俺たちがあっちの方が」


「あっ……!」


 不意に郁が声を挙げる。


 まさかもう中華料理を食べ終わったのかと店先を見ても、特に動きは無い。


「なんだよ。ソースが飛んだのか?」


 郁は非常にニコニコした顔で笑っている。


「蓮、久々に笑ったね。普通に」


「あ……?」


 俺が笑った?


「いや、別に笑ってないけど」


「笑ったよ~! 今!」


 ……そこまで言われても自分が笑い声を挙げた記憶が無い。


「いやいや、マジで笑ってない」


「ふ。ふっふふふ」郁はサイドの髪を耳に掛けると一口サイズに丸めたスパを頬張り、ニコニコした顔のまま中華料理店の入り口を眺め続けた。


 *


 割と急ぎめにスパを食べても、暫くは中華料理店から東海道先生が出てくる気配は無かった。俺たちは水だけ飲んで過ごしてから、ようやく先生が出てくると会計をして尾行を再開する。


「あっ」


 と、店を出てから男性は女性の分も金を払うというマナー的なやつを思い出してしまった。


「何? 忘れ物?」


「いや……」


 郁の顔を見ても、特に割り勘をしたことに疑問を感じていないらしい。


 ま、いいか……もやもやするが、今は尾行が優先だ。


 目先の二人は煌びやかな通りを暫く歩いたあと、不意に道を逸れてまた人気の無い通りに入る。勝手知ったるといった足取りで肩を並べて歩いているあたり、何度も来た往来なんだろう。

 

 そして、二人の姿は雑居ビルの入り口に消えていった。ビルの看板には「休憩 6,700¥~ 宿泊 9,000¥~」の文字が――


 そこかで俺の意識が途切れた。


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