第16話 入部テストと一石二鳥
多目的教室に戻ると、甲塚が頭を抱えていた。何故か郁が甲塚のノートパソコンでショート動画を見て笑っている。
「あっはっははは! ねえ、甲塚さんもこれ見てよ!」
「さっき見たでしょ」
「さっきのとは違うんだってば! ホラ!」と、パソコンの底を滑らせて甲塚の目の前に突き出す。
「……同じじゃん!」
「え~? 違うのに~」
まあ、このテンションの郁をまともに相手すればグロッキーにもなるか。
「で、例の女は見つかったのか?」と、二人の間に割って入る。
「空振り。一応時間を遡っても見たけど、SNSに女の影は無さそうね。……こいつの記憶力がまともならの話だけど」
「いやいや。私めっちゃ人の顔憶えるの得意だし!……それに、色々写真見てて思ったけど、やっぱりあの女の子凄く美人だったんだって思った。加工されてても絶対に分かるはずだよ」
へえ……。郁がそこまで言うんなら例の女はよほど美人なんだろうな。
それこそモデルとか。
「それより甲塚」俺は教室の入り口に東海道先生の気配が無いことを確かめてから尋ねた。「聞きたいことがあるんだが」
「なによ、突然」
「東海道先生について、教えて欲しい」
「東海道先生。本名は東海道恵。私立桜庭高校1-Bの担任教諭。年齢は二十六で、この学校では一番若い教諭。大学までを都内の女学校で過ごしていて、時代錯誤な雅言葉が目立つ。必殺技は――」と、甲塚が機械的な声色で一般的な情報を喋り始めたので、慌てて止める。
「そういうことじゃなくて!……先生の秘密を教えて欲しいんだ」
「必殺技なんてあるの?」と、郁が混ぜっ返す質問をする。
「必殺技は上品ビーム。これを受けた生徒は雅言葉を使うようになってしまう」甲塚はまた機械音声を真似て言う。
「甲塚。俺結構真面目に聞いてるんだけど……」
「逆に聞くけど、なんで私がそんなこと教えないといけないわけ?」
う――
まさか拒否られるとは思わなかった!
「教えてくれたって良いじゃないか。俺たち部活メンバーなんだし。それに、東海道先生が立候補してこの部活の顧問をやるとも思えない。何か知っているんだろ?」
「それ私も気になるかも」意外にも郁が俺の方に加勢してくれた。「東海道先生って生徒に人気あるけど、意外と謎多き人物だよね。あの人、趣味とかあるのかな? 休日は何してるんだろう。甲塚さん、そこんとこ知ってるんでしょ?」
「ああ、もう――」甲塚は苛立たしそうにノートパソコンをパタンと閉じた。「あのねえ。あんた達、私が人間観察部の部長だからって好き好んで人の秘密を喋るように見えるわけ?」
「それは……」郁と目を合わせて、同じ言葉を言う。「違うの?」
「違うわ!!」
甲塚が今日一番の大声で否定した。
「大体気軽に喋るような秘密なんてあっというまに陳腐な情報になってしまうじゃない。な、に、よ、り! 私が東海道の秘密を掴むためにどれだけ苦労したかも想像できないわけ!? あんた達は『部員ですからァ~』っていう理由だけで、私の成果をかっさろうっての!?」
「おっ、おぉ……」
「正論だわ」
郁はうんうんと頷いている。お前はどっちの味方なんだ。
まあ、確かに正論なんだが。
考えてもみれば、俺は甲塚が他人の秘密を握るためにどんな苦労をしてきたか、なんて想像したことがない。当たり前のことだが、のほほんと学校生活を送っているだけで人の秘密なんて知りようがないんだ。
だったら仕方無い。
悔しいが、東海道先生の秘密は諦めるしかなさそうだ。
「……確かに、甲塚の言うことは正しい。俺の考えが浅はかだった。……すまん」
俺が素直に頭を下げると、頭の上で甲塚が意味深なことを呟いた。
「けど、東海道の秘密か。――丁度良いわね」
「ん?」
下げた頭を上げると、甲塚が流し目で郁のことを見ている。
「丁度良い……とは?」
「入部テストよ」
「入部テスト……!?」
いきなりスポ根漫画みたいな概念が飛び出てきた。
「今自分で喋ってて思ったけど、やっぱりうちの部員に声がデカいだけの賑やかせ担当は要らないと思ってね。というわけで宮島さん。夏休みまでに東海道の秘密を掴んで報告すること。これ部長命令ね」
郁が自分を指差して、ガクンと顎を下げる。
「えっ……わ、私一人で!?……あのー、蓮は?」
「佐竹は新入りじゃないでしょうが」
「そんなに買って貰うと嬉しいんだが、入部一日目の部員って一般的には新入りって言うと思うぞ」
俺が突っ込むと、甲塚の鋭い一瞥が飛んできた。
「佐竹は黙ってな」
「じゃあ、夏休みまでに先生の秘密が分からなかったら?」
「そのときは――」甲塚がにやりと笑って宣言する。「退部してもらう。人間観察部をね」
*
「どうしよう!! 入部初日で退部フラグ立ってる!?」
夕暮れの帰り道、郁が頭を抱えて叫ぶ。
「まさか甲塚があんな手を使ってくるとは思わなかったな。まさか入部テストオッ――」
突然肩を掴まれて、前へ後ろへと揺さぶられる。言葉で説明すれば微笑ましい女子のじゃれつきだが、実際は呼吸が困難になるほどの強さで振り回されている。
「蓮が余計なこと言うからでしょーっ!? 東海道先生の秘密がどうとか……!」
むち打ち寸前のところで郁の両腕から何とか逃れた。
「馬鹿言え! お前だって、今日一日で甲塚の好感度下げまくってただろうが!」
「そんなこと――」勢い込んでた郁の顔がすっと青くなる。「え、マジ?」
俺が頷くと、その場で座り込んでしまった。
「選択肢ミスったか~……。ロードしたい……」
「そんな落ち込むことないだろ。退部になったって良いじゃん。甲塚がそう簡単に他人の秘密を触れ回るようなことをしない奴だって分かっただろ?」
「いや、それ逆に怖いでしょ……。簡単に喋らないってことは、ここぞってところで利用されるかもってことじゃん!」
「あ。それもそうか……」と、その時スマホの通知が鳴った。画面を見ると、3takeさんからDMが来ている。あとで確認しておこう。そのままカレンダーアプリで夏休みまでの残り日数を確認する。「夏休みまで残り一週間ちょいか。まあこれだけ時間があれば何か調べはつくだろ。頑張れよ、郁」
膝を抱える郁を置いて帰路を進もうとすると、背後から腰に手を回された。
「ここは幼馴染みが助けるところでしょうが!?」と、迫真な表情で叫ぶ。まるで妖怪だ。
こいつ、困ったら『幼馴染み』っていう属性をやたらと強調してくるな……。
「そうは言われても、俺は甲塚みたいにネットに強いわけでもないし、郁みたいにリアルが充実してるわけでもないんだけど……」
そうだ。
俺はただの流離いのすけべ絵師「rens」。ネットではちょっとだけ有名だが、リアルでは際だって役に立つような技能もない、一介の男子高校生に過ぎないのだ。
ところが、「そんなこと関係無いでしょ」と郁は言った。「役に立つとかどうとかじゃなくて、蓮は蓮でしょ」
「……」
「ていうか、蓮だって東海道先生の秘密知りたいんでしょ?」
うっ――
「それは――そうなんだけど」と小さい声で同意した。
「だったら一石二鳥ってことじゃん! ね?」
「……先生の秘密を知るのが一羽として、もう一羽は?」
俺が聞くと、郁は立ち上がって笑った。
「幼馴染みの株が上がります」
なるほど。
それは一石二鳥――かもしれない。




