第二回方針策定会議
「俺は曹操の部下を止めるぞー! 叔朗!!」
「あれ?
私、そのノリ兄者に教えた事ありましたか?」
「いや、お前に教えて貰ったとかじゃなくてな、ガチガチの儒者の中に居たから、久々に野に居る時のように叫んでみたかったんだよ」
劉備にとって、許都での官僚生活は窮屈だったようだ。
曹操は実力本位で登用しているものの、曹操の部下にだって儒の徒は多い。
曹操からして、最低限の礼儀は弁えている男だ。
劉備も盧植門下で、出来る事は出来るのだが、それでも形式的なのは嫌いである。
「何から話そうかな。
そうだ、曹操暗殺計画から話そう」
青州や徐州に残っていた面々は、劉亮以外皆驚いている。
有るとは思っていた。
しかし、それに劉備が関係したのか?
劉備は続ける。
首謀者は車騎将軍の董承。
董承は政争に長けた男である。
長安から皇帝が脱出した際、董承は最初から従っていた。
しかし、その皇帝を守る臣同士で勢力争いが起こると、董承は曹操を召し出して韓暹・楊奉・張楊といった者たちを追い落とす。
そして次は曹操の排除を目論んでいた。
この陰謀に劉備が誘われたと言うのだ。
「それで、曹操殿にはどんな問題が有りますか?
暗殺を企てた者たちは、何を問題視していますか?
単に陛下の後ろ盾の座を奪いたいだけなら、あの呂布や王允と同じ末路となりましょう」
家臣団を代表して劉亮が質問をする。
「まあ、天子の側近を退けたくらいかな」
「身内を多く登用したと聞きますが?」
これは劉亮ではなく、麋竺が発した言葉である。
噂では、曹操は自軍の重要人物を官職に就け、専横しているという。
腹心の荀彧なんかは、尚書令という朝廷の重要職に就いていた。
「そうではあるが、俺や袁紹からの推挙も邪魔されずに通っていたな。
まあ袁紹は友人だし、俺は曹操と仲が良かったってのはあるが」
単に自分の派閥だけではなく、能力さえあれば登用していた。
一方で、自軍の人間であれ、皇帝の側近であれ、無能ならば職から外している。
その有り様が「専横」と呼ばれていたのだが。
劉備が聞いた、曹操と皇帝のやり取りはこんな感じである。
「曹司空、卿は朕をどう思っている?」
「この漢に無くてはならぬ御方です」
「卿は朕の手足とも呼べる者たちを遠ざけておる。
そうして裸になった朕をいずれ廃するのではないか?」
「そのような事は考えておりません」
「朕を大事に思うならよく補佐して欲しい。
そうでないなら情けを掛けて退位させよ」
「何を仰せなのですか?
小臣に異心等有りません」
「では、朕を支えてくれた者たちも大事に思って欲しい。
あの者たちは朕の手足も同然。
卿には無能に見えたとしても、朕には大事な者たちなのだ」
曹操はこれに対し、何も言わなかったという。
「気持ちは分かるよ。
俺だってここに居る者たちを、他者から退けよって言われたら反発するからなあ」
劉備は周りを見渡して言う。
「だが、退位させよはいけない。
そんな弱い天子は不要だ。
でーんと構えていれば良いんだ」
「はあ……」
誰ともつかず、そんな返事が出てしまう。
「そんで、最初の話に戻る。
曹操を暗殺する首謀者は董承だ。
だが、あれは政治闘争に長けた手駒に過ぎない。
実際は……」
「皇帝陛下が首謀者?」
「そういう事だ。
俺ぁ、その密勅を見せられた」
「はあ……。
皇帝陛下が……」
「良いではないか。
皇帝陛下の思いを遂げられたら、我等の漢における立場は更に強くなりましょう」
劉徳然が暗殺に対し賛意を示す。
しかし、他の者は複雑な表情であった。
「おいおい、上に立つ者が臣下を暗殺とは穏やかじゃないんだぞ。
道理に合わないなら、堂々と罷免すれば良いんだ。
反撃されるのが怖いからって暗殺をする、それも自分でやらないで、側近に任せる。
構図が一緒じゃないのか?
盧植先生から習った漢の歴史、宦官が外戚を排した鄭衆や孫程らの時と。
そして、その後どうなった?
宦官がのさばる世になったんじゃないか」
劉備は学が無い。
暗記とか形式だけの学問を嫌っている。
しかし、物事の根本みたいな部分を妙にしっかり覚えていた。
今回も、側近に頼って専横する臣下を殺させるような皇帝は、今までと何ら変わらないと喝破してみせた。
「俺は疑っているんだよ。
曹操が初めてなのか? ってな」
「韓暹、楊奉、そして張楊の排除にも陛下が関わっていた、と?」
「董卓だって暗殺されたんだろ?」
「まさか!
董卓暗殺に陛下が関わっていたと?」
「王允は董卓によって三公に引き上げられた男。
そしてここでも誅殺の勅が出ていた」
劉亮は思わず、董卓から贈られた刀の柄を握っていた。
「元服前とはいえ、無いとも言えないよな。
確か、英邁であるとして皆から皇帝になる事を望まれていたんだったよな。
賢い子供が、ずっと陰謀だの政争だの暗殺だのの場に居続けて、そっちの方で才能を伸ばして来たなら?
俺ぁ恐ろしくなって来たよ。
曹操を首尾よく殺した後、その後はどうなる?
暗殺や政争を繰り返す皇帝や側近は、その次の脅威にも同じ事をするぞ。
おだてられて曹操暗殺の片棒担いだ『劉家の一員』が、それを良い事に専横し始めたからこれを排除した、そう言われたら皆信じてしまうだろ?」
だから適当な理由を付けて、陰謀渦巻く都から逃げ出したんだと言う。
適当な理由にされた袁術こそ良い面の皮だろう。
「ここまでは俺の話だ。
問題は天下の民の事だな。
この徐州を一周してみた。
ここの民は曹操を恨んでいる。
俺を望んでいる。
だから、俺は曹操の部下を止める。
独立して徐州牧に俺はなる。
それが民の為だ。
まあ、曹操が居たんじゃ俺の天下にはならないってのはあるがな」
野心的な表情になる劉備。
その肉食獣の笑いをすぐに収めると、真面目な表情になり
「曹操はしっかり政治をしている。
何故か俺を友達だと思ってくれて、皇叔なんてものに認定してくれた。
だけど、近くで接してみて分かったよ。
あいつは俺を必要としていない。
平時には俺は追放されるだけだ」
(そりゃあ、平時の劉備はポンコツに過ぎるからなあ)
劉亮は劉備の言う事も、曹操がそうするであろう事も理解出来た。
平時に劉備は不要だ。
地方役人でもろくな事をしやしない。
だが、そう言って無能者をあっさり追放する政権も不安である。
皇帝が「朕の大事な手足を残せ」と言った事も、それに通じる。
曹操の政権には、安らぎが無いのだ。
劉亮は若い時の曹操と話した時に、常に圧迫されるような感じを抱いた。
会う毎に冗談を言い合う関係に、一方的になられたが、それでも真面目な話をすると胸が詰まるような息苦しさを感じる。
また、劉亮は曹操の「先」を知っている。
「史実」では曹操と陳羣が作った九品官人法は、名門を貴族として固定化する社会を生み出す。
曹操自身は能力主義でいく筈だったが、実際にはそうならない。
一方で、劉備が見た事を信じるなら、皇帝・劉協の治世にも期待は出来ない。
力の無い皇帝が、側近を使って政敵をただ排除するだけの社会。
何も新しい事は無く、宦官の台頭を招いた皇帝の在り方を繰り返すだけ。
それなら曹操がやっている事の方が、前に進んでいるだろう。
「俺の考えを言いたい。
俺は可能ならば、青州、幽州、そしてこの徐州と将来的には豫州を奪い、ここに割拠して独立勢力になり、曹操に代わって皇帝を抑え、より良い世を作ろうと思う。
だが、そんなに上手くはいかないだろう。
正直、俺では曹操に勝てん。
呂布に負けた俺は、その呂布を倒した曹操の強さをよく理解出来る。
だったら、俺は袁紹と手を組み、袁紹を立てて曹操と戦いたい。
叔朗、徳然、お前たちは袁紹を見て来ただろう?
あの人は曹操程容赦の無い人間かい?」
答えは「否」である。
劉亮はかつて曹操が話した事を思い出している。
曹操は「皇帝なんてどうでも良く、それが枠に嵌まった仕事をしていれば劉氏のまま、下の組織の方を変革して、幼帝と夭折が相次ぐ後漢のような皇族でも世が成り立つようにしよう」という考えをしており、改革派と言って良いだろう。
一方の袁紹だが、これは直接意見を聞いた事が無いから推測になる。
袁紹の周囲が期待しているのは、「士大夫がきちんとした政治を行う、正しい漢の世の復元」であり、この場合逆に「皇帝はきちんとした存在に正さないとならない」とする一方で、政府組織は何一つ変わらない。
皇帝なんかどうでも良い改革派の曹操。
皇帝を含めて古き良き時代に戻したい袁紹。
だから、急激な変革を望まず、今まで通り「能力よりも人格重視、有能な人間でなくても誠実であれば国家を支えていける」事を望むなら、袁紹を頼った方が良いのだ。
逆に己の優秀さを信じ、有能な人材が世を引っ張っていく事を望むなら曹操だ。
こうした事を劉亮が回答し、劉徳然と先日まで袁紹陣営と共に易京を攻めていた劉展が、相次いで袁紹の素晴らしさを説く。
劉備は一々頷く。
そして一緒に許都から帰還した関羽と張飛の方を向き、確認を取る。
「民の為の漢を作るには、劉将軍の世が一番と儂は信じる。
それが一足飛びに成らぬであれば、一時袁紹の元に参じるのも良いだろう」
関羽がそう語り、
「『蒼天已死』の意味を、俺は許都に行って理解出来た。
今の朝廷に世を鎮める力は無い。
劉将軍の作ろうとする民の世を、俺は信じる」
張飛がそう吠える。
太史慈や新参ながら高順も含めて、青州に残っていた者たちも興奮していた。
劉備による天下取り、それも民の為の世の宣言は、心ある者を振るわせるだけの言霊を宿していた。
その過程で、袁紹の陣営に一時間借りしよう。
袁紹の立てる新皇帝が、董卓に立てられて、暗殺を望むような人物に成長した今の皇帝と比べて良いのであれば、それを盛り立てていっても良い。
盛り上がる中で、劉亮は一人醒めていた。
もしかしたら、留守番している陳羣も、熱狂に飲み込まれなかっただろう。
良いように言っているが、肝心な部分をはぐらかされている。
もしくは決まっていないのかもしれない。
「結局、左将軍は御今上を廃する冀州殿と歩調を合わせるのか?
それとも御今上を保護して政治を行う、曹操のやっている事を自分がしたいのか?
漢朝を再興させたいのか、既に機能しなくなった漢を作り直したいのか?
何をしたいのでしょうか?」
劉備は都勤めで学習したのか、何とも聞こえだけは良い言葉で返答する。
「それはだな、状況状況で変えるものだよ。
高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するんだよ。
俺たちには民の為の世を作るという芯があるのだから、それに合ったやり方を随時見つけるんだ」
(……要するに行き当たりばったりって事だな。
大義有って、そこへの道筋知らず……)
改めて「軍師」の必要性を劉亮は思っていた。
おまけ:
曹操「許都での官僚生活は窮屈って、劉備、お前何か仕事してたか?
俺の所で酒飲んでばかりだっただろ」
劉備「それが窮屈だって言ってんだ!」
曹操「楽しく飲んでただろ!」
劉備「話題が怖いんだよ!
何だよ、この漢で英雄と呼べるのは俺と君だ! とかさ」
曹操「褒めてるんだぞ」
劉備「両雄並び立たずって言うだろ!
ああ言われたら、警戒されてるなって馬鹿でも気づくぞ」
曹操「それはそうと、雷ってやつについて語りたい。
あれは竜でも何でも無くてな。
冬場にたまにバチって来るのがあるだろ?
あれのデカい奴が雷だから、ビビる必要無いぞ」
劉備「竜じゃないくらい分かってるわ!
話逸らしたいから、ビビった芝居したんだよ!」
曹操「うん、そのヘボ芝居、見抜いていたけどさ」
関羽「あの二人、仲良いよなぁ」
張飛「お互い楽しくツッコミ入れまくってる」
関羽「まあ、酒は楽しく飲むものだ」
張飛「あんな肩が凝る酒席は御免被る」




