新たな展開
「州牧殿、冀州から使者が来られました」
劉亮が出迎えたのは、袁紹の次男・袁煕であった。
劉備の正妻は袁紹の娘、つまり袁煕とは兄妹。
袁煕と劉備は義兄弟になるが、劉亮は劉備の実弟なので、袁煕と劉亮も義兄弟のような関係となる。
こういう相手だからこそ、袁紹も自分の子を使者にしたのだ。
「これは、よくおいで下さいました。
歓迎の宴を用意してありますが、まずご用件を伺います」
「忝い。
早速用件に入らせていただく。
青州殿は寿春偽帝(袁術)が亡くなったのはご存知ですな?」
「無論」
「討伐に出られたのは誰か、ご存知ですな?」
「それも無論」
当然である。
袁術は独立勢力たる事を諦めた。
恥も外聞も棄てて、あれだけ反発していた袁紹の元に庇護を求めて向かったのだ。
それを阻止しようとしたのは左将軍劉備。
袁術の進路に立ち塞がるものの、戦う前に袁術は病死してしまったが。
兄の仕事を、劉亮が知らない筈が無い。
だから袁煕が尋ねに来たのだ。
「左将軍から何か聞いてはいないか?」
「何か、と申されますと?」
「曹操の思惑とか、この行動の意味とか」
「いえ、何も聞かされてはおりません。
私も終わった後に知ったのです」
「そうですか……。
なればよろしいです。
お騒がせしました」
劉亮には、何となく袁煕が何を知りたかったのか、予測がついた。
人払いし、自分と陳羣、劉徳然、太史慈、高順と袁煕だけの話とする。
「袁術の受け入れは、冀州では既定路線だったのですね?」
劉亮の質問に、皆が驚く。
袁紹と袁術の対立は、この数年の天下の争いの根源であった。
曹操が徐州で虐殺したのも、呂布が天下を騒がせたのも、幽州で劉虞が死に公孫瓚が滅亡したのも、全ては袁袁対立から発したものだ。
それなのに、簡単に袁紹と袁術が手を組めるものだろうか?
自派閥の群雄と、富を失った落ち目の袁術が袁紹を頼るのは理解出来る。
しかし袁紹の方に、自分より袁家内での血筋で上位の、散々対立して来た従弟を受け入れるメリットが無い。
皇帝を僭称した袁術を迎え入れるのは、袁紹にとっても声望を失いかねない行為であろう。
袁煕は劉亮が色々悟っている事を見て取り、裏事情を話し始める。
「そうだ。
袁隗大伯父上から聞いていたかもしれないが、既に昨年から袁術殿の降伏は決まっていた。
袁術殿に従っていた袁家の者が冀州に移り住み、父上を説得していた。
我が兄(袁譚)は……有り体に言えば袁一族の嫡流・袁遺殿の養子。
袁術殿に仕えるも、その兄・袁遺殿の養子たる兄に仕えるも同じという理屈で冀州に入り込んだ。
そして袁術殿が持つ家督を、兄に渡す事で両袁家は一つになれる。
袁家の嫡流を譲る事と、袁術殿が即位の際に役立てた玉璽を我々に渡す事で、寿春の一党まとめて世話する事が決まっていた。
しかしそれが叶わず、玉璽は曹操の手に落ちた」
「袁紹殿は玉璽を手に入れたかったのですね。
噂では亡き孫堅が洛陽入城後に、古井戸の中に隠されていたものを見つけたとか。
即ちこれは、代々の伝国璽。
伝国璽無しに勅を出している陛下は、正当な手順を踏んでいない、認められない……」
「そういう事だ。
だから其方が、何か聞いていないか知りたかったのだが……」
一同は事情が飲み込めた。
散財して困窮した僭帝袁術を、袁紹が受け入れて得られるもの、それは皇帝の正当性という、政治上の得であったのだ。
代々の玉璽を手にすれば、それを使わずに新しく玉璽を作らせた皇帝の権威を揺るがす事も、引き渡しの条件として許都から自領に遷座させる事も、色々と取引が出来たのに……。
劉備はどこまで知っていて、どういう気持ちで曹操に協力したのだろうか?
冀州の隣国、青州と幽州を治める勢力なだけに、今後の動向を読む意味でも、劉備の意識を知っておきたい。
「兄の事は……私には分かりません。
兄は私には連絡等くれませんので」
劉亮がそう言うと、袁煕は同情したように
「もしや、劉家でも兄弟仲が悪いのですか?」
と尋ねて来る。
残念ながら兄弟仲は良い。
単に劉備が予想も出来なかった理由で行動し、それを事後報告して来るだけの話だ。
行動そのものは、改変要素が無ければ大体「史実」通りの事をするから読みやすいのだが、どうしてそうしたのかっていう理由はたまにぶっ飛んでいる。
特に暇を持て余している時が厄介だ。
まあ今回は「平時のポンコツ」が出た訳では無く、「乱世の劉備」らしい判断があったかもしれないが、その場合は「甘ちゃん」劉亮の方が劉備を計れない。
劉亮の中の人は「平和ボケの国育ち」なので、乱世の英雄の乱世ならではの判断には追いつけなかったりする。
その後、劉備は同行した曹操軍の朱霊・路招と別れ、許都に戻らずに徐州に入っている。
ただ入って、領内を巡回しているだけで、何も行動を起こしていない。
一体彼は何を思っているのか、曹操の命令でそうしているだけなのか?
これも袁紹陣営からしたら真意を知りたい。
袁家から侍女の名目で許都に送った女性間諜の報告では、劉備と曹操の仲は極めて良好で、劉備自身が気にしていない系図を持ち出して「皇叔」と呼ばせたり、かなりの厚遇をしているという。
幽州劉家は、後漢初期に分かれた遠い宗族で、県令レベルがやっとの末端宗族だったのに、ここに来て皇帝の親族扱いに格上げされたのである。
(自分の前世での記録と違って、こっちの世界の劉備は「漢」という政体を見限っていたからなぁ。
皇帝の一族扱いされて、今は一体どういう気分なんだろう?)
劉亮は疑問に思ってしまう。
「最近は間者からの連絡が入らない。
皆、露見して始末されてしまったのだろう。
それが間諜の宿命だからやむを得ないが……」
「袁煕殿、露見はしていましたが、始末なんかされていませんよ。
彼女たちは仕事を放棄したのです。
曹操に魅了されてしまって……」
「むう……あの裏切り者どもめ……。
しかし、一体どうやって?
それ程までに人を惹きつける魅力がある男なのですか?」
「あの人は稀代の女好きですよ。
全員篭絡されて妾になったって言ってました。
曹操のそういった部分は御父上の方が詳しいでしょう。
御父上に話を聞いてみて下さい」
後の話になるが、袁煕が曹操の女好き、女誑しぶりについて尋ねた所、袁紹は口を噤んで何も答えなかった。
代わりに大伯父の袁隗が袁煕に語ったのは、意訳すると
「自分の黒歴史を息子に語るのは嫌なんだよ。
察しろ」
であった。
若い頃の袁紹は、曹操と連んで悪事を重ねていたから、当時朝廷で重職に就いていた袁隗たち一門からは苦々しく見られていたものである。
なお、これも後から聞いた話だが、曹操は自分の女遍歴を自慢げに息子たちに話している。
大半の息子たちはドン引きしていたが、曹丕と曹植だけはそれを引き継いでしまう。
まあそれは後日の話。
袁煕とは入れ違いに、袁紹の元に劉備の妻となった娘から報告が送られていた。
弟にすら報告をしない劉備と違い、この娘からの報で袁紹は事情を把握する。
袁術の件は、完全に劉備のスタンドプレーだったのだ。
かつて袁紹と曹操はほぼ主従関係であった。
それが曹操の皇帝庇護と独立勢力化によって亀裂が入る。
それでも対袁術陣営では同盟関係にあった。
呂布戦では袁紹が曹操を支援し、公孫瓚戦では曹操が袁紹の行動を是として大義名分を与える等、これまでは協調して来た。
しかし共通の敵が居なくなった今、双方の幕僚は次の敵を見据えている。
それでも身勝手な手切れをすると、他の群雄が敵になる可能性が高い。
袁術が皇帝を僭称した途端に、孫策が絶縁して来たように、大義名分が無い者は味方からすら見限られる。
だから、双方が良い口実を探していた。
袁紹は、袁術が持つ玉璽を手に入れて皇帝の正当性を問い、それをもって曹操と手切れになる予定だった。
一方の曹操も、偽帝袁術を迎え入れた袁紹の非を鳴らして開戦するつもりであった。
言わば、両方にとって袁術の行動は都合良かった為、連絡こそ取り合っていないが、黙認する事で暗黙の合意となっていたのだ。
なにせこの二人、幼少期からの友人な為、どこか通じ合っている部分があるのだ。
それを左将軍劉備が皇帝に奏上し、袁術追討の勅を得る。
皇帝を担ぐ曹操からしたら、劉備の行動は忠臣なら当然の事なので、止める事も出来ない。
部下を付けて監視しながら、劉備が袁術を取り逃がす事を期待していた。
しかし袁術は進路を妨害された挙句、病死。
ここに袁紹・曹操の目論見は崩されてしまった。
そして劉備は曹操に、許都に残した妻子を陣中に迎えたいと連絡。
普通は、人質も兼ねている妻子を取り戻そうとしているなら、それは相手が自分からの離反を考えているものとして拒否するだろう。
しかし曹操はこれを認めた。
道中の護衛まで付けて、徐州に勝手に駐屯する劉備の元に送り出す。
袁紹の娘からの報告は、徐州に向かう事と、部下たちが反対する中曹操と軍師の一部がこれを認め、護衛まで付けているという部分までであった。
裏の事情とかは知る由も無い。
しかし袁紹は、これで曹操の思惑に気が付いた。
「孟徳め、次は劉備を使って私との手切れをするつもりだな」
袁紹は曹操の思考が大体は読める。
劉備は早晩、曹操に対して反乱を起こす。
理由は分からないが、あれも一個の群雄、野心を持っていておかしくない。
反乱を起こした劉備を曹操は討つだろう。
それに対し、娘婿を救出する為に袁紹は援軍を出さざるを得ない。
これをきっかけとして、開戦に持ち込む。
袁家としても、それは願ったりかなったりな事だ。
劉備には劉備の思惑が有るのだろうが、要は袁家の役に立つかどうかが問題である。
曹操も、こういう事態になるとは思っていなかっただろうが、いつか何かに使えると思って劉備と袁紹の娘の結婚を認め、わざわざ都に邸宅まで用意したのだろう。
全く食えない男だ。
「皆の者を集めよ。
徐州の事について意見を聞きたい。
ひいては許の皇帝についても、だ」
袁煕は劉亮から有意義な情報を得られないまま、冀州に帰っていった。
劉亮も劉備から何も知らされていない、劉備の独断での行動のようだ、というのが得られた情報であろう。
劉備と劉亮は兄弟だが、お互い独立して行動している、と。
袁煕が帰った後、皆を集めて協議を行っている劉亮の元に、やっと兄から連絡が届く。
『これからの事を話し合いたいから、徐州まで来てくれないか?
書状だと露見する可能性があるから、直接会って話したい』
これだけ。
まあこれだけでも
(何かまた、大それた事をやらかすつもりだな)
と予見出来てしまうのが、振り回されて来た弟の悲しい所。
「史実」では、劉備は「とある陰謀」に加担しているから、その話かもしれない。
どの道、劉備は曹操と対決する事になる。
どうしてそうなるのか、こっちの世界に来て「史実」とは違う事を見て来た劉亮の中の人は大いに気に掛かる。
劉亮はまた陳羣に留守を任せて、今回は劉徳然、劉展も連れて徐州に向かって行った。
おまけ:
曹操「俺がお前らより若い時な、本初と一緒にある村の家を襲撃して、結婚式中の花嫁を強奪したんだよ。
それで逃げる最中な、本初の奴、足を挫いてしまったんだ。
鈍い奴だよなぁ。
だから『花嫁泥棒は此処に居るぞ!』と叫んだ。
すると本初の奴、
『俺を囮にして逃げるつもりか、孟徳』
と、慌てて走り出したものさ!」
曹熊「…………」
曹彰「いや、あの、他人の花嫁を???
そんな魅力的な女性だったので?」
曹操「うむ、どんな女でも結婚式の時は魅力的なものさ。
それと、他人の女だと思えば尚更奪いたくなる」
曹彰「…………」
曹丕「流石父上、他の人には出来ない事をする!」
曹植「そこに痺れる、憧れるぅ!」
以上、曹家の情操教育でした。
夏侯惇「孟徳の家だけだからな!」
曹仁「うちはああじゃないぞ」
曹洪「うちの教育方針は、お金は大事だよ、だ。
余計な事して、後始末に散財する等以ての外だ!」
夏侯淵「元譲(夏侯惇)兄……、孟徳を反面教師に、真面目に一族を躾けていたのに、その反動が出たのか我が夏侯氏の娘があんな男に……」
夏侯惇「いや……まあ……仲良くしてるからなぁ。
孟徳も認めた事だしなぁ……」
色恋沙汰には口出し出来ん……」




