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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第六章:新勢力台頭
61/112

公孫瓚の最期、そして……

 冀州に残された公孫瓚最後の拠点・易京、この攻略に袁尚は手こずっていた。

 ここでは新年の祝いとかは関係無い。

 幽州での戦いで公孫瓚を討ち取れずに逃してしまった失態を挽回せんと、袁尚は真剣であった。

 しかし易京は気合いや真剣さでは落ちない。

 何重にも堀を巡らせ、多数の檣楼を持った難攻不落と謳うこの城内で、公孫瓚は屯田を行っている。

 食糧生産までしているから、単なる包囲では落ちそうもない。

 袁尚は攻め口を変えている。


 父・劉敬を殺された劉展は、易京包囲陣の一角を任されていた。

 劉亮は年賀の挨拶のついでで、劉展の陣に物資の差し入れをする。

 無論、他の将にも配ってやれと含み置いて。

 こういう気遣いもあるから、手柄を焦る袁尚も劉展を「邪魔だから帰れ」とは言えないのだ。


 袁紹と正室の劉夫人との間には二人の有力な男子がいる。

 長男の袁譚と三男の袁尚である。

 次男の袁煕は正室腹ではない。

 後継者争いは、必然的に袁譚と袁尚になる。

 だが、袁譚は袁術の兄・袁遺の養子となった。

 その上袁譚は青州を攻めて、劉亮に撃退されている。

 袁譚からしたら、孔融を攻めていたのに劉亮に切り替わってしまい、何が何だか……といった感じのモヤモヤを持っていた。

 袁譚が失敗した以上、袁尚は後継者は自分だと張り切ったが、彼も幽州で失敗する。

 失敗というか、画竜点睛を欠くと言った方が良いが、兎も角公孫瓚を討ち取って初めて、兄に対しても己の優秀さを誇示出来るというものだ。

 更に、袁譚を失敗させた青州の劉備陣営が、対公孫瓚戦では自分の味方となっている。

 余計に劉展を優遇し、兄に器量の違いを見せつけていた。


 袁譚と袁尚の後継者争いには、家臣たちも絡んで来る。

 袁尚には

「一連の北での戦いが終われば、次は曹操だ。

 許都を落として皇帝を手中に納めよ。

 そうすれば天下は袁家のものだ」

 とする派閥が着いている。

 故に袁譚には逆の

「曹操には構わず、北方四州を固めて時機を伺え」

 という派閥が加担していた。

 袁譚は自分の失態を相殺する為にも、青州と幽州涿郡を手に入れる、劉亮を倒したいという思いも抱えていた。

 北方四州派はその意味でも、袁譚と親和性が高かった。


 易京は難攻不落と謳われていたものの、実際は未完成であった。

 劉亮の前世の歴史「史実」より劉虞が長生きした為、また涿郡を幽州劉氏が実効支配していた為、涿郡の南、冀州幽州境に在る易県への梃入れが遅れたのだ。

 渤海郡の大半を奪われながらも、北部に拠って領地を維持していた従兄弟の公孫範が地道に築城していたが、外部の城壁は強度不足で、袁紹軍の攻城兵器の前に破壊されてしまう。

 だが、本城とも言える中央楼閣と、その外側二重の防壁は強固なもので、ここを攻めあぐねていたのだ。


「ウォールマ〇ア、ウォールロ〇ゼ、ウォールシ〇ナって所かな?」

 易京の最終防衛線の強固さを聞いて、劉亮が独り言をぶつぶつ言っていたが、それを聞いても他の誰も分かってくれない意味不明な言動となっている。

「州牧殿はたまに、よく分からん例えをする」

「だが、こんな城は地下を掘り進んで崩すとか、そんな事も仰ってた。

 袁尚殿のなさる事を正確に見通しておられた」

「旅順を落としたようにとか言われていたが、貴卿はそのような城を御存じか?」

「はて?

 州牧殿が酔った時に口にする単語は聞き流す事にしておる故。

 酔われても、言っている内容は論理的だが、例えで出される言葉は知らぬ物ばかりだからな」

 劉亮の供として冀州に行った官僚たちが、聞こえても構わない声で批評している。

 劉亮自身、この時代の人間が知り得る筈が無い事を口にした事を恥じているから、特にお咎めは無い。

 曹操に会った時に調子が狂わされる他、どうしても飲酒しなければならない場面では、失言や酒乱こそしていないが、どうにも舌が滑らかになってしまう。

 なお、そうなるまで飲ませた単于たちも

「鹹水とか言っていたが、お前知っているか?」

「中国に居るのに中華麺が無いとか残念、ラーメン食いたいとか言っていたな」

「ラーメン、何だそれは?」

「知らんよ」

「それと、モンゴル高原に岩塩が有るとか言っていたが、モンゴルって何処だ?」

「どこの部族の住む場所と言ってくれたら分かりやすいのに、勝手な名前で呼んでいるから、分からん」

「まあ、塩が採れる場所は知っているから、あの辺かな、と予想は出来るが」

 こんな感じで、酔った劉亮のビジネスアドバイスも通じているようで、通じて無いようで、何となく通じているか? といった具合であった。

 なお塩は漢朝の専売品で、安く民衆に売れば漢との戦争になるから、朝廷に買わせた方がこの際は無難、それを貸しにして代わりの商品の販売自由化を勝ち取れ、なんて事まで言ってるから、やはり酔って舌が滑り過ぎているようだ。


「袁王と劉亮殿が支配する世になれば、我々にも益が大きいな」

「ああ、我々を兎角敵視する公孫瓚には、もう戻らないで頂こう」

「劉虞殿が死んで、一時はどうなるかと思ったが、我々にとって悪くない世は続きそうだな」

 本来一貫して仲が良い訳ではなく、時々殺し合う北方民族だが、今のところ利害が一致していて穏当な関係になっている。


 そして漢北部や長城の外側において、要らない子となっている公孫瓚の最期が近づいていた。

 袁紹軍の攻撃は苛烈で、公孫瓚は黒山賊の張燕の元に送った息子の公孫続に、泣き言のような手紙を出していた。

『袁氏の攻撃は鬼神の如し。

 日に日に追い詰つめられ頼む当て無し。

 その方、張燕に砕ける程地に頭を打ちつけて頼み込み、軽騎兵を援軍に送るべし。

 然も無くば、我亡びし後天下にその方の居場所無しと心得よ』


 袁尚はこの泣き事書状を途中で奪取すると、それを逆用して黒山賊が救援に来ると見せかけた。

 合図の狼煙が上がると、打って出た公孫瓚軍を待ち伏せし、これを撃滅する。

 この時、城に入り損ねた一部の隊が敵中に孤立した。

「演義」では救援に出ようとした者を

「今、城門を開けば敵の侵入を許してしまう」

 と見殺しにして、公孫瓚は大いに失望されたとなっている。

 しかし実際は違った。

 公孫瓚は救援に出ようとしたのだ。

 しかし「演義」と逆に周囲から

「今、殿まで失っては我々はもう戦えません」

 と必死に制止され、泣く泣く味方を見捨てたのだ。


 兵力を失い、打つ手無くひたすら籠城。

 妨害する矢を射る兵が少なくなり、攻城兵器群は更に猛威を振るう。

 しかし衝車や井楼による攻撃すら囮で、本命の坑道掘削により、ついに最後の城壁まで崩されてしまった。


 死を覚悟した公孫瓚は、最後にある叫び声に応える事にする。


「出て来い、父の仇・公孫伯珪!

 劉展徳公がその首貰う!」

 その声に対し、公孫瓚は高みから返答。

「吠えるな!

 俺が公孫伯珪だ。

 お前を返り討ちにする前に尋ねる。

 俺がお前の父の仇と言っているが、劉子敬の事か?」

「そうだ!

 覚えがあろう」

「いや、知らん。

 劉叔朗からの絶縁状に書いてあったから聞いてみた」

「知らんだと!?」

「知らんものは知らん。

 その劉子敬は、誰の命令で劉虞の軍に参加した?

 玄徳は許都に居るし、俺を裏切るような奴でもない。

 さしずめ叔朗ってところだな?」

 劉展は否定する。

「叔朗兄も、全く知らなかったぞ。

 なんで我が父が参陣したのか、困惑していた。

 俺は徐州にてこの報を受けたが、皆何も知らなかった。

 あと、あんたも言っているように、玄徳兄は友を裏切る男ではないからな」

「玄徳は確かにそうだな。

 だが叔朗は違うだろ?」

「叔朗兄も何が何だか分からない、と目の下に隈作りながら、爪を噛みながら言っていたぞ」

「あいつは袁紹の方に傾いていたじゃないか」

「は?

 それは俺の従兄弟の劉徳然だ。

 勘違いしているだろ。

 叔朗兄は劉・袁・公孫の和の為に動いていただろ?

 覚えていないとは言わさんぞ」

 頭が残念な劉展は「袁紹派=劉徳然」と思っているが、公孫瓚は劉亮と何度も会っている為、勘違いはしていない。

「だが、それも其方の父を犠牲にすれば、俺を討つ大義名分を得られよう」

 確かに劉亮は、いずれ滅亡する公孫瓚との関係が切れないか、考えてはいた。

 しかし結局、自分からは切れなかったのだ。

「俺の立場はどうなる?

 あんたがどう考えているか知らんが、叔朗兄は身内を犠牲にする陰謀とか、そんな冷たい事出来んぞ。

 色々突飛な事を考える人だが、言っちゃなんだが……結構な甘ちゃんなんだぞ」

 そう、劉亮は身近な人を見捨てられない甘さがある。

 どうしてもダメなら諦めるが、陰謀家として身近な人間を犠牲にして何かを得るとか、考えても実行出来ない。

 彼が残酷になるのは、敵限定である。

「では、其方の父が勝手に参加したとでも言うのか?

 俺に何の恨みがあってそうした?」

「恨みなんて無いんじゃないか?

 あんたが俺の父を知らんのなら、俺の父もあんたに恨みも恩も無かったんだろうよ。

 ならば、同じ劉氏として劉虞殿を助けに行ったんだろうよ」

「であれば、お前の父が勝手に死んだだけだ。

 俺を恨みに思うのは筋違いだな」

「俺はあんたを恨んではいない。

 父の仇だと言っているんだ。

 理由なんてどうでも良い。

 父を殺されて立ち上がらない不孝者は、この漢の地には居らん!」

「そうか、そうだな……」

 公孫瓚は、どうやら劉備と劉亮が自分を裏切った訳ではないと知った。

 義理で同じ劉氏に味方した田舎親父を戦死させ、それで仇を討たざるを得ない状況が出来てしまった。

 劉展が言うように、儒の国・漢では親の仇、師の仇、主君の仇は討つものである、例えそれでお尋ね者となろうとも。

 劉備たちが自分を嵌めた訳ではない、弟弟子たちが自分を排除した訳ではないと分かると、公孫瓚の気分がスッと晴れていった。

 猜疑心が強くなっていた為、裏切りは無かった事と、純粋な仇討ちの気持ちに触れた事で、何かが吹っ切れた。


「お前を返り討ちにするのはやめた。

 お前を殺せば、今度こそ玄徳や叔朗の仇になってしまう。

 俺は勝手に死ぬ。

 お前如きの手には掛からん。

 それをもって劉家と公孫家の悪縁は終わりにする」


 そう告げると公孫瓚は最後に残った建物に消え、やがてそこから黒い煙が立ち登る。


「気が済んだか?」

 袁尚の問いに

「全然済んでいません」

 と答え、苦笑いさせる劉展。

「まあ、あんたの気が済んでなくとも、戦いは終わりだ。

 我が兵が公孫瓚の死を確認する。

 あんたは一族に、仇討ち達成を報告すれば良い」

 袁尚は戦争の終結を宣言した。




 袁紹は、傘下に入っているとする劉備陣営の領土を含め、北部四州を固める事に成功する。

 一方、孫策が離反し、陶謙、呂布、公孫瓚と味方を失った袁術の勢力はほぼ壊滅した。

 仲皇帝袁術はまだ生き残っているが、既に裸の僭帝おうさまに過ぎない。

 袁紹対袁術の時代は終わり、次の対立の時へと進もうとしていた。




 劉展から「甘ちゃん」と評された劉亮。

 確かにその通りだ。

 中の人が、他人を出し抜く事を美徳としない社会で育ち、死んでいったのだから、全くもって甘い。

 今まではそれでもやって来られた。

 これから先はどうなるか分からない。

 劉備不在のまま、青州は次の時代を迎える。

おまけ:

劉亮が漏らしたモンゴル岩塩は、堅昆族と丁零族の居留地の中間くらいにある為、そう言っておかないと伝わらないかも。

まあ、鮮卑最盛期の領域が微妙に近くまで行ってるので、知ってる可能性はあります。

まあ鮮卑族も

「あんな砂漠に行ってられるか!」

となりそうですが、ボロ儲け出来ると分かればどうなるやら。



お願い:

出来れば「先読み」はしないでいただきたいです。

「あれ作るの?」「彼は登用するの?」で、割と核心に迫るコメントもありましたので。

話の流れとは関係ない、源氏物語で言えば「末摘花」的な部分は自分でネタバラシしたりしますが、そうでないものは先読みされると……。

なんとなく発音が似ている「酒飲み」は歓迎です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 劉家と公孫家の悪縁が終わったのなら、趙雲には是非劉備陣営に加わって欲しいな 趙雲自体が人気のある武将なので、このまま未登場にさせるには惜しいし、陶謙の援軍に加わっていたのなら、劉備に会う機会…
[一言] 最後公孫瓚が正気に戻ってくれてよかった
[気になる点] 青州兵の少ない曹操vs青州を制圧できてない袁紹の官渡の戦いが近いのかな。 史実との違いがどう影響するか楽しみです。
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