27.別れ
アルとの別れは明後日。
2人は世話になった人達への挨拶回りをすることに。
翌朝、目を覚まして朝食の準備をする。
少しすると、アルが起きてきて洗面所へ向かう。
今日からアルのバイトは、通常の時間帯に戻る予定だった。
しかし、今日はそれどころではない。
洗面所から戻ってきて、テーブルの前に座るアルに、朝食を出して私も座る。
「いただきます」
「いただきます」
朝食を食べながら話を切り出す。
「アル、今日はバイトお休みよ」
「んん? 何でだ? 昨日も休んだし、店も困ってるんじゃねーか?」
「それはそうだけど、それどころじゃなくなったのよ」
アルは、卵焼きを頬張りながら、首を傾げる。
「明後日、アルはヴィエラザードに帰れる事になったわ」
「何?!」
驚いた表情で、大きな声を出す。
卵焼き焼きの欠片飛んでるわよ。
「明後日ってなんだよ!? 何で俺に相談しないで勝手に決めてるんだ!?」
何故か怒られてしまう。
「早く戻りたいんじゃないかと思って……」
「……」
どうしたのかしら? あまり嬉しそうじゃない?
あんなに帰りたがってたのに。
「とにかく、もう決まったから。 今日はお世話になった人に挨拶に行くわよ」
「……」
「返事は?」
「わかった」
やっぱり少し不満そうだ。
まだ何かやり残した事でもあるのかしら……。
だとしたら、ちょっと悪い事したわね。
朝食を食べて、まずは一番お世話になった藤宮書店へ向かった。
「そっかー……もうお別れなんだね」
「すまん。 これからもまだまだバイトするつもりでいたんだが」
「良いよ良いよ。 凄く助かってたし。 ね、兄さん」
「ああ、惜しいぐらいだ」
「そうか……」
「アル兄……」
「いや、何でもねー。 んじゃ、挨拶回りしてくる」
「またね、蘭菜」
「明日の夜、有栖の部屋に行くから!」
蘭菜は、そう言って手を振っていた。
商店街の人達や、ケルベロスちゃんにもしっかり挨拶をして、最後に大家さんにも挨拶。
この数ヶ月で、結構な人数の世話になったものね。
部屋に戻って、2人の時間をゆっくりと過ごす。
「なあ、本当に良かったのか? 明後日なんて急すぎんだろ?」
「何を今更。 早く戻りたいんじゃないの?」
「今更戻っても、もう戦いは終わったんだ。 俺なんか居なくもな」
「待ってる人がいるじゃない? ラーナさんやアリスさんが、アルを待ってるわ」
「それはそうかもしれんが……そうだ、クリスマスってのはどうするんだ? 約束したよな?」
一体どうしたのかしら? まるで、ヴィエラザードに帰りたくないみたいに聞こえる。
「なあ?」
「残念だけど中止よ」
「……そうかよ」
アルは、不機嫌そうに言うと、黙って布団の方へ行ってしまった。
どうして? アルの為に、私は自分の我儘を我慢してまで早く戻れるようにしたのに。
「ねぇ、どうしたのよ? 何かやり残した事があるの?」
「別にそうじゃねーよ」
「じゃあ、どうして嬉しそうにしないのよ」
「……別に嬉しくないわけじゃない。 ただ、あまりに勝手に決められたからな」
「それはごめんなさい……」
確かに、本人に相談も無しに決めてしまった事は悪かった。
そこは素直に謝るしかない。
「まあ、決まったもんは仕方ない。 最後の時間をケンカして暗い雰囲気で過ごすこたぁないか」
「アル……」
「ただよ、ショックだったんだぜ」
布団から起き上がり、胡座をかいてそう言った。
「ショック?」
「お前が、俺を早く追い出したがってるような気がしてな」
「え……」
アルと出逢った頃なら、間違い無くそう思っていただろうけど。
今は違う。
「そんなわけないでしょ? 本当はまだまだ一緒に居たいって、そう思ってるに決まってるじゃない」
「有栖……そうか、それを聞けて良かったぜ」
「バカなんだから」
私は、アルの方へ歩いて行き、アルの前に座る。
まさか、部屋の前で拾った異世界の男性と、こんな風になるなんてね。
私は、ゆっくりとアルの胸に頭を預ける。
本当、不思議だわ。
アルが優しく頭を撫でる。
その日は、2人で手を握りながら眠りについた。
◆◇◆◇◆◇
別れの日──
この日は平日で、普通に登校日だった私は、朝起きて朝食を食べ、学校へ向かう。
アルは、1日留守番。
「おはよ、有栖。 今夜だね」
「そうね」
「えっちぐらい済ませた?」
「そんなことしてないから!」
何言ってるのかしらこの子は!
「ありゃー、奥手だねぇ」
そういう問題かしら?
「キスは?」
「それもしてないから」
「そっかー」
そんなことして、今より好きになったりしたら別れが辛くなる。
「寂しくなるね」
「そうね……」
そうか、明日からはまた、あの部屋で1人なのね。
ほんの数ヶ月前までは、それが当たり前だったのに、今じゃ考えられない。
その日の授業は、あまり頭に入らなかった。
今夜は、私の部屋で泊まるつもりらしい蘭菜は、着替えを持って来た。
時間が遅くなるから危ないというのと、私を心配しての事だと思う。
「アル兄、これ兄さんから」
蘭菜が何かお土産を渡している。
聞くと、たい焼きだそうだ。
夏祭りを思い出すわね。
「サンキュー。 皆で食べながら、こっちの世界の話をたっぷり聞かせてやるぜ」
「ははは、私の事はとびきり美人だったと伝えたまえ」
「ラーナと瓜二つだったって伝えれば良いだろ」
「うがー! ラーナさんとやらより美人だったと伝えたまえ!」
何でそこに拘るのよ……。
「アリスさんによろしくね。 色々とありがとうって伝えてくれる?」
「任せろ」
時間が刻一刻と迫ってくる。
何か言い残したことは無いかしら?
「アル、忘れ物無い? 指輪は? 腕時計とか剣は?」
「大丈夫だ。 全部持ったぞ」
「そ、そう」
アルは、この世界に来た時の装備に身を包み、その時を待っている。
他に、他に言い残した事は……。
その時だった──
目の前に、突然黒い大穴が姿を現し、その向こうから声が聞こえてきた。
「アル兄〜、この穴を通ってこれば、ヴィエラザードに帰ってこれるよ〜」
ラーナさんの声だった。
とうとう別れの時が来たようだ。
何か、言い忘れた言葉は……。
「じゃあな、有栖、蘭菜。 今までありがとよ」
「いやいや、こちらこそ楽しかったよ。 元気でね」
「おう」
「……」
「有栖、何か言う事無いの?」
「……てる」
言い忘れた言葉……。
「愛してる!」
こんな言葉、初めて口にした。
アルはそれを聞いてニカッと笑った後に「おう、俺もだ」と言い残して、穴の中へ消えていった。
穴が次第に小さくなり、完全に閉じてしまう。
「帰っちゃったね」
「……アルゥ」
「よく我慢したよ、有栖。 もう泣いて良いよ」
「っっ……ぐすっ……うぅっ」
その夜は、一晩中蘭菜の胸の中で泣き腫らした。
◆◇◆◇◆◇
2週間程が経って、アルがいない日常を何とか受け入れ、また灰色の青春を過ごす私。
バイトの日数も無理の無いように調整して、体調管理を心がけるようになった。
蘭菜は、私の心配をして、週末には部屋に泊まりに来るようになった。
心配いらないんだけど。
カーテンで作った仕切りは、そのままにしている。
閉めて寝ると、そこにアルがいるような気がして安心するからだ。
アルのお茶碗やお箸も取ってある。
たまに使っているのは内緒だ。
「はぁ。 休みは退屈だわ。 勉強も十分やったし」
部屋で横になって、アルの事を考える。
ちゃんと、アリスさんに指輪は渡せたかしら?
今頃、恋人同士になってるかしらねー。
実は、夢を見ればまたアルに会えるんじゃないか、と淡い期待を持っていたのだけど、あれ以来ヴィエラザードの夢を見なくなった。
アルが近くいたから見れていたのだろうか?
「はぁ……」
溜め息ばかりが、口を突いて出るのだった。
アルがヴィエラザードへ戻ってしまい、以前のように1人戻った有栖。
心にぽっかり穴が開いたような感じがするようだ。




