12.夏休み
夏休みに入った有栖だったが、夏休みの予定もバイトと塾の夏期講習ででぎっしり!
それを見かねた蘭菜がある提案を。
あれから体調は戻り、いつも通りの日常へ戻ってきた。
いわゆる学期末試験を終え、答案が返ってくるともうすぐ夏休みである。
夏休み! 世間の女子高生なら色々なイベントを彼氏や友人と楽しむ青春の季節!
なんだけど──。
「塾! バイト!」
「また倒れるよ?」
心配そうに見つめながら蘭菜が言う。
「だってー……」
「はぁ……と、言うわけで! 休みに入ったら海水浴いくよ!」
「塾が……ていうか店休んで良いの?」
「良いの良いの! お父さんや兄さんに任せとけば! 塾だってみっちり入れてるわけじゃないんでしょ?」
「まぁ、そうだけど出費が……」
バイト代は、生活費や後の学費なんかも考えた貯金などで消える。 ある程度は両親が負担してくれるとはいえ、やはり出来るだけ自分の力でやっていきたい。
「旅費なら出すじゃーん! 日頃頑張ってる有栖にボーナスだよボーナス」
「現金で頂戴よそれ」
「うっわー……自分に正直ねぇ」
旅費に消えるボーナスより、今後の為に貯金出来るボーナスの方が良いに決まってる。
「アル兄と二人……夕日の沈む海を眺め愛を語り合い」
「誰が?」
「有栖に決まってるじゃないのさぁ」
私がアルと愛を語り合う? 何でそうなるのかしらね?
「アルはただの同居人。 そんな感情は一切ありませーん」
「欠片も?」
「欠片も」
蘭菜は溜め息をついて呆れたように「そんなんだから灰色なんだよ」と言った。
ほっとけ!
「でも、海水浴には行こうよー」
「……もう、しつこいなぁ」
「たまの息抜きはちゃんとしないと。 本当この間みたいに倒れるよ?」
ペンを器用にくるくると回しながらそう言う蘭菜。
確かに、倒れた事で蘭菜やアルには迷惑かけてしまった。
バイトも学校休んでしまったし。
無理しても良いことが無いと言うのはよくわかったわ。
「はぁ……わかったわかった。 スケジュール確認するから待って」
鞄からスケジュール帳を出し、夏休みの予定を確認する。
バイト、塾、バイト、塾と毎日の様に入っている。
「ここが三日ぐらい塾の予定無いわね」
8月の頭だ。
「よし、その日にしよう! 店は休みにして旅館予約して」
「泊まり?」
「もち!」
まあ、いいか。
リフレッシュすると決めたらとことんリフレッシュよ。
「で、本当にアルも誘うの?」
そう訊くと蘭菜は「何を当たり前な事を」みたいな顔をしてこちらを見る。
まあ、あいつ一人を天衣町に置いていくのも怖いししょうがないか。
「はぁ、わかりました! 誘っておきます」
「よろしくぅ!」
アルを旅行へ連れて行く……一筋縄では行きそうにないわね。
今から、その日の事を考えて頭を抱えるのだった。
◆◇◆◇◆◇
そんなこんなで夏休みに突入!
予定通りにバイトと塾の夏季講習をこなして、ついに問題の海水浴の日がやってきた。
現在は朝7時。
駅前にある蘭菜の家「藤宮書店」に集合している。
「なぁ、旅に出るのにこんな軽装で良いのか? 剣とかあった方が良くないか?」
「要らないから」
「にゃははは! アル兄もいい加減こっちの世界に慣れなよ」
バンバンとアルの背中を叩く蘭菜。
かなりキツめに叩いてるように見えるけど、アルは特に痛そうな反応はしない。
向こうの世界で相当鍛えられているのだろう、叩いた蘭菜の方が「痛いよぅ」と涙を流している。
かと、思ったらニコっと笑みを浮かべ……。
「んじゃ、れっつごー」
朝から元気な蘭菜に引っ張られて、いざ海水浴へ。
そういえば、アルは電車も初めてだったわね。
とりあえず切符を渡して使い方を教える。
「うお! こいつ、口を開けやがった! このキップってのはこいつのエサなのか!?」
「バカやってないで早く来なさいよ!」
改札で遊んでいるアルを引っ張って連れて行く。
恥ずかしいことこの上ない。
改札でこの有様である、電車に乗ったらどうなることか。
「扱い慣れてるねぇ、奥さん」
「奥さんじゃないから」
「中はこうなってるのか。 店からいつも見てて気になってたんだよな!」
構内を見てはしゃぐアル。
こんなとこ何が面白いのやら。
しばらく待っているとホームに電車が入ってくるわけなんだけど。
「こいつはなんだ?」
「電車だよアル兄」
「沢山の人を乗せて運ぶ乗り物よ」
「ジドウシャのパワーアップしたやつか。 鉄で出来た馬とかやべぇなチキュウ!」
鉄で出来た馬は、もう馬じゃないと思うけどなぁ。
下らない事を言っているアルを引っ張って電車に乗り込む私達。
馬車に乗り慣れているおかげか、電車に乗った後は比較的大人しくしていた。
「はえーなこの馬車。 どんな馬が引いてやがるんだ?」
「さぁねー」
「アル兄といると飽きないねー」
やっぱり、蘭菜の家に預けるべきだったんじゃないかと、後悔し始める私であった。
◆◇◆◇◆◇
しばらくの間、電車に揺られていると窓の外に海が見えてきた。
「なぁ、でっかい湖があるぞ? なんだありゃ?」
アルが指差す方向を見ると、そこには太陽の光を反射して煌めく青い大海原が広がっていた。
アルのいた世界に海は無かったのだろうか?
「あれが海よ」
「この旅の目的地だな?」
「そうだねぇ」
アルは何だかんだで楽しんでいるようだ。 向こうの世界と違って、気負う必要もない平和な旅を満喫してほしいものだ。
まだ意味のわからない事をたまに言うが、最近は随分とマシになってきた。
こっちの世界に馴染んできたのかしら?
とはいえ、やはり元の世界が恋しいのだろう。
時々、アリスさんやラーナさんの事を心配している。
早くなんとか帰してあげたいわね。
「そういえば、有栖はどんな水着を持って来たのかなぁ?」
「え、普通のビキニだけど?」
特徴も何もない、青と白のストライプのビキニを持って来たけど。
「せっかくアル兄が見てくれるのに? もっとエロエロな水着にすれば良いじゃん」
「エロエロって……」
大体、アルはそういうの興味ないんじゃないかしら?
「アルって、女の子の体とか興味あるの?」
ついつい聞いてしまった。
私はなんて事を……。
「女の体? あるに決まってんだろ? アリスの水浴びを覗こうとして何度痛い目に遭ったか」
腕を組んでうんうん頷きながら力説するアルを、私と蘭菜はそんなスケベアルを白い目で見つめるのであった。
アリスさんとそっくりらしい私は気を付けよう。
「それがどうかしたのか?」
「えっ? 別に何でも……」
「むふふー、アル兄、有栖は今日水着になるんだよ」
「ミズギ?」
「ちょっと蘭菜!」
また蘭菜が余計な事を言おうとしているようだ。
「水着というのは、とてもエロエロな装備のことなのさ!」
「何!? つまり有栖がエロエロということぐぁっ?!」
言葉の途中でアルの延髄にチョップを入れる。
さすがのアルにも効いたようだけど、私の手も痛い。
本当に鍛えられてるのね。
◆◇◆◇◆◇
旅館に着いて取り敢えず荷物を部屋に置く。
少し旅の疲れを癒す為に、部屋で寛ぐ……。
「って、なんで三人同じ部屋なの?!」
「あちゃ、やっぱ有栖とアル兄の二人部屋にした方が良かったかにゃ?」
「いやいや、アルは一人部屋にすべきでしょ?」
「良いんじゃん? 有栖とアルは一つ屋根の下で暮らしてんだから」
まあ、そうなんだけど。
「でも蘭菜もいるじゃない?」
「私は別に構わないけどねー」
お茶をすすりながら「はぁ……」と息を吐くババ臭い蘭菜。
そんな私達を見たアルが申し訳なさそうに口を開いた。
「なぁ……俺は別に外で寝ても良いんだが?」
私と蘭菜のやりとりを見て、自分が邪魔だと悟ったのかそんな事を言い出した。
外で寝るなんて言われたら、何も言えないじゃない。
「もういいわよ別に。 三人部屋で」
「おおー、さすが女房は優しいねー」
「女房じゃないから」
「良いのか? すまんな」
いつにもまして殊勝な態度のアル。 私何かしたかしら?
「でも、ちょっと離れて寝てよね? あと夜這いも禁止」
「お、おう! アリスを夜這いして何度痛い目に遭ったか! 二度とごめんだぜ!」
こいつ、結構性欲を持て余してるのね。 アパートの部屋では気を付けないと、いつ襲われるかわかったもんじゃないわ。
「よし! そろそろ泳ぎに行きますかー」
「ウミにはどんな魔物が──」
「いないから」
もはやお決まりとなったやり取りをかわしながら、私達は海へ向かうのだった。
楽しい海水浴が始まる! 初めての海! アルが何もしでかさなければいいけど。




