79 水球の老人
ウンディーネの居場所を守っている心優しいダンジョンマスターが夢法師。
ウンディーネの説明は筋が通ってたけど、私には違和感があった。
(ちがう。私の夢に現れた夢法師はそんな人物じゃなかった)
同じ疑問は、シェリーさんも抱いたようだ。
「おかしいな。だとしたら、どうして夢法師はわたしの夢に現れたんだ? とてもわたしはダンジョンマスターになれるような人物じゃない」
シェリーさんの疑問はもっともだ。
私やルイスの夢に現れたのはわからなくもないけど、シェリーさんではあきらかに不適格だろう。
「それに、覚醒者が事件を起こしてるのもおかしいよね。ダンジョンマスターにするのに、何も村人を皆殺しにする必要はないはずだし」
「ど、どういうことでち?」
女の子ウンディーネが驚いて聞いてくる。
私たちは地上で起きてる事件のあらましを伝えた。
「むむむ……それはおかしいでちね」
そう言って、二人のウンディーネがそっくりの動作で首をひねる。
「まさか、覚醒者の件は夢法師のしわざではないというのか?」
シェリーさんが首をひねる。
「ううん……そんなことはないと思うけど。私もシェリーさんも夢法師に会ってるし、『力が欲しいか?』って言われてる」
「うむむ? 待ってほしいでち。マスターはおどけて夢法師と名乗っていたでちが、そんなことを聞くはずがないのでち。単に、ダンジョンマスターにならないかと誘うだけのはずでち」
「わけがわからないな。そのマスターに会うことはできないか?」
「マスターは後継者を選ぶことに集中したいと言ってこもりきりなのでち。でも、そういうことなら頼んでみるでち」
ウンディーネ二人がそろって部屋から出て行った。
「どう思う?」
シェリーさんが聞いてくる。
「ウンディーネに嘘はなさそうですね」
「しかし、ダンジョンマスターは夢法師だ。もしや、夢法師がウンディーネを騙している?」
「どうでしょうか。それに、私の出会った夢法師はお世辞にも人格者とはいえません。人物像が違いすぎます。ひょっとしたら……」
「別人か」
話してるあいだに、さっきのウンディーネが戻ってきた。
男の子のほうだけだね。
「案内するでち」
ダンジョン遺構の中を進んでいくと、ほどなくして神殿のような空間に出た。
その奥にある扉の前に、さっきのウンディーネの片割れがいた。
その顔色が、どことなく硬い。
いや、ゲルみたいな水色だからわかりにくいんだけど、そんな気がした。
「返事がないのでち」
私はすばやく扉に近づき、耳をつけて中の様子をうかがう。
『まだ……あきらめぬか』
『野放しにするには……』
『あくまでも拒むというのなら……』
何か、重く低い声が聞こえてくる。
私は黒鋼の剣と無念の杖を取り出し、エーテルショットを放って扉を破った。
高さ四メートルはありそうな部屋の真ん中に、水の塊が浮かんでる。
直径三メートルはあるだろう。
その真ん中に、ミイラのように枯れた老人がいて、その前に闇色のわだかまりがあった。
『ちっ、邪魔が入ったか……』
言葉とともに、闇色のわだかまりがすうっと消えた。
「「マスター!?」」
ウンディーネ二人が、水球に駆け寄った。
――すまんな……
声が、直接脳裏に聞こえた。
――やつめ……わしの力を散々に悪用しおって……
声の主は、水球の中のマスターだろう。
だが、枯れた老人は目はおろか、口すら開いていない。
――客人とは珍しいな……だが、おぬしらのことは見ておった……
「どういうことだ?」
シェリーさんが聞いた。
――夢だよ……わしの夢法師としての力に乗せて、あやつは自らの幻影を、人々の夢に送りこんだ……
「それが、わたしの夢に現れた『夢法師』の正体なのか?」
――さよう……
「なぜ、その者に手を貸した? いや、そいつはいったい何者なんだ!?」
――脅されたのだ……ウンディーネたちを皆殺しにするぞ、と……そして、約束された……次のダンジョンマスターに向いた者がいれば、わしが優先的に確保してよいと……
「おまえは、人間だな? どうしてウンディーネにそこまで肩入れしてるんだ?」
――彼らは、世間から追われたわしと一緒にいてくれた……わしにとってはかけがえのない存在だ……外の人間の命と秤にかけるなら、わしは異種族の友、異種族の家族をとる……
今度は私が聞く。
「すこし立ち聞きしてしまったんですけど、あなたはあの闇のような者の要求を拒んでましたね。でも、夢法師としての力は貸していた。それ以上のことを要求されていたのでは?」
――賢い娘だ……さよう、あの者の軍門に降らぬか、とな……わしが『覚醒』すれば夢法師の力は飛躍的に高まり、この森の外でも使えるようになる……その力で世界を混沌に陥れようではないか……そう誘われておった……
「断ったんですか? あなたには人間への憎しみがあるのに?」
――人間は憎いよ……いまでも憎い……人を化け物と呼んで排斥し、ダンジョンマスターとなってからは、こちらが殺生を手控えておったのをいいことに、いきりたった勇者が乗りこんできて、正義面でわしの命を奪おうとした……ウンディーネたちも、わしの味方をしたからと勇者の魔法で殺された……とうてい許せぬ……
「じゃあ……」
――だがな、わしが望むのはウンディーネたちの平和な暮らしだ……世界のあらゆるところに人間は入りこみ、それにともなって、ウンディーネが暮らせる場所は減っている……わしが復讐を始めれば、ウンディーネはより生きにくくなろう……
(この人は、復讐よりも、ウンディーネの平和を選んだんだ。きっと、とても呑みこみがたい怒りを呑みこんで)
――人間よ……わしはやつに手を貸したことを謝るつもりはない……わしにとってもささやかな復讐だった……かつてのわしのように生きあぐんでおった者たちが力に目覚め、虐げる者どもを殺して回る……最高の娯楽だったよ……
「貴様っ!」
シェリーさんが鋭く言った。
私は、
(気持ちは、わからなくもないかな。やるかどうかはべつとして)
社会全体が自分を虐げてるように思えてならない。
そんな経験は私にもあった。
私は聞いた。
「それで、あなたを脅迫して、協力させていたのは誰なんですか?」
水球の中の人物は、身じろぎひとつしないままで私の質問に答えた。
――イムソダ……そう名乗る魔の者だ……




