71 似てない姉弟
「ぬおおおらああっ!」
とても老人とは思えない声を上げ、やはりとても老人とは思えない速度で木こりが迫ってくる。
難易度はビギナーだが、木こりの動きが遅くなってるようには見えなかった。
(クレなんとかさんのときといい、相手によっては難易度変更が効かないのかな)
でも、この世界に来た直後、レイティアさんを助けたときには、レイティアさんはゴブリンを屠る私の剣技(力ずくで斬っただけだけど)に驚いてた。
レイティアさんはそこそこの戦士だったって話で、クレなんとか騎士は「王都の大会で常に上位」だと言っていた。
(難易度変更が効かなくなるラインは、レイティアさんとクレ騎士のあいだのどこか、だね)
そして、目の前のマサカリ老人はそのラインを超えている。
(一気に倒しちゃいたいとこだけど、どの程度の相手なのか見極めておいたほうがいいんだろうな)
これが夢法師のしわざなら、また同じような相手と出くわすおそれがある。
いや、私のことだからきっと出くわす。
(さいわいクレティアス……あ、言っちゃった、ええと、クレなんとかさんほどではないみたいだし)
そう考えると、あの騎士は実際、態度に見合うだけの実力の持ち主ではあったわけだ。
「おらのまえからいなくなれえ!」
老人が振り下ろしたマサカリを、黒鋼の剣で受け止める。
ガギッと異音を立てて、剣とマサカリが噛み合った。
「むううんっ!」
老人の声とともに、老人の腕に力こぶが浮いた。
いや、そんなもんじゃない。肉があきらかに限界を超えて盛り上がってる。
老人は、マサカリの刃の付け根の角を剣に引っかけ、私から剣を奪おうとする。
「あははっ、すごい力だね」
私は力に逆らわず剣を流し、マサカリを外す。
「小さめに……エーテルショット」
「ぐぉっ!?」
威力を絞ったエーテルショットがマサカリの柄に直撃した。
弾くだけのつもりだったが、マサカリはだいぶ傷んでたようで、老人の手の中でぐしゃっと潰れた。
「うぐおおおおっ!」
老人は使えなくなったマサカリを捨て、両手で私につかみかかってくる。
「あははっ! まるでゾンビ映画だね!」
下がってかわそうかとも思ったが、
(もう十分かな。終わりにしてあげよう)
私は逆に前に出て、黒鋼の剣で老人の心臓を貫いた。
そのままだと最後の力でつかまれるおそれがあったので、エーテルショットで老人の身体を突き飛ばす。
老人は木の葉のように宙を舞い、地面にどしゃりと転がった。
「おらはただ……みんなに……認められたくて……」
その言葉を最後に、老人はがくりと顔を落とし、動かなくなる。
「終わった……か」
私は安堵の息を漏らした。
だが、同時にぬぐいきれない嫌悪感も覚えてた。
人を殺したのは、いまが初めてだったのだ。
もちろん、こんな世界だから覚悟はしてたけど、実際やってみるとキツいものがある。
「あはは……こんなことになっちゃったら、生け捕りにしたって残酷なだけだったろうし、どんな力があるかもわからないのに捕まえるのは危険だったし……。
あとは、ええと、もともと死のうとしてた人だったし、もう村の人をみんな殺しちゃってて、日本でもまちがいなく死刑で、私のは正当防衛にもなるはずで……」
ああ、ちょっと混乱してるな。
自分の安全のために殺した。
ただそれだけのことなのに、正当化する理屈を探そうとしてる。
そんな状態だったからか、気づくのが遅れてしまった。
「――何者だ! 武器を捨てろ!」
私の背後から、鋭い声が浴びせられた。
私はあわてて振り返る。
もちろん、剣は構えたままで。
そこには、二十歳くらいの女性騎士と、それよりいくつか下の少年魔術士が立っていた。
ショートの金髪の美人さんと、黒髪を同じ長さに切りそろえた美少年だ。背は、女性騎士のほうが高い。
女性騎士はライトメイル姿で、魔術士の少年は白いローブを着ていた。
(白いローブ……夢法師……じゃ、ないな)
背格好が似てるだけだ。
まぁ、夢法師の顔はわからないので、絶対違うとは言い切れないが。
その少年のほうが、杖を構えて鋭く叫ぶ。
「抵抗する気か!?」
「あはは、ちょっと待って。誤解だよ」
私はそう言って両手を上げる。
剣はまだ離さない。
杖は早業でアビスワームの胃袋に収納した。
こんな見た目禍々しいものぶら下げてたら余計疑われるし。
「その老人が吹き飛ぶのが遠目に見えたぞ! おまえがこの村の人々を殺したのか!?」
「あははっ、ちがうよ。私が来た時にはもう……」
「こんな状況で笑ってるなんて……おまえも覚醒者だな!?」
覚醒者?
(夢法師は、『覚醒』って言葉を使ってたね。ってことは、『覚醒』は私が来る前から多発してたってことか)
って、そんなことよりこの状況だ。
そこで、女性騎士のほうが言った。
「ルイス。まだ決めつけるのは早い。それに、彼女が覚醒者だとしたら、問答無用で我々に襲いかかってくるはずだ」
「で、でも! 油断を誘ってるのかもしれないじゃないか!」
女性騎士は少年魔術士を制して、私に言う。
「とりあえず、剣を置いてはくれぬか?」
「あはは、悪いけど、それはまだできないよ」
「なぜだ?」
「私も、この状況が呑みこめてないんだ。ひょっとしたら、あなたたちのしわざなのかもしれないし」
「なんだとっ! 僕らをミストラディア樹国巡察騎士団と知ってて言ってるのか!?」
「悪いけど、北から来たばっかだから、この国のことはよくわからないんだ」
「ふむ。わからないままに武器を捨てて投降するのは無理、と言うのだな?」
「そういうこと。何か身元を証かし立てるようなものを見せてくれると助かるんだけど」
「ふむ。見せてもよいのだが、もし我々が偽物で、この村の虐殺の首謀者だったとしたら、おまえはどうするつもりなんだ?」
いたずらっぽく、女性騎士が聞いてくる。
「なんとかして逃げます。盗賊士なんで、逃げ足には自信があるんです」
「なんだ、冒険者か。それではこうしようではないか。こちらは巡察騎士団の団員証を、おまえは冒険者のメダルをせーので見せる」
「姉さん! 冒険者だからって、犯人じゃないとは限らない!」
少年魔術士が叫ぶ。
(姉弟? あまり似てないけどなぁ)
首をかしげる私に、
「むろん、重要参考人であることに変わりはない。根掘り葉掘り聞かねばならんが、そのくらいの協力はしてくれるだろう?」
「ええ、まあ。あなたたちが本物なら協力します」
「では、せーので見せ合おう」
私は盗賊士ギルドのメダルを見せ、女性騎士は黒革の手帳をめくって金箔で描かれた複雑な紋章を私に見せる。
「ふむ。本物のようだな」
「ミストラディア樹国のことはわかりませんけど、簡単に偽造できるものではなさそうですね」
確認しあって、私と女性騎士は剣を下ろした。




