72 苦労性のシェリーさん
「姉さん、こいつを捕縛すべきだ!」
少年魔術士だけは、まだいきりたっていた。
「剣を下ろしたいまなら――雷よ、一条の稲妻と化して我が敵を――」
「エーテルショット」
私は威力を絞ったエーテルショットで、少年魔術士の手を撃った。
軽くパンチされたくらいの威力だと思う。
少年魔術士が動きを止めた。
私が手加減してなかったらどうなってたか――魔術士ならわかったはずだ。
「言っとくけど、そっちが仕掛けたんだからね。それも、卑怯なだまし討ちだ。武装解除に応じた相手に魔法を使おうとするなんて」
「ルイスっ! 騎士の顔に泥を塗るつもりかっ!」
女性騎士が激怒した。
「だ、だって、どう見たって怪しいじゃないか! こうして魔法が使えることだって隠してた!」
「そういう問題じゃない! おまえの行動は騎士道にもとると言ってるんだ! わたしがこの者と約束をかわしたのを見ていただろう!」
「で、でも、約束したのは姉さんで、僕はそれに縛られるいわれはないですよ」
「職務中は姉さんと呼ぶなと言っているだろう! わたしはこちらの立場を代表して身の安全を保障したのだ! それを補佐にすぎないおまえが独断で覆すのか!」
「そ、そんなの、大事の前の小事じゃないか! その女が白か黒かは捕まえてから聞けばいいだろ! そのほうが合理的だ!」
「おまえのその思考は合理主義なんかじゃない、ただ単に卑怯なだけだ!」
女性騎士と少年魔術士がケンカを始めてしまった。
(まぁ、どう考えても男の子のほうが悪いよね)
人との約束を破ることをなんとも思ってないし。
どういう関係か知らないが、プライベートな関係を仕事に持ちこんでしまってる。
しかも、この少年は自分のやってることが「合理的」で「正しい」と思いこんでて、人の話を聞いてない。
ほどなくして、少年はいかにも不服そうに黙りこみ、女性騎士が顔を押さえて嘆息した。
「……あの、そろそろ思い出してくれないかな?」
女性騎士が、はっとしてこっちを向く。
「す、すまない。部下が失礼な真似をした。代わって謝罪させてくれ」
女性騎士さんが私に頭を下げた。
それもかなり深々と。
「ね、姉さん!?」
「おまえも下げろ」
「し、しかし、僕は何も間違ったことなんて……!」
「命令だ。頭を下げろ」
「ぐっ……」
少年魔術士が、しぶしぶ頭を下げた。
「あはは、気にしないで……とは言えないけど、怪我とかもしてないし。こんな状況じゃ勇み足になるのもわかるよ」
「すまぬ。
だが、それはそれとしても調査は必要なのだ。
わたしの心象としてはおまえはシロだと思うが、おまえの潔白を証言できる者などいないか?」
言われて思い出す。
「あっ、そういえばハムトさんを待たせたままにしちゃった」
私がそう言ったところで、
「――おーい! 嬢ちゃん! ミナト! 無事かぁーっ!」
村の入り口のほうからハムトさんの声が聞こえた。
私は女性騎士に言った。
「連れがいるんです。一緒にこの村にやってきた人で、隣村の住人です。いま、私は彼と奥さんの家にお邪魔になってます」
「なんだと? それならそうと早く言え」
女性騎士ががっくりと肩を落としてそう言った。
その後、すぐに合流したハムトさんの証言によって私への疑いはほぼ晴れた。
ハムトさんは例のマサカリ老人のことも聞き知ってたらしく、その境遇を聞かされた騎士二人は納得したような顔をしてた。
念のため、ハムトさんたちの村に行って私のアリバイを取るということで、村に案内することになった。
なお、壊滅した村は、女性騎士が少年魔術士に命じて信号弾を上げさせ、数十分ほどでやってきた彼女の部下に見張りをさせている。
道すがら、女性騎士が私に言った。
「まだ名乗っていなかったな。わたしの名前はシェリー・ハンプシャー。ミストラディア樹国巡察騎士団長の任にある者だ」
「私はミナトです。って、ハムトさんが呼んでたから知ってると思いますけど」
シェリーさんはうなずいた。
「うむ。
あっちは、ルイス・ベルモント。わたしの補佐をしている」
「補佐っていうのは、副官ってことですか?」
私の質問に、シェリーさんは苦い顔をした。
「わたしが預かっている、ということだ。副官はべつにいる」
小声になってそう言ってくる。
(ええと、副官じゃなくて預かってるってことは、他の人たちとトラブルを起こすから、シェリーさんが自分の目の届くところに置いてるってことだよね?)
「なんというか……お疲れさまです」
「すまんな。歳は離れているが、幼なじみということもあって、いまひとつ指導が行き渡らないのだ。ルイスにはきちんと騎士道を身につけてもらいたいのだがな」
それは……無理じゃないかな、この様子だと。
ちらっと振り向いて少年魔術士――ルイスを見ると、あからさまにふてくされた様子でこっちの後をついてきてる。
ルイスは几帳面に切りそろえた黒のマッシュルームヘアで、顔立ちはまぁ、紅顔の美少年と言っていい。恵まれた地顔を表情と態度だけで台無しにできるのは一種の才能かもしれない。
シェリーさんは、蜂蜜色の髪の美人で、キリッとした顔立ちをしてるのだが、よく見ると目の下に隈がある。
苦労のほどがしのばれるね。
「さっきは『覚醒者』って言ってましたよね? たぶん、さっきの老人みたいな人のことなんだと思いますけど、あれは一体なんなんですか?」
「うむ。ミナトには聞く権利があるな。
だが、その前に聞かせてくれ。ミナトはあの老人を一人で退けたという。ルイスを制止した魔法もかなりのものだったし、わたしが見たところ剣の腕もなかなかだ。そのくせ盗賊士なのだろう」
「あはは、はい、まぁ」
もはやこうなっては隠すことも難しい。
「だとすれば、この森に入ってから、奇妙な夢を見なかったか?」
シェリーさんの言葉に、心当たりがありすぎる。
「ええと、『力がほしいか?』ってやつですか?」




