53 ダンジョンを駆けのぼれ!
なんだか身体中に筋肉痛があったので、その日はノームの郷で一泊した。
夜遅くまで(といってもダンジョン内な上に、私は一度気を失ってるので時間感覚に自信はない)ノームたちの宴会は続いてた。
お祭りのにぎわいを遠くから耳にしながら眠るのは、悪くない気分だった。
すくなくとも、両親の夫婦げんかに耳をふさぎながら寝るよりはずっといい。
(酔った私がなにをしたのかはわからないけど、みんな喜んでるならまぁいっか)
翌朝、ノームのみんなに見送られ、私は郷を後にした。
「じゃあ、よろしく頼むね」
「は、はい! 救世主さま!」
道案内の若いノームが、気負った返事をした。
ミナトでいいよ、と言っても、「酋長に礼を失するな」と言われてますので、と言って聞いてくれない。
「今日は狩りはいいのですか?」
さっそく十五層への階段を上り終えたところで、ノームが言う。
(今日はって⋯⋯)
たしかに、酔った私はかなりのモンスターを狩ってたようだ。
ドロップアイテムはノームたちが保管しておいてくれたのだが、新しく造られた一室に山と積まれたその量に、正気に返った私はあぜんとした。
(レアドロっぽいのも多かったし⋯⋯)
難易度がインフェルノになってたことを考えると、酔った私は高難易度で十六層のモンスターを片っ端から狩り尽くしたみたい。
(よく生きてたな、私)
想像するだけで震えがくる。
私はヌルゲーをこよなく愛するライトゲーマーだ。
高難易度での死亡前提のやりこみなんて、大嫌いなはずなのに。
と、ノームへの返事を忘れてた。
「あ、あはは。うん、あまりゆっくりもしてられないから、最短距離で上ってきたいかな」
「わかりました。では、そのように」
ノームの案内で、一時間もしないうちに、十四層への上り階段に到着した。
そのあいだに出くわしたモンスターは、ノーマルモードで狩っておく。
ビギナーで行きたいところだが、せっかくなのでドロップも確認したくなったのだ。
(コカトリスは、レアドロを狙うから高難易度で倒さないとだしね)
そのための腕慣らしは必要だ。
途中からノームを肩に乗せ、方向だけ教えてもらって、ダンジョン内を軽く走ってくことにした。
罠は、盗賊士グラマスの加護で、もはや一目で見抜くことができる。
酔っ払う前は、ここまでではなかったはずだから、酔った上でのご乱行の結果、盗賊士としてのレベルが上がったってことだろう。
正確にいえば、過去の盗賊士たちが蓄積した集合的な記憶から、盗賊士としての勘やスキルを獲得したってことだけど。
細部にこだわらないなら、レベルが上がったとか、技や極意を閃いたって言いかたでもだいたい合ってる。
そんなこんなでダンジョンを駆け抜け、思い出したように湧いてくるモンスターをエーテルショットで吹き飛ばし、ドロップを回収して進むこと約半日。
私は、いよいよ三層の手前、四層に到着する。
「案内してもらうとあっというまだね」
「お役に立てたなら光栄です」
「そういえば、最初にこのダンジョンに入った冒険者は、『妖精の導き』で二層を抜けたって話だったね。もしかして、ノームのしわざなのかな?」
ふと思いついて聞いたのだが、ノームははっきりと首を振った。
「いえ、それはちがいます。それは、侵入者をより深くまで導こうとするダンジョンの悪意でしょう」
「えっ、そうなんだ。いいものじゃなかったんだ」
「ダンジョンは、最初に侵入した者たちを奥へ導き、貴重な財宝やアイテム、珍しいモンスターなどを見せたうえで、その者を無事に脱出させるのです」
「なるほど、エサを見せるわけか」
事実、そのエサを目当てに、このダンジョンには冒険者が殺到してる。
まぁ、私もそのひとりなんだけど。
「この上はコカトリスの巣だったよね?」
「はい、その通りです。コカトリスの嘴をご所望でしたね。救世主さまならきっとすぐです」
「そうなのかな⋯⋯。石化は厄介だって聞いてるよ?」
「ふむ。そうですね⋯⋯地の精であるノームに石化は効きませんので、あまりよくは知らないのですが⋯⋯。
見られなければいいというのであれば、私がトンネルを掘り、壁に小さなのぞき穴を造って、救世主さまの魔術で片付けてしまってはいかがでしょう?」
「そ、それだ!」
ノームの提案に、私はおもわず膝を打つ。
⋯⋯いや、立ってるから膝は打たないけど、気分としてね。
「安地から一方的に攻撃! うん、私が求めてたのは、そういうヌルゲーだったんだよ!」
「そ、そうなのですか⋯⋯? お役に立てるのなら何よりですが」
はしゃぐ私に、ノームが戸惑った顔をする。
ちなみに、「安地」っていうのは安全地帯のこと。FPSなんかで、敵から攻撃されずに一方的に攻撃できる場所のことだ。
「じゃあ、さっそく狩ろう! くううっ! ひさしぶりに命がけじゃないヌルい戦いができるんだっ! あはははっ!」
「は、はぁ⋯⋯」
というわけで、いよいよ三層での狩りのはじまりです。




