52 記憶にございません
アビスワームの巨体が、潜るべき大地を失った。
いきなり宙に放り出されたアビスワームは、地響きとともに、数メートルも低くなった地面に衝突する。
るるるぐおおおお!
たった数メートルの落下だが、アビスワームの巨体には堪えるはずだ。
もともと地中を進むモンスターだけに、飛んだり跳ねたりができるような身体構造にはなっていない。
さながら、クジラがいきなり陸に打ち上げられたような状態だろう。
「あははははっ! 効いてる効いてる! みんな、もういっちょ!」
ミナトの号令の直後、アビスワームの下の地面が再び消えた。
数メートルの落下。
るるごおおお!
アビスワームの悲鳴は、一回目より弱々しい。
(なんと⋯⋯見事にハマるとは)
ポポラックは、人間の冒険者の神謀鬼算に戦慄すらおぼえていた。
ミナトの策はこうだった。
ミナトが派手に騒いでアビスワームを呼びこむ。
ミナトがアビスワームを引きつけたところで、周囲に潜んだノームたちが、アビスワーム周辺の地面をいっせいに削る。
たったこれだけだ。
(ミナト殿の力のみならず、われらの力まで利用して⋯⋯)
あるいは、われらに復讐の機会を与えてくれたのかもしれないと、ポポラックは思う。
「なんというお人だ⋯⋯」
ポポラックが呆然としているあいだに、落下のダメージで動きの鈍ったアビスワームを、ミナトは仕留めにかかっている。
「爆発! 爆砕! 爆散! 四散!」
それは、さながらエーテルの爆撃だった。
すり鉢状にくぼんだ床の底にうずくまるアビスワームに、エーテル弾の雨が降り注ぐ。
「――これでトドメ! 砕け散れぇっ!」
ひときわ巨大なエーテル弾がアビスワームを直撃した。
飛び散ったアビスワームの血肉が、空中で黒い粒子と化して霧散した。
「あははははっ! びくとりいいいいっ!」
すり鉢地面の縁に立って、ミナトはピースを決めていた。
目を覚まし、私の部屋を出てみると、ノームたちはどんちゃん騒ぎをしていた。
郷を覆ってた沈滞ムードなどどこ吹く風の騒ぎようだ。
「な、なにごと?」
私は唖然としてノームたちを見る。
「おお、ミナト殿! お目覚めですか!」
ポポラックが、私を見つけてそう言った。
「アビスワームを倒すなり倒れられたので心配しましたぞ」
「アビスワームを⋯⋯倒した?」
「それはもう鬼神のごとき戦いようでしたからな。エーテルを振り絞られたのでしょう。われらのためにそこまでしてくださるとは⋯⋯このポポラック、わが氏族を代表して心より感謝いたしまする」
ポポラックが、やたら感動した様子で頭を下げてくるんだけど⋯⋯。
(ええっと⋯⋯なにごと⁉︎)
たしか、宴で出されたのがお酒で⋯⋯寝落ちしたんだよね?
「そうそう。アビスワームめが落としたドロップアイテムも回収してありますぞ。
――おい、あれを持て」
ポポラックに命じられ、若いノームが数人がかりで真っ黒なメッセンジャーバッグのようなものを持ってきた。
(ええと⋯⋯そっか。難易度を下げれば自動鑑定されるんだった)
私はオプションを呼び出し、難易度を見る。
(うわっ⁉︎ インフェルノになってる⁉︎ なんで⁉︎)
十六層に降りるときにビギナーモードにしてたはずなのに。
(と、ともあれ、ビギナーに戻して⋯⋯と)
難易度を下げると、ノームの持ってきた黒いバッグの上に文字が浮かぶ。
アビスワームの無限胃袋:アビスワームのとくに強力な個体の胃袋が、討伐者の想念を反映してドロップアイテムへと変じたもの。無限にアイテムを収容できる。収容中のアイテムの体積・重量は異空間へと逃がされる。ただし、ドロップアイテム以外のものを入れることはできない。
(いや、いいものだけど! ほしかったものだけど!)
前後の記憶が一切ないんですけど⁉︎
「ミナト殿にはわが氏族存亡の危機を救っていただきました。なにかお礼をと考えたのですが、大賢者さまに差し上げられるようなものなどこの郷にはなく⋯⋯」
なんか大賢者にレベルアップしてるし。
ただの盗賊士だよ!
困惑する私をさしおいて、ポポラックが続ける。
「三層でコカトリスを狩るのが目的とおっしゃっていましたな。
とてもお礼には足りないと思うのですが、三層まで道案内することと、消失した階段の代わりとなるトンネルを掘ること、さしあたってはこの二つをお礼とさせていただければ⋯⋯。
むろん、ミナト殿は恩人であるからには、今後ともわれらでお力になれることがあればなんでもいたします。命をよこせと言われれば、喜んでさしあげましょう」
「じ、十分! 十分だよ! もともとそれをお願いするつもりだったし」
ノームたちのトンネル掘りの能力を知って、私が最初に思ったのがそのことだ。
崩落で消滅した三層への階段の代わりに、二層と三層を結ぶトンネルを作ってもらえないかなぁ⋯⋯と。
その代わりにアビスワームを退治してほしいっていうのなら、ちょっと怖いけど、ビギナーモードならなんとかなるだろうから、それくらいなら引き受けてもいいかなって。
(わ、私、何をやったの⁉ 酔っ払ってたから覚えてないってこと⁉)
脇や手のひらに、脂汗がにじんでくる。
「⋯⋯あ、あはは。まぁ、悪いことはやってないみたいだし⋯⋯いい、のかなぁ⋯⋯」
ポポラックに気づかれないように、私はそっとつぶやいた。




